第30話 お泊まり
「雑炊、食べられるかな?」
僕は普段の10億倍の気合いを入れて、雑炊を作った。
聖麗奈さんの部屋へ、熱々の鍋を持っていく。
「雑炊、食べられるかな?」
「心春さんの手料理、ぜひともいただきたいのですが」
「ですが?」
「ひとりでは難しいので、食べさせていただけると――」
「ぶはぁぁっ!」
思わず噴いてしまった。
「やっぱり、迷惑ですわよね」
「迷惑じゃないから」
僕は慌てて手をバタバタと振る。
「食欲がないのかなと思ったんだけど、かわいい理由だったから」
好きな子に食べさせるのが恥ずかしいのもある。
とはいえ、甘えてくるお嬢様も新鮮だ。
フウフウと息を吹きかけて冷ましてから、レンゲを聖麗奈さんの口へ近づける。
「はい、あーん」
小さな口が、銀のスプーンの先端をすっぽりと覆う。彼女は咀嚼した後。
「おいしいですわ」
「よかったぁ。料理はずぼらだから、心配だったんだ」
「……心春さんのあーんなのですよ。不味いわけがありませんわ」
「僕のあーんが役に立ったのなら、うれしい」
聖麗奈さんに食べさせながら、今後のことを考えていた。
このまま聖麗奈さんとおばあさんを放っておけない。
うちの母親はどうせ帰ってこない。
「あのさ、今日、泊まっていい?」
「わたくしは構いませんが、迷惑ではありませんか?」
「大丈夫だよ。芽留もおばあさんとお泊まり女子会したいと言ってたし」
妹を利用させてもらった。
「でしたら、お願いしますわ」
来客用の布団の場所などを教えてもらう。
「亡くなったおじいさまの服でよければ使ってくださいまし」
「いや、妹の下着もあるし、いったん家に帰るよ」
「……お手間をおかけし、申し訳ありませんわ」
かえって気を遣わせてしまった。
それから、聖麗奈さんが寝つくまで見守ってから、僕ひとりで聖麗奈さんの家を出た。
外に出ると、空が朱に染まっていた。聖麗奈さんの家の近くに黒塗りの自動車が止まっている。
どっかで見たことのある高級車は気になる。
が、あまり長時間、不在にしたくない。家に向けて、足を速めた。
家でお泊まりセットの準備をして、途中で夕飯を買って聖麗奈さんの家に戻る。
夕食後。妹とおばあさんが女子会しているのを遠巻きに眺めていたり、ぼんやりとしたり。
おばあさんが寝るのを見届けてから、自分たちの寝床の準備をする。
僕たちが借りたのは和室。布団をふたつ並べて敷く。
芽留を抱っこして、布団に寝かせる。
「お兄ちゃん、そっち行っていい~?」
「どうやって移動するんだ?」
「グルグル回って~」
妹のしたいようにさせた。
「お兄ちゃん、朝比奈先輩と同じ屋根の下で寝る感想は~?」
「べつに」
「ホントはエッチなことしたいと思ってるんでしょ~?」
「相手は風邪を引いてるんだぞ」
そう言いつつも、「次は元気なときにお泊まり会したいな」と内心では思っていた。
「じゃあ、お兄ちゃん、おやすみ〜」
すぐに妹の寝息が聞こえてきた。
僕もつられて眠気が押し寄せてくる。意識を手放した。
鳥のさえずりで目が覚めた。部屋も明るい。
時計を見ると、7時をすぎていた。
とりあえず、布団から出て、着替えていると。
「お兄ちゃん、おはよう~」
妹が目を覚ましたらしい。パンツを見られたが、今さらなのでお互い気にしていない。
「なんか味噌汁の匂いがしない~?」
「そういえば」
人が動いている気配もする。
「ちょっとリビングを見てくる」
僕は芽留を車椅子に座らせると、リビングへ。
予想どおり、聖麗奈さんが朝食の支度をしていた。
「あっ、心春さん。おはようございますですわ」
「もう大丈夫なの?」
「おかげさまで、すっかり熱は下がりましたわ」
「それなら、よかった」
「本当にご迷惑をおかけし、申し訳ありませんわ」
45°の角度でお辞儀をする聖麗奈さん。
「本当に自分の意思で泊まったんだから、気にしないで」
「で、ですが」
「好きな人のためなんだし」と言えたら、どんなによかっただろうか。
告白する場面は選びたいので、今は誤魔化すしかない。
「僕は芽留に支度をさせてくるよ」
逃げ出すようにリビングを後にする。
それからしばらくして、おばあさんも起きてくる。
4人で食卓を囲む。
朝食はほうれん草の味噌汁に、焼き鮭、卵焼き、漬物という和食だった。味はもちろん、おいしい。
朝食後。おばあさんと芽留が遊び始め、僕と聖麗奈さんは煎茶を飲んでいた。
「わたくしったら足手まといですわね」
「えっ?」
「だって、心春さんもお忙しいのに、わたくしたちのために泊まっていただいて、なんとお詫び申し上げたら……」
「さっきも言ったけど、自分の意思でしたんだよ」
「で、ですが」
話がループしている。
「これまでも、心春さんには一方的に面倒を見ていただいてましたわ。わたくしがまともに介護できませんでしたから」
聖麗奈さんの秘密を知った日の出来事を思い出す。転んだおばあさんを起き上がらせられなかった。聖麗奈さんが見ていられなくて、僕は彼女の師匠になった。自分で師匠と言うのは変な気がするけど。
「一方的じゃないよ。最近だと、夕食もごちそうになってるし。正直、自分で作らなくていいから、かなり助かってるんだよ」
僕の料理は時短と栄養を優先している。味は普通以下だ。お嬢様の絶品が食べられるようになって、妹も喜んでいる。
本心を告げたつもりだったのに。
「いいえ、わたくしと関わっていますと、心春さんにも迷惑をかけてしまいますわ」
そこまで言われてしまった。
拒絶されるようで悲しい気持ちはあるのだが。
聖麗奈さんの想いもわかる。
芽留が退院して3ヶ月ぐらい経った頃、僕も風邪を引いたことがある。
聖麗奈さんと同じように1日寝込んだ。食事はインスタントで、妹を入浴させてあげられなかった。
熱がある間は余裕がなかったのだが、平熱に戻ると罪悪感が襲ってきた。不甲斐ない自分に嫌気が差したのだ。
当時の僕と、今の聖麗奈さんが同じ気持ちだとはかぎらない。
けれど、何度も謝罪している聖麗奈さんを見ても、近いとは思う。
下手に慰めの言葉をかけても、かえって負担になる恐れもある。
(どうしようか?)
お茶を口に含んで、考えていたら。
玄関のチャイムが鳴った。
「誰かしら? 土曜日ですので、ヘルパーさんの日ではありませんのに」
首をかしげながら、聖麗奈さんは玄関に向かう。
時計を見る。朝9時だった。
しばらくして、聖麗奈さんがスーツ姿の女性と一緒にリビングに戻ってきた。
30歳ぐらいとおぼしき女性は僕にも、丁重にお辞儀をして。
「私は朝比奈グループで社長秘書をしております、
急に背筋が寒くなった。
「朝比奈って……」
「この方は、父の秘書ですわ」
聖麗奈さんの声が震えていた。
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