第31話 交錯
目の前に、聖麗奈さんのお父さんの関係者が現れた。
「じゃあ、僕は帰ろうかな」
「いいえ、茜様には同席いただいてもかまいません。妹さんにおばあさんのお相手をしていただけると、私としても助かりますので」
(僕と秘書の椿さんは初対面じゃなかった?)
僕の名前を知っているのに加えて、僕と芽留が兄妹なのも知っている。
「申し訳ありません。ですが、信頼のできる筋に依頼して、お嬢様に近づく人間を調べさせていただきました」
秘書は丁重に頭を下げる。
表面上の仕草だけ見るならば、聖麗奈さんのお辞儀にも似ているのだが。空気感がまったく異なる。
聖麗奈さんの気持ち先行のおもてなしに対して、秘書さんは完璧に作られた大人のやり方といった感じだ。
「椿さんとおっしゃったかしら。本日はどういったご用件でしょうか?」
聖麗奈さんが硬い表情で聞く。
会話の流れからしても、秘書さんに面識はなさそう。警戒しているのかもしれない。
「単刀直入に聞いてくださって、さすがお嬢様。仕事が詰まってますので、助かります」
秘書さんはスマイルを浮かべる。美人だし、スタイルも良い。お偉い男性たちにウケそうな笑みだった。
「お嬢様。おばあさまを施設に入れる気はありませんか?」
「えっ? なんとおっしゃいました?」
聖麗奈さんが目を点にするのも無理はない。
聖麗奈さんと朝比奈家は関係が絶たれたと聞いている。
聖麗奈さんのお父さんが仕事をがんばって、本家での発言力を増し、聖麗奈さんを迎え入れられるようにするのが、究極の目標だったはず。
いきなり、おばあさんを施設に入れるだなんて、どういう意図なのか?
「お嬢様、学校以外の時間は、おばあさまの介護をされていますよね?」
「え、ええ」
「おつらくありませんか?」
「……おばあさまには育てていただいた恩がありますので、大丈夫ですわ」
病み上がりの聖麗奈さんが強がっていて、やるせなくなる。
「申し訳ありませんが、お嬢様、そういうことを申しておりません」
追い討ちをかけるかのように、秘書の言葉が厳しくなる。
「お嬢様は現在、朝比奈家の正式な人間ではありません。ですが、現当主と血のつながった娘であることも事実なのです」
「「……」」
「万が一、お嬢様の存在が明るみに出る場合のリスクを少しでも減らしておきたいと、私たちは考えております」
「ま、まさか」
聖麗奈さんの顔が青ざめる。
僕には話が見えない。
「ジャージ姿で、おばあさまの介護をしている娘は朝比奈の血を引く人間として、恥ずかしいとおっしゃってますの?」
「そこまではっきりとは言いません」
秘書さんは遠慮がちに答える。
(はっきり言わなくても、思ってるんだ?)
「ですが、スキャンダルにはなるでしょう」
秘書の懸念がようやく僕にもわかった。
『超大金持ちのお嬢様はウソだった⁉
社会的に大きな影響を持つ朝比奈グループ。数年前に、当主が大病を患い、執務が困難になった。
跡を継いだのは、当主の弟A氏。A氏は一度は駆け落ちし、朝比奈家と袂をわかっていたが、経営の腕は確か。危機にあたり、当主に選ばれたのだ。
しかし、朝比奈家はA氏の娘との縁は切ったまま。A氏の娘B子は、祖母と暮らしていたのだが。
祖母は認知症を患って、徘徊などの症状が出ているという。
編集部はB子がジャージ姿で、祖母を介護している光景をスクープした。
また、B子は高校でも、学校一のお嬢様として振る舞っている。世間的にはお金持ちのイメージで通していた。
令嬢B子。経済的には一般家庭レベルで、祖母の介護に追われる苦労人。
国内有数の大富豪として、いかがなものだろうか?』
あんまり週刊誌は読まないけど、こんな記事が書かれそう。
「朝比奈家の名誉に関わる問題なのです」
「だから、おばあさまを施設に入れたいとおっしゃるのですか?」
「ええ。おばあさまには超高級の老人ホームにVIP待遇で入っていただきます。正規ルートであれば、5年待ちの施設ですが、すぐに入所できるよう手配します」
秘書はパンフレットを聖麗奈さんに渡した。
「施設では、24時間態勢でおばあさまの介護をします。設備もスタッフの技術も整っておりますので、きっと満足していただけるかと。もちろん、費用も朝比奈家で負担しますので、ご安心ください」
椿さんが熱心に説明する一方、僕の心は冷めていた。聖麗奈さんがつらそうだから。
「この話、お父様がされたのでしょうか?」
「いえ。お父様には内密ですが、朝比奈家の複数の方からのご依頼で動いております」
「そう」
「なお、本件ですが、あくまでも希望です。お嬢様とおばあさまの意思に反して、無理に入っていただく必要はありません」
強制してこないのであれば、まだマシかもしれない。
聖麗奈さんも遠慮なく断れるだろうから。
聖麗奈さん、先日、ヘルパーさんに対しても、自分で介護をしたいと言っていた。
僕が妹の面倒を見るのと同じように見えて。
大事な家族だから一緒にいたい。
そんな気持ちが痛いほど伝わってきた。
僕としては聖麗奈さんを応援するまで。
ところが。
聖麗奈さんは微笑むと。
「おばあさまの安全を保証してくださるのでしたら――」
すっきりした聖麗奈さんの声が予想外で。
「せ、聖麗奈さん?」
聖麗奈さんは僕の言葉も聞かずに、姿勢を正して。
「おばあさまを施設で預かっていただけますでしょうか。お願いいたします」
秘書に頭を下げていた。
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