第2話 親切と杞憂

 私は、気が付くと、簡易的なベッドの上に横向きに寝ていた。


 ここはどこだろう。病院だろうか。


 でも、それならどうして私はここにいるのだろう。私は確か、洞窟の出口を見つけ……倒れたはずだ。あのあと、誰かに見つけて助けてもらったのだろうか。


 私はゆっくりと起き上がり、あたりを見渡す。簡易テントか……?


「あ、気が付いた?」


 声が聞こえて振り向くと、そこにはいかにも優しそうな風貌の男性が。はっ……ちょっとイケメン……ってそんなんじゃなくて。


「あ、あの。あなたが助けてくださったんですか?」


「あぁ……えーとね、うん。私が君を廃ダンジョンの入り口で見つけてね。それでここまで運んできてくれたのが力持ちの冒険者の方々」


「は、はあ……」


 如何にも異世界な単語に少し思考が追い付き切らない。が、思考を整理している間に、はっと気づく。


 彼には車は刺さってない! でも私のこれに驚かれないということは、この世界ではよくあることなのだろうか? そんな疑問を抱いていると、眼前の彼のほうから話し始めた。



「私はセニョス・ヘイズだ。自動車学校の教師をしている。よろしくな」


「セニョスさんですか。よろしくお願いします! で、その、私――じゃなくて僕は……」


 言葉に詰まる。て、適当に男の子っぽい名前言うか。


「ロブ。ロブ・オルニスです!助けていただきありがとうございます!」


 自己紹介を済ませると、彼はにこやかに微笑んでくれた。どうやら好印象を与えられたようだ。よかった……。


「ロブ、か!いい名前だな。しばらくはここで休むといい。まだ疲れてるだろうし」


「はい……」確かに、体はまだ重い。それに、脚が、特に脚の痛みがまだ残っている。折れたのかな、これ。


「ところで、ロブ。君の車を見せてもらってもいいかい?」


「え⁉ は、はい、どうぞ……」


「ありがとう」


 そう言って彼は近づいてきて……え、何かその、車を見るってのは何か意味がある行為なのかな? まあいいや。とりあえず見せればいいのだろう。


「うわ、これは……」


 な、なんだろうその反応は。いかにも車の状態がひどいみたいな言い方だが……。


 と、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。


「最高だよこれは!」


「え?」


「いや、素晴らしいよこれは! タイヤは良質なゴムだし、ホイールは錆びが見当たらないし、フレームは歪み一つない……いやはや新品でもこんなに状態がいいのは珍しいよ……! 本当に、君は……いったい何者なんだい?」


 目を輝かせながら彼は問い詰めてくる。なんで倒れていたんだい、なんで怪我をしていたんだい。なんで車の状態がこんなにいいんだい。


 私が返答に困れば困るほど、質問の数が倍増していく。ついには、年齢・住所・誕生日・家族構成まで……いや今それいる?


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なんだい?」


 彼の重圧に耐えかねた私は決心して、本当のことを話す決意をした。これを話すことによって、何かまずいことがないといいけど。


「実は僕――別の世界から来たんです」


「……………………」

 しばしの沈黙。そしてまた、彼――セニョスさんの口が開く。


「あー異世界転生者だったのね。納得納得。問い詰めちゃってごめんなさいね。えっと、それにしても異世界から来て車人になるのはほかに聞いたことがないわね」


「ああ、そうなんですかぁ……」


 めっちゃ普通そう~っ! 異世界転生ってこっちの世界ではよくあることっぽい~! というかそれよりも気になったんだけど、セニョスさん何で急にオネエみたいな口調になったの~!


 異世界転生者へのチュートリアルを担当するときだけオネエになる方なんですか? な~んで~?


「い、いや、そんなことより! これって、元の世界に変えれるんですかね? 帰る方法を教えてほしいのですが」


「ん、あ、あぁ、それはね……」


 と、言いかけた瞬間、テントの入り口の布が勢いよく開けられた。そこには、私よりも少し年上に見える女性が立っていた。


「先生! その子起きたんだって? 大丈夫だった?」


「だ、誰ですか?」


「あ、え~とあの子は………………誰だっけ?」


 精一杯唸った後に諦めて首をかしげるセニョスさん。隣の彼女はそんな彼に呆れている様子で。


「もう。ちょっと先生、教え子の名前くらいいい加減憶えてくださいよ! 私はクリファセス・ヴィルナ。ねえ君、クリファってよんでくれ」


「わかりました、クリファさん」


 容姿的には年齢的には私の方が年上そうだが、異世界だという事実や今の自分がショタっぽいことを理由に一応さん付けで呼んでやった――のがだが。


「え、なんかその喋りかた、お姉ちゃんみたい。もっと砕けた感じでいいよぉ」


「え、えぇ……」


 この人、妙な距離感でくるな……。まあ悪い気はしないけど。


「じゃあ、よろしくね、ロブ」


「う、うん。こちらこそよろしく」


「うんうん。……あ、そういえば、ロブはこれからどうするつもりなの?」


「あ、そうで……そうだね。どうしようかな……」


 この世界に来たばかりで何もわからない。そもそもここはどこなのか、なぜここに来たのか、元の世界に戻る方法は……。知りたいことは無数にあるが、それを全部彼らに問い詰めるのも申し訳ない気がする。


「行き場に困ってるならさ、とりまうちで働いてみない?」


「え!?」


「自動車学校で働くっていうのはどうかしら」


「自動車学校?」


 ああ、そうか。セニョスさんは自動車学校の先生だったな。で、クリファがそこで教習を受けていると。


 私が働くというのは、自動車学校の先生を、ということだろうか。日本でも免許は持っていたが、私自動車に詳しいなんてことはなかったけど……。まさか、私に刺さっているこの車が綺麗だから、車好きとでも思われたのだろうか。


「いや、僕自動車のこと全然わからないんだけど……」


「大丈夫だわ」


 答えたのはオネエのセニョスさんだった。


「言い方が悪いかもしれないけど、別の働き口とか見つかるまで、雑用とかをこなしてくれれば大丈夫だから。気負わなくて大丈夫よ。異世界転生者ってことで、手厚くサポートはさせてもらうから。これ以上ない職場だと思うけど?」


「こんなによくしてもらって申し訳ないですよ……」


「いやね、あなたのいた世界のことは知らないけれど、この世界は場所によっては結構盗賊とか結構蔓延る治安の悪い世界なの。だから、君みたいな転生者には厳しい世界ってわけ。だからね、こういう場所でとりあえずお金を稼いで、それから街に出て立派な家でも買ったら、その後恩は返してもらえばいいから。ゆっくりでいいのよ。急がなくて。まずはこの世界に少しずつ慣れていって」


「は、はい!」


 やさしい~~~~~~!!!! これはもう、選択肢は一つだよね。


「働かせてください! よろしくお願いします!」

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