03.鏡台前の会話は髪いじりで終わる

 メイドさんに髪を梳かされている様子を鏡越しで見ながら、私はふと口を開いた。


「そういえば、メイドさんって昨日お母さん達を呼んでくれた人?」

「はい、そうですよ」


 メイドさんはさっきまでの態度とは一変して優しく肯定する。

 聞き覚えがあると思ったら、やっぱあの時の声はメイドさんだったのか。

 この世界に来て初めて聞いた声。

 生まれ変わった自分の声よりも先に聞いた声の持ち主。

 私は鏡に映るメイドさんを見た。

 さっきまで殺気をバリバリに放っていた鬼とは思えない。


「なんですか?」

「いや、さっきまでとは別人だなと」

「はい?」


 なぜかメイドさんの眉間にシワが寄った。


「いや、美人だなと思っただけですよ、はい」

「おちょくってるんですか? あと、動かないでください」


 メイドさんは振り返った私の頭を掴み、正面を向かせる。

 なんか分かんないけど、私メイドさんに嫌われているような。

 気のせいであって欲しいんだけど。

 私は鏡越しのメイドさんを見る。

 やっぱり顔は赤い……そんなに怒られるようなこと言ったつもりなかったんだけどな。

 しかも髪を梳かしているだけなのに吐息が漏れてる……。


「ねぇ、なんか当たりがキツくない? もっと優しくしてくれてもバチは当たらないんじゃないかな」

「ハァハァ……っ。ゴホン、お嬢様の雰囲気がお変わりになったんです」

「目が覚めてまだ一日しか経って――」

「動かないでください!」

「いだっ」


 振り返る私の頭をメイドさんはガッチリ掴み、力尽くで正面を向かせる。

 めちゃくちゃ痛かった、痛かった!

 だいたい、なんで振り向いちゃいけないのさ。髪を梳かしているだけなのに。

 しかも誰も頼んでない。

 メイドさんは私みたいな幼女に対してこんなにがさつで、今までどうやってこの家に勤めてきたんだろ。

 もうメイドじゃなくて、メイドって呼ぶぞ。

 そしていつか――…

『おいメイド、布団』

『はい、お嬢様』

『ごはん』

『はい、お嬢様』


「みたいな展開になっちゃったりしてー! きゃああ」

「動かない!」

「んぎゃっ」


 私の首から鳴ってはいけない音が聞こえてきたのだった。

 エスパーなのか、そうか。

 きっとメイドさんは読心術使いなんだ。


「ねぇ、私記憶が無いんだけど。今更だけど、メイドさんの名前って何です?」

「あ……。そうでしたね」


 私の問いにメイドさんの顔に陰りが見えた。

 さっきまでずっと顔が赤かったのに、名前を聞かれたくなかったとかかな。


「あまりにもお嬢様が元気に見えてましたので……。すいません」

「え、あぁ、うん……」


 落ち込んでいる理由は私だったか。あまり重いものじゃなくてよかった。

 なんだ、ただの鬼かと思ったけど人の心も持っているじゃん。


「記憶が無いこと以外は元気だから、あまり気にしないでいいよメイドさん」

「……はい、分かりました。あと、私の名前はロニー・セル・パンターニャですよ」

「ロニー、さんですか?」

「はい、ロニーです。私は従者なので”さん”は要りませんよ」

「いや、従者って……」


 従者なんだろうけど、従者なんだろうけどさ。

 じゃあ逆に聞きたい。従者って主人側の人の首を折りにかかってくるかな?

 さん付けしなかったら、ちぎってはなげられそうで怖い。

 と言うことだから、さんは付けたままでいかせてもらいます。

 ついでに、無くした記憶についても楽して分かるなら知っておきたい。


「ロニーさん。私の」

「ロニーです」

「……。ロニーさん、私の記」

「ロニーです」

「……」

「ロニーです」


 ロニーさ……、ロニーの笑顔が怖い。

 直接見てない、鏡越しというのにこの圧力。本当にただの従者?


「ロニー(さん)、私に何があったか教えて?」

「……はい、了解しました」


 そして、私に何があったのか。ここがどこなのかとか、どんな家柄でどんな人物だったのか、教えてもらった。

 ロニー曰く、私の名前はルーナ・フォン・ゾルブ7歳、ジュニザキア王国の中立派閥ゾルブ伯爵領で生まれたゾルブ伯爵の娘だ。

 だから私はお嬢様と呼ばれている。

 ロニーにお嬢様じゃなくてルーナって呼んでって言ったらそれは厳しいだのなんの言われて、なあなあにされたけどね。

 家族構成はお父さん、お母さん、王都の学校に通っているお兄ちゃん、そして私だ。

 本当ならば、私が生まれる前にもう一人生まれる予定だったみたいだけど、その子は流産しちゃったとか。

 だからか、両親は私に対して過剰に甘やかし、年の開いた兄も初めての妹弟ということもあり甘やかし続けた結果、我が儘で見栄っ張りの高慢ちきなお嬢様が誕生した。

 って言われた。

 なんか棘のある言い方だなとは思ったけど、ロニーはお節介焼きだけどなんだかんだ言ってよくしてくれているし、通常運行としてそれらは聞き流す。

 それに、実際に話を聞いた私もロニーと同じ風に思ったし。

 流石に嫌いな食べ物が出ただけで料理人にブチギレたって話を聞いた時は引いた。

 ってか、そんな私にロニーは今の態度を取っていたのかな?

 まぁ話を聞く限り、従者からも嫌々ではなく散々甘やかされまくっていたみたいだし、我儘な態度も子供だから程度に思われていたんだろう。

 こっちの世界での成人の18歳以上で、同じ感じだったら多分従者から嫌われていたと思う。

 そして本題、私は昨日目が覚めるまでの間、約一週間ほど眠っていたみたい。

 原因は普通に階段から落ちて、打ち所が悪くそのまま気を失った。その後に何故か高熱が出てそのまま目を覚ますことなく一週間が経った。


「以上ですけど、何か思い出しましたか?」

「あー、いや、うん、なにも。ありがとう」

「何か気になることでもありましたか?」

「……髪型いじりは終わったかなって?」


 実は、髪を梳かす作業はだいぶ序盤の方で終わっていたのだ。

 私が聞いたことを答えてくれているから言わなかったけど、今の髪型は何種類目だったけ?

 もう髪型の原型とどめてないというか、髪を梳かす前よりも酷くなっているよ。

 モリモリにしすぎだよ、ロニー

 私は引きつった笑顔をロニーに向けた。

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