第35話 花火
翌日。夕方も近づいた頃。
「お兄ちゃん、甚平、似合ってるねぇ」
妹に服を褒められた。
「芽留も浴衣、かわいいぞ」
妹の浴衣はオレンジ色で、花柄模様だ。明るい金髪ともあいまって、僕の妹とは思えないほど華やかだった。
「お兄ちゃんが着せてくれたんだし~かわいいのは当たり前だよ~」
妹の言葉に恥ずかしくなったとき、スマホの着信音が鳴った。芽留の巾着袋からだ。
妹は電話に出る。
「ええ~そうですか~ありがとうございます」
芽留は最後に頭を下げると、通話を終える。
「例の件、準備できたってさ~」
「ありがとな」
「お礼を言うなら、メルじゃないよ~。ルールすれすれだったみたいだし~」
「そうなのか。なんだか悪いな」
「ううん、おばちゃんも心配してたみたいだから~」
僕たちはこれから花火大会に行くのだが、とある計画を立てていた。実行にあたり、芽留経由である人に協力してもらっていたのだ。
「それより、メル、連絡先を聞いておいてよかったね~」
「いつのまにか仲良くなってるなんて、陽キャの世界は怖いよ」
「そんなことより、そろそろ出ないと~」
妹と一緒に家を出発し、花火大会の会場へ向かう。
駅に近づく。駅から打ち上げ会場に行こうとする人々で、大渋滞が起きていた。
「あいかわらず、すげえな」
例年、100万人も集まる花火大会。密すぎる。
「まあ、僕たちは抜け道を使うけどな」
車椅子は幅を取る分、人ごみの中は動きにくい。
「すいませーん、横切りたいんですけど~」
妹がニッコリと微笑むと、お兄さんお姉さん方が場所を確保してくれた。
僕は車椅子を押して列を横切ると、路地裏を進む。
数分後。予定していた場所に到着する。
混雑するエリアから外れた小さな公園だ。地元の人が花火を見に来る場所で、それほど人は多くない。
午後6時半。花火大会が始まるまで、30分ほど時間がある。
まだ外が明るいためか、すぐに彼女が見つかった。
「来てくれて、ありがとう」
僕が彼女に声をかけると。
「……おばあさまとの思い出を作るためですのよ」
聖麗奈さんは微笑した。横にいるおばあさんと手を繋いでいる。
「それでもいいよ」
聖麗奈さんなら僕との約束を守ると確信していた。
といっても、芽留経由でヘルパーさんの力を借りている。
いつもなら来ない曜日にもかかわらず、好意で助けてもらっていた。ルール的によろしくないようだけど。おかげで、浴衣姿の聖麗奈さんとおばあさんがここにいる。
さっき、芽留と電話していたのはヘルパーさんだ。
「心春さん、わたくしに見せたいものとはいったい?」
「それなんだけど……」
さすがに、芽留におばあさんを預けるわけにもいかない。
(そろそろ、来るはずなんだけどなぁ)
スマホを出して、時計を見たとき。
「うぃーす。芽留ちゃんと花火だなんて、オレ、幸せすぎ」
助っ人が現れた。
夏生だ。赤を基調としたチャラい浴衣が似合っていない。剣道や古流をたしなんでいて、和服には慣れているはずなのに。
「って、お嬢様に…………いつかのおばあちゃんじゃん」
夏生がじっと見つめていたのは、聖麗奈さんとおばあさんの重なった手。
さらに。
「そこにおわすは聖麗奈さまであらせられますでしょうかですの?」
「せれっちじゃん。ってか、和泉。日本語が破綻してるっての!」
聖麗奈さんの友だち2名もいた。
(あれ? 呼んでないんだけど)
首をひねっていたら。
「聖麗奈さまのかぐわしい香りを追いかけてみて、正解でした」
「和泉、おまえ犬かっ!」
とんでもない理由だった。
(偶然ってことでいいのかな?)
ふざけている場合じゃなかった。
二人組も聖麗奈さんとおばあさんを見ているのだから。
夏生については、芽留の力でゴリ押ししようと思っていた。芽留から頼めば、秘密は守るだろうし。
だが、和泉さんと日向さんは想定外だった。
今の僕に聖麗奈さんとおばあさんのことを説明する資格はない。
(どうすんだよ?)
