第3話 朝食はミルクたっぷりのカフェオレで
「落ち着いたか?」
少年がミルクたっぷりのカフェオレが入ったマグカップをテーブルに2つ置いて自分も座る。カフェオレの他に薄っすらと膜が張った目玉焼きにベーコンと並べられ美味しそうな匂いが漂っている。
少年とはいえ異性と同じベッドで眠ったことに気まずい思いをしている私に少年はとりあえず朝食を取ろうといい、1階で作ってくれたのだ。
「……はい。色々とごめんなさい」
昨日店の手伝いが終わった後、疲れ切っていた私はベッドにダイブしてすぐに眠ってしまい声を掛けても返事がないので布団だけ掛けて彼は自分の部屋に戻りすぐ眠りについた。ところが真夜中、ふと目が覚めるとベッドの中に私が紛れこんでいて尻尾にしがみついて離さないものだから諦めてそのまま寝たというわけだ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
「俺は別にいいけど。二人だとベッドが狭いんだよなぁ」
やっと1人占めできると思ったのにとか何とか言っている。彼は弟妹が多くて実家ではいつもぎゅうぎゅうでベッドを使っていたそうだ。私のことも妹のような感じであまり気にしていないのがせめてもの救いだ。
「そういえばあんた、名前は?俺はスランだ」
「えっと。
「サーナか。いくつだ?迷子なのか?」
「迷子っていうか。迷子なのかなぁ。年は21歳です」
「は?嘘つくなよ。その顔で俺より年上のわけないだろ」
「嘘じゃありません。童顔なんで」
「3番目の妹くらいかと思った」
「妹さん、いくつ?」
「15歳」
「いやいや。いくら何でもそこまでじゃないよ」
「だってお前何もかもちっこいじゃん」
上から下まで眺めて最後に胸の辺りを見て言う。そりゃあね、私は背が低いし、胸もないけどもさ。何でも大きければいいってもんじゃないと思うし。
それにしても昨日はスランに声を掛けられてから慌ただしくて何も考えられなかったけど夢じゃなかったんだな。試しにほっぺをつねってみると痛い。なんでそんなことをしてるのかスランが不思議な顔をしている。私は気を落ち着ける為、カフェオレを一口飲んだ。ミルクに砂糖もたっぷりのカフェオレは甘くて心地よい味がした。昔よく作ってくれた懐かしい人を思い出す。ふと窓を見ると外に出ないのがもったいないくらいのいい天気だ。私は気を取り直して昨日来た道に行ってみることにした。案外簡単に戻れるかもしれない。ただ問題はその道がどこか分からないこと。
「ねぇ。スラン、私と昨日会った場所に連れていってくれない?」
「なんだ。もう帰るのか。ちょうど人手不足だからこき使えると思ったのに」
「悪いけど帰らなきゃ。来週から大事な講義があって単位を落とせないの」
「コウギ?なんかよく分かんねぇけど大事な用事なら仕方ないな。また暇ができたら手伝いに来いよ」
「うーん。そうね」
また来れたらね。いつになるか分からないけど。
曖昧に笑って誤魔化した。
「新入りの姉ちゃん!さっき頼んだ酒はいつ持ってくるんだよ!」
「サーナ!早くこれ持っていけ!」
「こっちも追加の分が来てねぇぞ!」
「は、はい。今持っていきます!」
スランやお客さんに次々と声を掛けられるけど返事と動きが追い付かなくて私はバタバタと店内を走り回っていた。店は昨日と同じくらい繁盛していてなかなか客足が途絶えない。忙しいのは私だけじゃなくスランのいる厨房もホールも両方ともみんな自分のことで手一杯だ。とても新人の私のカバーなんてしてられない。目の回る忙しさにひぃひぃ言いながらも自分ができることをやるしかない。
昨日と同じように気付いたら営業時間が終了していて片付けが始まっていた。私はせっせと皿を運び洗い物を手伝うため厨房に入った。洗い物をしているのは真っ白なウサギ耳と丸い尻尾がかわいいリドニーという名前の少女。スランと同い年の17歳。明るいブラウンの瞳で仕事について色々と親切に教えてくれる優しい子だ。スランと同じく家族が多くて大変だから出稼ぎで働いているらしい。リドニー以外にもこの店で働いている子のほとんどは出稼ぎで来ている子が多い。
私も高校生の頃にバイトはしてたけどリドニーのような理由じゃなかった。ただ単に自分が遊ぶお金欲しさに働いてただけ。もちろん両親にお金を渡すなんてしたこともない。
「ねぇ。サーナさんはスランの恋人なの?」
「まさか!私は知り合ったばかりだし。行くところがなくて居候してるだけだよ」
「なーんだ。よかった」
リドニーの耳がピンと勢いよく立った後ふにゃりと笑った。鈍感な私でも流石にこの子スランのこと好きなんだって分かった。
「スランって恋人いないの?」
「たぶん。いないと思う。そんな話聞いたことないし」
少し不安そうにブラウンの瞳が揺れた。知りたいけどもし恋人がいると言われてしまったらと思うと聞けないのだろう。
同い年だしお似合いの二人かも。私は密かに応援してあげようと心に誓った。
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