第6話 髪飾りをあなたに

「サーナ。そろそろ起きるぞ」

耳元で囁かれる声が優しくて甘えたくなる。まだ眠気の冷め切らない私は目を瞑ったまま起きたくないと首を横に振る。

「今日は買い出しに行くって言っただろ?」

「もうちょっとだけ……」

「起きないならお前の自由時間はなしだな」

「……それはやだ!!」

 途端にバシッと目を開き叫ぶと私は勢いよくベッドから飛び出した。

「起きたから!すぐ準備するから待ってて!」

「その前にすることがあるだろ?」

「ああ。ええと。はい」

 半身を起こしてベッドに腰かけているスランが立ち上がり手を広げる。そこへゆっくりと近づきスランの広い背中に手を伸ばす。スランはそれに応えるように私をぎゅっと抱きしめる。スランの実家では毎朝起きると家族全員とハグする習慣があるらしい。一人暮らしを始めてからはそれが無くなってしまい寂しく思っていたので今度はサーナにして欲しいとお願いされた。住むところも仕事もお世話になっていることを思えば断りづらかったのでそれくらいならと承諾した。最初は少し緊張したが家族や友人との触れ合いと同じように思えば慣れてしまった。が、最近はハグされている時間が長い気がする。私と違って寝起きがいいスランが寝ぼけている訳はないと思うのだが。よく分からない。理由を聞くにも自分だけがそう感じているのかもしれないと思い聞けないでいる。

「よし準備するか。着替えたら行くぞ」

「すぐ着替えるから!待ってて!」

 私は急いで隣の部屋に飛び込んだ。あまり使っていないが隣に私の部屋がある。スランの部屋で寝ているせいで着替える時くらいしか使っていない。

 少ない手持ちの中から動きやすそうな薄いグリーンのワンピースに着替える。髪をブラッシングし寝ぐせの直らない箇所はピンで無理矢理止めた。早くしないとスランに置いて行かれてしまう。今日はどうしても行きたい所があるのだ。




「うわぁ。あちこちからいい匂いがする~」

「お前、まだ食うつもりか?」

 私の籠にたくさん入ったパンや果物を見てスランが呆れて笑う。今日はお店の食糧や生活用品を買い足す為に朝市に来ていた。スランは食料の買い出しで毎日のように朝市に来ているけれど朝に弱い私は滅多に来ることがない。でも今日はいつもよりお店も多く珍しいものも売りに来ていると聞いて連れてきてもらったのだ。初めての朝市に私は浮かれて気づけば籠はいっぱいになっていた。

「お昼に食べるから大丈夫!」

「そうかよ」

「ねぇ、あそこのテント寄ってもいい?」

「ああ」

 市場には屋台やら天幕やら色々なお店があって見たことのない食べ物や雑貨、おもちゃなど目移りしてしまう。私はお祭り気分みたいで浮かれていた。その天幕は他のお店から少し離れた所に建ててあった。天幕の布地は長い間日に焼けていたのか随分と色褪せて生成り色になってしまっていた。天幕をくぐるとすでに先客がいて店主と話していたが店主が私達に気付いて愛想よく声をかけてきた。

「おやおや。珍しいね」

 フードを目深に被っていて顔はよく見えないが意外と若い声だった。店主は私とスランを交互に見比べて言った。きっと私が獣人ではないからだろう。この街には獣人しかいないから。

「だからなんだ。あんたに迷惑はかけていない」

 スランの口調が荒くなり店主を睨みつける。

「スラン。いいって。私は気にしないから」

 私はスランの服を引っ張り小声で宥めた。スランは優しいから私が何か言われるとすぐに喧嘩腰になってしまう。私の方がこの世界に突然やって来た異端者なんだから仕方ないのに。

「まぁまぁ。そんなにカッカしなさんなお若いの。詫びにこれやろう」

 店主はテーブルに並べていた髪飾りの一つを手に取り差し出してきた。ミモザに似た黄色小花が連なった可愛らしい髪飾りだ。前の世界にいた時も勉強と学費を稼ぐ為にバイトばかりしていてお洒落する余裕がなかったからこんな髪飾りなんて持ってなかった。第一私みたいな平凡な顔にいくら可愛い装飾品をつけてもそれほど変わるとも思えなかった。私がぼんやりとそんなことを考えているとスランの手が伸びて髪飾りを受け取り私の髪につけた。

「え?」

「悪くないからもらっておく」

 戸惑う私をよそにスランは他にも装飾品をいくつか買い求め私の籠に入れた。そして私の手を引き天幕から引っ張り出した。もう少し見ていたかったのにと後ろ髪引かれるように振り返ると店主が口パクで「おしあわせに」と言いながら手を振っていた。

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