02.お怒りのメイドさん

 翌日、私は昼過ぎに目を覚ました。

 なんというか……。美幼女? 美少女? に転生して、お嬢様って呼ばれて、身に覚えのないお父さんとお母さんに会って心配されるっていう濃厚すぎる一日の後だっていうのに、よく熟睡できたな私。

 さぁ、とりあえず生活ニートするためには情報集めからだね。

 私は勢いよく分厚く大きな掛け布団を突っぱね跳ね起きた。

 よしっ……。

 ベッドから立ち上がった瞬間、私の頑張ろうとした向上心は唐突に途絶えた。

 気怠いと言うか、虚無感と言うか。

 なんていうか、別に焦る必要なくない? そう思ってしまったのだ。

 転生しちゃったことはもう確定事項なんだから、大人になるまでにニートできるよう、今は子供の特権を最大限行使しようと思うよ、うん。

 それにお父さんもお母さんも寝てなさいって言ってたし、時間だってもう昼過ぎだ。

 こんな時間まで誰も起こしに来ないってことは、まだダラダラしていてもいいてことではなかろうか?

 見た感じ、こっちでの私の親は裕福だ。私をお嬢様って言うくらいだもん。

 正直やめて欲しいけど……。

 要するに、私が大人になった時にヒモでいても金銭的には痛くも痒くもないだろうと思うのだよ。

 私はまだ子供。見ため年齢的には6~7歳だから、時間は山ほどある。

 ぐうぅ~。

 腹の音が私の部屋に響いた。

 これがお腹が空いたという感覚だ。もう、前世のような過ちは犯さない。

 とりあえず餓死する前にご飯を食べに行こうかな。


 部屋を出てすぐのこと。

 メイドさんが慌てた様子で走って向かってきた。

 私は軽く挨拶をしようと片手を上げる。


「おは……ちょっ!?」


 しかし、メイドさんの足は止まらない。

 上げている方の腕の下に素早く腕を通して走ったまま私を抱え、私は私が元いた部屋へと連れて行かれた。


「はぁはぁ」


 メイドさんの乱れる呼吸が聞こえる。

 膝に手を置き、前屈みで……。

 何をそんなに慌てているんだろうか?

 私はお腹が空いているんだぞ。このままじゃ、餓死しちゃうじゃないか。

 メイドさんは一度深呼吸をしてから、姿勢を正して私を見た。

 そんなメイドさんを私はジト目で見返す。


「お嬢様……」

「な、なんですか」


 何となくだけど、怒っている気がする。

 私の危機察知センサーが激しく警報を鳴らしているから間違いない。


「何ですかじゃありませんよ」


 ため息混じりで呆れるように言い捨てるメイドさん。

 わからぬ。解せぬ。

 ご飯を食べに行こうとしただけで、何でため息をつかれなきゃいけないんだ。


「何ですかその身嗜みは」

「ん?」


 私は視線を下へと下ろした。

 シンプルなデザインの白ワンピ。

 特におかしなところはない。


「ん?」

「はぅっ」


 私は顔を上げ、再びメイドさんに首を傾げた。

 私の顔を見るメイドさんは少し顔が赤い気がする。

 そこまで怒られる格好なのだろうか?


「ふ、ふぅ……。お、お嬢様、御髪が乱れていますが、お気づきですか?」

「え? まぁ、うん。朝だし」

「もうお昼過ぎですよ」

「じゃあ寝起きだし?」


 私は髪に手を回し、手櫛てぐしで軽く寝癖をほぐす。


「あと、それは寝巻きですよね?」

「うん、そうなんじゃないかな。寝巻きにしては可愛いよね」


 私はワンピースの裾をヒラヒラとはためかせながら笑顔で答える。


「お、お嬢様? その、恥ずかしいと言う感情は戻ってらっしゃらないんですか?」


 相変わらず頬は赤いままだけど、メイドさんの眉間にシワがより笑顔が引きつっていた。

 せっかくの綺麗な顔が台無しだよって言おうとしたけど、地雷な気がしたからやめておこう。

 別に朝だったら誰にでも寝癖の一つや二つはある。

 寝巻きだって、一日中着ていることの方が多い。

 こっちの世界じゃダメなのだろうか?


「あの、ダメなの?」

「ダメというか、普通は恥ずかしいと感じるんですけど。だいたい、そんな格好でどこに行こうとしていたんですか?」

「お腹が空いたからご飯をもらおうかと」

「はぁ……」


 メイドさんは額に手を置き、深くため息を吐いた。


「格好については、屋敷の中なのでこの際もうそれでいいです。しかし、その寝癖だけはお直ししますので、こちらにいらしてください」


 メイドさんは一つの椅子を鏡台の前に置いた。

 その様子に私は明らかに不満げな態度を取った。

 別に家の中だし、何を恥じらえばいいんだかわからない。

 ご飯食べに行くだけだし、別によくないだろうか?


「お嬢様」

「面倒じゃない?」

「お嬢様?」

「いや、私は大丈夫だよ。やってくれるっていう気持ちだけで、嬉しいからさ」

「……お嬢様」

「だからさ、その、駄々もれているオーラ消してもらえない?」

「お嬢様!」

「は、はいっ」


 私は背筋をピンと伸ばした。今の反動で、多分数ミリ身長伸びたな。

 私はメイドさんの待つ椅子へとぎこちなく足を進めた。

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