第2話 無駄な笑顔は振り撒かないらしい
ピチチ。。。
朝の訪れを告げる鳥のさえずりが耳に響く。カーテンから薄っすら射し込む陽光がまだ目に眩しくて私は上布団を引っ張ろうとして手が動かせないことに気付いた。手のある位置を確認すると何かに抑えられていた。背中には温かいふわふわしたものがある。指を動かすと暖かいものに触れた。触れられたものがピクリと反応して何故か私の視界が真っ暗になった。顔にも温かいものが感じられる。その感触で私はだんだん意識がはっきりとしてきた。
「んんっ。ぷはっ」
視界を防ぐものから何とか抜け出して目に飛び込んできたものに驚きすぎて声が出ない。どうして!?どうしてこんなことになってるの!?
あまりのことにパニックに陥っている私に不機嫌な声が降ってくる。
「なんだよ。もう起きるのか。まだいいだろ」
そう言って私をまたぎゅっと抱きしめて離そうとしないその人の胸を必死に押し返す。なんで、どうして私が昨日の少年と同じベッドに寝てるのか分からない。
「バタバタとうるさい奴だな。お前」
ふわぁと大きな欠伸をしながら私をまたその腕に収めようとするので私は更に必死に抵抗した。
「あの!こ、これはどういうこと!?」
状況が全く理解できない私の顔を不思議そうに見つめた後、舌打ちした。
「あ?お前、昨日のこと覚えてねぇのかよ?」
そう言われて昨日あったことを反芻してみる。友達と飲んだ帰りに天国みたいなとこに迷い込んでこの少年に会って、モフモフさせてもらって。
ああそうだ。身体で払えって言われたんだっけ。それからえーと?
「へ?身体で??」
「心配しなくても大丈夫だよ。おねーさんが考えてるような方法じゃないから。別に身売りしろとか言わないし。ちょっと手伝って欲しいだけ。今から忙しくなるからさ」
「忙しくなる?」
「とにかくついてきてよ」
少年は訳が分からないという顔をしている私の腕を引っ張り街の賑やかな通りへと連れていく。行く先々で声を掛けられ私も適当に愛想笑いをしてやりごした。
途中で表通りからいくつかの路地を抜け出て辿り着いた場所は少々草臥れ、いや年月を多く重ねて蔦が絡み合う二階建てのレンガ造りの家だった。
誰もいないのか灯りはついていない。少年が鍵を開け私もつられて中に入る。一階には10組ほどの椅子と机が置いてありカウンターの奥は厨房だろうか。どうやらここはレストランかカフェのようだ。私が物珍しそうに見渡していると次々と灯りが点けられ室内が明るくなった。
「はい。これがおねーさんのね」
少年からぽんと渡されたのはひらひらのレースが縁取られた以外はシンプルなエプロンだった。
「え?」
「それじゃ気に入らなかった?」
「いや、そうじゃなくて。ごめん。どういうこと?」
「……お前、案外察しが悪い女だな。それ着て今から働けっていう意味だ」
さっきまでと180度変わって粗い口調の少年は不機嫌に吐き捨てた。
「俺の耳と尻尾触らせてやったんだからちょっとくらいいいだろ。どうせ暇そうだし」
「えっと。別に暇な訳じゃないんだけど。ってか君、そっちが素なの?違いすぎじゃない??」
「初対面だから気い使ってやったんだよ。優しく言っても同じなら猫かぶる必要ねーだろうが」
呆れ顔でそう言い少年はカウンター下の棚から白い布巾を2枚取ると水で濡らし1枚を渡し机を拭けと命令してきた。私は頭がついていかないまま机えお拭き始める。
しばらくして従業員の人達がやってきて私を見て「新しく入ったんですか?なんで耳と尻尾がないんですか?」と何回も聞かれた。
その度に少年が「余計なおしゃべりはいいから仕事しろ!」と怒鳴りつける。開店準備が整った頃、少年が店の扉を開くと待ち構えていたお客さんが一気に入って来て店はあっという間に満席になった。店のメニューもルールも分からない私は席を案内したり片付けの手伝いにひたすら追われている間に営業時間が終了していた。いつお客さんや従業員の人達が帰ったのかも分からない目まぐるしさだった。
「おい!いつまでここにいる気だ。もう寝るぞ」
少年に声を掛けられて初めて周りには他に人がいないことに気付いた。
「もう遅いから泊まって行けよ。上に部屋があるから」
「うん。分かった」
私はフラフラと少年について行き目の前に見えたベッドにそのまま倒れ込んだ。
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