第4話

 命の代用品は命だ。命を別の命で補い、その空いてしまった空洞を埋めてどうにか心の安寧あんねいを保とうとする。

もちろん、壊れたものをその状態にしておくのは危険だ。だからといって似たような別のもので埋めようとするのは違う。

確かに、記憶は感情にとって影響を与えるものだ。


 記憶が存在するからこそ、忘れたくないという感情が生まれ、記憶が存在するからこそ、哀しみや絶望に打ちひしがれる事もある。


 心は壊れやすいもので、記憶も薄れ消えていく。脆弱すぎるんだ。すべての記憶を忘れないことが出来るなら…僕は忘れてしまうに恐怖をしている。そのうち、忘れてしまうことに恐怖していることだって忘れてしまう。

言葉が、景色が、色が、匂いが、褪せていく。


 全てのことを忘れてしまうかもしれない。憶えているのはもう自分だけで、他の者には忘れ去られてしまっている、そんな悲しいこともきっとあるだろう。悲しいことばっかりだ。

けれど、僕が憶えていれば。少しでも憶えていれば。もしかしたらそれは、誰かにとっての救いになり得る可能性だってある。


去りゆくものに僕ができる唯一のことは、忘れないように、少しでも貴方が生きていた、この美しくも儚いこの世界に、居場所を残すこと。


 継ぎ接ぎだらけになってしまった僕の心でも、あなたがいることのできる居場所をつくることぐらいできる。

 どうせ忘れてしまうなら、全てを忘れてしまいたい。そんなこと思わないでくれ。


 君は、僕の居場所を作ってくれた。これは何にも代えがたい僕の大切な思い出なんだ。


 君が死ぬ前に、言った言葉。

 「僕も、あの花のように美しくなれたなら。どんなに良かったんだろうか。もし…もしも、僕が生まれ変われるとしたら…君の好きな花になりたいな。そして僕を見つけた時、今度は僕に手を差し伸べてほしい。花を助けてあげてほしい。花が地上いっぱいに咲き誇っていたならなんて綺麗だろうな。毎日が輝きに満ちた素晴らしい人生を送りたかったな。僕は、君に何も残してあげることはできなかった。君に出会うべきではなかったかもしれない。こんな悲しい思いをさせるくらいなら。君は、後悔しているかい。僕に出会ったことを……少し嫌な…いや、僕の最後の願いを聞いてくれないか。僕を………君の手で、殺してくれ。」


 君が死んだ後も、この言葉が頭に渦巻いている。

 僕は結局。君の願いを受け入れてしまった。君を殺める選択を、僕は選んだ。


 取り返しのつかない過ちを犯した。


 時は、されど進み続ける。

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