第5話 モフモフとベッドと私

「サーナちゃんのエプロン姿もだいぶ様になってきたね~」

「ほんとほんと。最初の頃はあんなにスランに怒られてたのに」

 騒がしい店内の窓側席に座っている常連客が厨房とホールの間を忙しく行き来するサーナを見ながらしみじみと語らう。この街に来た頃のサーナは接客業をしたことがなかったらしく他の店員の邪魔にならないように補助に徹していた。だが日が経つにつれ店のメニューや客の顔もしっかりと覚えるようになると随分と前から働いていたかのように馴染んでいた。スランも最近は頼りにしているらしく市場で店のメニューについて相談している姿をよく見かけるようになった。

「お待たせしました!鶏モモチャーシューとポテトですよ」

「おー美味そうだなぁ。これが新しいメニューかい?」

「はい。こってりしててビールに合いますよ」

 にこにこと笑いながらお代わりのビールをさりげなく勧める。

「商売上手だねぇ。じゃあお代わりもらおうかな」

「ありがとうございます!すぐにお持ちします!」

 サーナが厨房の方へ目線を向けるとその近くにいた少年がビールを持ってやってきた。

「おや。見たことない顔だね。新しい人かい?」

「はい。昨日見習いで入った子なんです。ほら、ご挨拶なさい」

「ジルといいます。よ、よろしくお願いします!」

「頑張れよー坊主」

「はい!」

「ジル。スランが呼んでるみたいだから厨房に戻ろっか。またお代わりあれば呼んでくださいね」

 常連客に軽く頭を下げてジルを促して厨房へ向かうサーナの姿を見送り常連客はチャーシューとポテトを食べ始めた。




「はぁ。今日も疲れたー」

 風呂から上がったばかりの私は髪を傷めないようにタオルでそっと拭く。今までならドライヤーで10分もあれば乾いてたのにこの世界にはそんな便利なものはなくタオルを使うしかない。そのせいか最近髪が痛んできた気がする。せめて水分補給をしようと一階に降りて水を飲んでいるとタオルを目深に被ったスランがやって来た。

「ちょっとまだ髪が濡れてるよ。ちゃんと乾かさないと」

「別にいいよ。そのうち乾くだろ」

 そう言われてもポタポタと落ちる水滴が気になってしまうので隣に座り水を飲むスランのタオルをずらし丁寧に拭いていく。髪の濡れているスランは何だか妙な色気がある。こんなにも長い髪なのにあまり痛んでいるようにも見えなくて羨ましい。そう思うと少し手つきが乱暴になったがスランは気にしている様子はなく何か考えことをしているのか黙っている。

「そろそろ暑くなるなぁ」

 スランの言葉に私はこの街に来てから季節が一つ変わろうとしていることに不思議な感じがした。もうそんなにも経ったのかと。その間にサーナはスランが店主から預かっているこのクローバー食堂での仕事を色々と覚えたし周りからも何とか受け入れてもらえたと思う。最初に仲良くなったリドニーはスランに好意を寄せていたように見えたがしばらくすると旅の途中に立ち寄った客の一人に一目惚れして別の街に移ってしまったのには驚いた。若いというのはすごい。パワーがあると思った。

「さて寝るか。行くぞ」

「うん」

 水のなくなった2つのグラスを片付けスランについて行く。

「明日は買い出しにいくからな。二度寝するなよ」

「わかった」

 窓のカーテンが閉められ部屋が暗くなりスランがベッドに入る。続けて私も隣に寝転がる。あれからいつまで経っても夜中にベッドに侵入してくる私にスランは提案した。後から入ってくるならば最初から一緒に寝ればいいと。当然反対した。恋人でもないしリドニーのようにスランを好きな女性がいた場合、申し訳なさすぎるし変に誤解されたくない。けれどスランに弟妹たちと寝るのと何ら変わらないし毎朝びっくりされるのが面倒だと言われ結局毎晩、同じベッドに寝ている。

 始めのうちこそなかなか寝付けなかったがやがて慣れてしまい今では私の方がスランより早く眠りについてしまっているくらいだ。今日も次のメニューや明日の買い出しについて話しているうちにサーナは先にすやすやと寝息をたてていた。

 時々むにゃむにゃと呟きながら口を動かしているのは何かを食べているように見える。スランはサーナの身体をそっと引き寄せ目を瞑りそのまま眠りについた。

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