第4話 お仕事の後はモフモフしましょう

 朝食の後、スランと出会った場所に連れていってもらったのだけどいくら路地裏を歩いても私のいた町に戻る道はなかった。路地を抜けた先にあるのはこの街イールジアから隣町フィレキアに続く街道があるだけだった。

 諦めきれず何度も同じ道を往復したりスランに他の路地に連れて行ってもらったけど結局帰れなかった。途方にくれた私を可哀想に思ったのかスランはしばらくは自分の家にいていいと言ってくれた。

「言っとくがただじゃない。うちにいる間、店を手伝うこと」

「分かった」

「あとは」

「あの、家事も少しはできるから!」

「そりゃ助かるな。じゃあ少しボーナスつけてやるよ」

「ボーナスって?」

「俺の尻尾触らせてやるよ」

「いいの⁉」

 私は嬉しすぎる提案に飛び上がった。

「ただし仕事が終わった後な」

 ニッと笑って試すように私の顔を覗き込む。昨日仕事の後に疲れて何もせずに眠っってしまったからできないと思っているのだろう。

「が、頑張ります」

「よし。じゃあまずは腹ごしらえしてから帰るか」

 スランにそう言われて初めて私は太陽がもう真上にある時間だと気づいた。随分と長い時間付きあわせてしまったみたいだ。付きあわせてしまったお詫びに家事と仕事を頑張らなくちゃ。

 家に帰るまでにスランは街中の露店で美味しそうな匂いのする食べ物をどんどん買って私に渡してきた。鶏肉に香辛料をまぶして少しピリ辛にした串刺しやホカホカの柔らかいパンを食べながら歩いていたらあっという間にお腹が膨れていた。

 家に着くと最近洗濯物が溜まっているというので見に行くと山のようになって籠に積まれていた。洗濯機があればいいけどこの世界にはないようですべて手洗いしなければならずそれだけでかなり疲れた。洗濯が終わって一息ついた頃にはもう店を開ける時間だった。




 皿洗いも終わりもう明日のメニューを考えているスランのところに行くと驚いた顔をされた。

「なんだ。今日は疲れてないのか?」

 疲れてるけどスランの尻尾を触るために頑張ったの!私がそう目で訴えるとスランは苦笑して隣に座れと言った。

 私とスランの間にふわりと尻尾が舞い降りる。心なしかいい匂いがする。私がそうっと尻尾に触れるとスランはおもちゃで遊ぶ子供を見守る親のように優しく笑った。

「いつもスランがメニューを考えてるの?」

「一応な。たまには新しいメニューがないと飽きるだろ。あとで料理人と話し合うけどな」

「そうなんだ。ねぇ、このお店はスランが借りてるの?」

「いいや。ここは元々伯父さん夫婦がやってた店で俺は一時的に店を預かってるだけなんだ」

 やっぱりスランが借りてた訳じゃないんだな。いくらしっかりしてるとはいえまだ若いもんね。私は納得して尻尾をナデナデしだした。スランの尻尾はふわふわで柔らかい。一本一本の毛はしっかりしてるのにまとまるとふんわりしている。私のいた世界だと見た目がキツネっぽいけど実際にキツネを触ったことがないから同じなのか分からなくて少し残念だな。

「おい。悪いけど、そろそろ寝たいんだけど」

「あ!ごめん。そうだね。もう寝なくちゃ」

 いけない。つい夢中になってしまった。

「今日は歩き回ったし疲れただろ。明日もこき使うからしっかり寝ろよ」

 スランが私の頭をポンポンと軽く叩く。なんか私年上なのに子供扱いされてるような気がする。お子ちゃま体型だし背が低いからいつもこういう扱いで慣れてるけどさ。

「今日は入ってくるなよ」

 部屋に入る寸前、スランはニヤニヤしながら私にそう言った。

「入りませんよーだ」

 ベーっと舌を出す私にヒラヒラと手を振って部屋に入っていく。




 そして翌朝。私は昨日できなかった家事の続きをしようと思っていたせいか早めに目が覚めた。暖かい布団から抜けようとして身動きが取れないことに嫌な予感がした。なんだか近くに人の気配がする。耳元に寝息が聞こえてくる。そうっと顔を上げるとスランの形の良い唇や長い睫毛が目の前にあった。

 ああ。これは昨日の既視感デジャヴュ。今日もスランにがっつりとホールドされていた。おかしいな。昨日はちゃんと自分の部屋で寝たはずなのに。また勝手にスランの部屋に入ったとしか思えない。

「あの、ちょっと。スラン起きて」

「んんっ。もう少し」

「寝てていいから離してくれない?お願いよ」

「やだ。寒くなる」

「いや。私カイロじゃないし」

「ルナイうるさい。静かに兄ちゃんのいうこと聞け」

「ちょっと。ルナイじゃないよ。サーナだよ」

「ごちゃごちゃうるさい」

 抵抗空しくどうしてもスランが離してくれないものだから私は諦めた。そのうち肌の温もりで眠気に襲われ二度寝をしてしまった。

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