第1話 少年と車

 はて、ここは一体どこなのだろうか。


 目覚めた場所は、見覚えのない場所だ。見たことのない景色が広がっている。


 一体どうしてこんな場所にいるのか……思い出せない。何かがあったはずだけど、何も思い出せない。


 まあ、いいだろう。きっとそのうち思い出せるに違いない。


 それよりまずは、この辺りを見て回ろうか。そう思って立ち上がると、ぐらりとふらついた。どうにも体がうまく動かないようだ。


 なぜなんだろうと不思議に思いながら、とりあえず一歩踏み出した時、私は気づいた。


「ええっ!?」


 胸に車が突き刺さっていた。衣服を貫くようにして、真っすぐに。超小型の、人間に突き刺すのにちょうどいいサイズの車。車種とかは詳しくないのでよくわからないが、普通に日本の自家用車みたいな感じだ。


 そして、色は……真っピンク。うん、この色が好きな人もいるのかもしれないが、普通にダサかった。


 はぁ……この色が何を意味するのかは分からないが。とりあえず、歩けることには歩けるのだ。突き刺さっているとは言ったが普通に痛くもかゆくもない。少し重心がずれやすくてふらつきやすいのが難点だが、今はそれよりもどうしてこんなことになったのか突き止めなければ。


 私は暗いその場所を歩き始めた。地面は乾いた土。周りも乾いた土。洞窟の中なのだろうか。行き先の見当はつかないが、何本も枝分かれした道を颯爽と突き進む。


 すると突然、目の前に大きな扉が現れた。とても重そうな鉄でできた巨大な扉である。開けるにはかなりの力が必要そうだ。


 しかし、そんなことは気にせず、私は勢いをつけて飛び蹴りをした。ドォン!と音を立てて扉が開かれる。胸の車の重さのせいかいつもより動きが鈍かったし、着地にも失敗して土がついてしまった。


 中に入るとそこは広い部屋になっていた。天井は高く、壁際には本棚があり様々な本が並べられている。部屋の中央付近には机が置かれていてその上には本棚から抜き取ったであろう何冊もの本が積み重ねられていたり、紙切れのようなものが置かれていたりする。


 奥の方を見ると、階段があって上へと続いているようであった。これは明らかに誰かの部屋といった様子だ。ここは人が出入りしていた場所なのか?


 ……ここは外国のどこかなのだろうか、それとも異世界? ――うん、一番しっくりくるのは後者だ。だってこの車。私は車の突き刺さった人間として異世界に転生した……ここが異世界である保証はないけど、そうじゃなきゃこれの説明がつかない。いやまあ……ただの夢って可能性もあるんだが……


「はぁ……はぁ……」


 さっきから体力の消耗がヤバい。車の重さのせいだろう。歩くたびに脚にずしりと重みが加わる。筋肉と骨が悲鳴を上げる。こんなに痛みを味わっても覚めない夢ってのは、なかなかひどいものだよね。


 それにさ……私は下半身の不思議な感覚に少したじろぐ。なんか女子にあるはずのないものがあるような…………うん、私はなぜか性別が変わったみたいだった。それに、なんだか目線が低いような気がする。これは多分……・・いわゆるショタってやつか――。


 ………しばらくして何とか私は落ち着きを取り戻す。大丈夫だ、これは夢……。そう胸に言い聞かせながらドアの先まで進むと、ドガッ!


 突如、床が――抜ける⁉ ヤバい!? 後ろにジャンプし、ギリギリ回避。


 大きな落とし穴(?)があった。底の見えない落とし穴。うん、落ちたら死体確定だわ。


 だけど、なぜか恐怖はあまり感じなかった。もう様々なことに驚いたせいで、死ぐらいじゃ驚かなくなってるのかも。


 いや、死んだら元も子もないはずだけど、これは夢なんだから……。うん、慎重に行こう。


 それから穴の脇を通るようにして先へ進んでゆく。ふう、危ない所だったが、私の気分は少し高揚していた。



「久しぶりにこんなに動いたなあ」


 デスクワークばかりの日々。残業、残業と会社の都合で自分の時間はどんどん奪われる………。結局は酒におぼれて、それで全部解決しようとする。現実逃避で何かが変わるわけでもないのに。ただ一時の、安心を得るだけなのだから。悪いことではないけれど、何の意味もないようなもの。


 疲労困憊。それでも口角を無理やりに吊り上げて、笑顔の私を演じている。すごいね、周りの褒める声も真に私の心に届くことはなくなってしまった。だってさ、お世辞と本音の区別ってつかないんだもんね。


 でも、今は……!


「ははは!」


 ちゃんと笑えた気がする。心から、とまではいわないけれど、本当の笑顔ができた気がする。楽しい。辛いし痛いけど、こんな苦しみ何度も味わってきた。精神的苦痛も身体的苦痛も同じようなもの。死ぬこと以外はかすり傷だ、そんな言葉を胸に掲げて私は――うっ……‼

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