聖麗奈さんの唇がプルプルと震えている。
口が出せないのがもどかしくて、悶々としていたら。
「おばあさまですの」
「「「へっ?」」」
事情を知らないクラスメイト3人の声が揃った。
「ですから、わたくしのおばあさまですの」
もう一度、はっきりとお嬢様は告げた。
数秒間、3人はポカンとしていたが。
「えっ、あっ、ああ。そういう事情だったのか」
まっさきに動いたのは、夏生だった。
「おばあちゃん、あらためてよろしく」
おばあさんと面識がある夏生が手を差し出す。
おばあさんは聖麗奈さんから手を離し。
「あら、はじめまして。友人キャラAちゃん」
夏生の手をつかんだ。
「オレ、忘れられてんの? 友人キャラ扱いだし」
おばあさんの口から、『友人キャラ』なんて言葉が出るのは不思議なのはさておき。
「相手にされてなくて、残念だったな」
僕は親友をからかう。
その後、彼にだけ聞こえるような小声で言う。
「夏生、おばあさんをよろしく頼んだ」
「おう、任せとけ」
やっぱり、こいつなら安心できる。
一方。
聖麗奈さんの友だちはいまだに動かない。
聖麗奈さんがおばあさんだと打ち明けたことで事情は変わった。僕の立場でもフォローはできる。
「あ、あのさ。お嬢様がおばあさんと一緒に花火大会に来てたら、おかしいか?」
つい、けんか腰になってしまった。
すると。
「聖麗奈さま、尊いんですけどぉ」
「やっぱ、せれっち、良い子だったか」
ふたりの言葉が予想外だった。
「和泉さん、日向さん」
聖麗奈さんの声もうわずっていた。
「浴衣姿の聖麗奈さま、めちゃくちゃ綺麗だし。おばあさんも品もある。なによりも、仲よさそう。聖麗奈さまの好感度、爆上がり。聖麗奈さまにガチ恋したあてぃくし、マジで最高なんですけど。いや、最高なのは聖麗奈さまっした。だから、聖麗奈さま――」
和泉さんは早口でまくし立てる。完全にオタクの口調だ。
「ヤラナイカ?」
見直したと思ったら、変態発言が来た。
「和泉、あんたBLじゃなくて、百合やろ⁉」
「ぶごっ!」
「って、いまは変態を構ってる場合じゃない。せれっち、素の顔を見せてくれて、うれしいよ」
突っ込みさんも忙しい人だ。
けれど、ふたりとも聖麗奈さんを大事にしているのが伝わってきて、ほっとした。
「おふたりとも、裏切られたと思わないのですか?」
戸惑っているのは、聖麗奈さんだけだった。
「えっ、聖麗奈さま、ギャップ萌えですし、前の1億倍は好きになりました」
「せれっち、隠しごとしてるの気づかれてないと思ってた? 人にいろんな顔があっても当然じゃん」
沈みかけた夕陽が、お嬢様の銀髪を照らし出す。
「わたくし……間違っていたのかしら」
ポツリとつぶやく。
「じゃあ、ひなっちたち、そろそろ行ってみる」
「あてぃくし、聖麗奈さまの浴衣姿を永遠に脳内ディスクに保存します」
ふたりは満たされた顔をして、去っていく。
「あっ、オレ、陽菜ちゃんをホテルに誘うの忘れてた」
「サイテーなんですけど~」
夏生のおかげで微妙な空気にならなくて済んだ。
「芽留ちゃん、今夜は暑い夜を楽しもうぜ」
「嫌です~」
「冗談だって。おばあちゃんもいるし、我慢するよ」
「我慢って~したいんじゃないんですか~」
芽留は舌打ちをした後。
「というわけで、お兄ちゃん、しっかりやるんだよ~」
「芽留ちゃん、オレと花火見てくれんの?」
「そのために呼び出したんですから~」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
喜んでるところ悪いが、脈はない。おばあさんの世話役なんだ。
なにはともあれ、みんなの協力で準備は整った。
「聖麗奈さん、僕と一緒に花火を見ませんか?」
「……わかりましたわ」
やっと素直になってくれた。
あと10分で花火大会が始まる。
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