お仕事のご褒美はモフモフでお願いします!?

七夜

第1話 初対面の少年をモフモフしちゃいました

 その店を見つけたのはほんの偶数だった。普段なら通ることのない路地裏に気付いたら入りこんでいた。少々飲みすぎて酔っていたせいかもしれない。

とはいえ所詮は家の近所だしそのうち適当な所で大通りに出るだろうと思っていた。だけどいくら歩いても路地は途切れない。街灯もなく暗い闇が続くばかりで時々犬や猫らしき声が聞こえてくるぐらいだ。流石の私も焦りを覚え早く抜けようと足早に道を急ぎ始めた。

 そしてやっと灯りが見えてきた。私は疲れてもつれそうになる足を何とか動かして先を急いだ。路地から出た途端、眩しさに目を細めた。今まで暗闇にいたから急な光に目が慣れてないだけだと思った。数回瞬きした後に瞼を持ち上げ目に映ったモノが信じられなくて目を疑った。

「……どこよ、ここ」

 路地を抜けた先にあったのは賑やかな街の通りだった。こんな遅い時間だというのに通り全体が煌々と灯りで照らされていて人の行き来も多い。一人でも多くの客を捕まえようとそれぞれの店から愛想のいい店員達が客の呼び込みをしていたり建物の間から誘うような目線を送る女性達もいる。

 それらはよく見る、どこの街でも見かける光景だ。ただ、違うところが一つだけあった。私以外、全員に動物の耳や尻尾が生えていた。

 テーマパークで売っているような紛い物ではない、と思う。見た目には。

 それに何よりも見たことのない街だった。生まれた時からこの辺りに住んでいた私がちょっと違う道に入ったからといってこんなファンシーな世界があるはずない。

 そうか。これは夢だ。久しぶりに会った友達と盛り上がりすぎていつもよりお酒を飲んだ自覚はある。私ったらいつの間にか眠ってしまったに違いない。

 眠っている場所が家なのか外なのかはこの際いい。頭の隅に置いておこう。

 しばらくすれば目が覚めるだろうからその時に考えればいいことだ。

「柔らかそうだなぁ」

 それよりも気になるのはこの街の住人達に生えている耳や尻尾だ。私は大の動物好きだけど住んでいるマンションがペット禁止だからペットを飼ったことがない。

 せいぜい友達の家やペットショップなんかで触るくらいだ。家でも動物の癒し動画を見たいけど、前に同じマンションで動画を見てた人が管理人さんに疑われて追い出されそうになったことがある。その人の隣人が何かにつけて人の粗探しをするのが趣味らしく勝手に勘違いして密告したらしい。私の部屋は階が離れてるけど万が一余計なことを吹き込まれて追い出されたくないから家では絶対に動物ものの動画は見ないようにしている。

「モフモフしたい。。。」

「何を?」

 今まで抑えてきた願望がつい口に出てしまうくらい心奪われていた私はすぐ近くから返答があったことに違和感を覚えなかった。

「何って、決まってるじゃない。あのふわふわなお耳や柔らかそう尻尾よ」

「なら触らせてあげようか?」

「へ?」

 手に柔らかい何かが触れて思わずそちらを見た。いつからいたのだろう。そこには見知らぬ男の人がいた。私より頭一つ分くらい背が高くライラック色の綺麗な長い髪を無造作に束ねている。薄く金色がかった瞳には好奇心を隠そうともせず私を興味深そうに見て笑っている。程よく筋肉がついているのは何か運動でもしているのかもしれない。

「耳の方が良かった?」

その人は髪と同じライラック色の長い尻尾を私の左手の上で右へ左へと動かしていた。久しぶりの癒しに思わず大きく頷いてしまった。

「引っ張ったりしないでね」

 ニコニコと笑いながら私の方にお辞儀するような形で頭を傾けた。私は初めて動物に触れるようにそっと耳に触れた。ふわふわと心地よいそれは私の心を一気に満たしてくれそのまま昇天しするかと思った。それを止めてくれたのは癒しの元であるその人。

「……おーい。おねーさん大丈夫?生きてる?」

 その人の声で辛うじて意識を取り戻した私はハッとした。何をやっているんだ私。初対面の人(?)の耳を触るなんて。いくらふわふわで可愛い狐っぽいからって。よく考えたらかなり失礼じゃないだろうか。

「す、すいません!」

 思わず平謝りしてしまうとその人はキョトンとした顔で首を傾げている。

「なんで謝るの?」

「ええっと。私ったら初めて会ったのに耳を触るなんて失礼しました」

「ああ。そんなこと気にしなくていいよ。だっておねーさん触りたそうにしてたしね」

「そ、それはそうだけども」

「じゃあさ、お礼してよ」

「お礼?」

「うん。身体で返してくれたらいいよ」

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