第28話 夏休み

 いよいよ今日から夏休み。

 昨夜、夜更かししたこともあり、遅い朝を満喫していた。


 ベッドに寝っ転がり、スマホをポチポチしていたら。


「お兄ちゃん、もう9時だよ~」


 隣で寝ていた妹が言う。


「まだ、9時じゃないか。真夜中じゃん」

「いつもだったら、学校が始まってる時間だよ~」

「学校でも寝てるから関係ない」

「胸を張って言わないでよ~」


 妹はぶつくさ言いながらも、僕の頭を撫でてくる。

 背中に胸も当たっている。真夏で、お互いにTシャツをパジャマにしているため、弾力がすごい。


 実の肉親でもドキドキするんだ。


(爆乳同級生だったら大変になってもしょうがないよね?)


 なんだかんだ優しい妹には感謝しかない。


「お兄ちゃん、いま、朝比奈先輩のおっぱいを考えてたでしょ~?」

「せっかく、見直したのに。僕の心をよみやがって」

「そんなことより、今日も朝比奈先輩の家に行くんだよね~」

「ああ。けど、今日は午後って言ってある。お昼過ぎは地獄の暑さだし、3時ぐらいに出ればいいんじゃね」

「まあ、お兄ちゃんがいいなら、メルは反対しないけど~」

「今日は金曜日だし、ヘルパーさんもいる。僕たちがいなくても、大丈夫なはず」


 プロがいるのに僕たちがいたら、むしろ邪魔になるかもしれない。


「たしかに~」

「それに、昼のうちに家事を済ませたいからな」


 夜に掃除をしていると、たまに悲しくなる。掃除機は近所迷惑にもなりかねないし。


「というわけで、あと10臆年は寝かせてくれ」

「それじゃ、夜を通り越しちゃうよ~」


 妹が僕の背中を叩く。全然痛くない。


「きゅぅ~」


 芽留のお腹が鳴った。


「お兄ちゃん、朝ごはん、メルが作ろうか~?」

「うちのキッチンだと高すぎないか?」


 包丁を使うにも、コンロを使うにも車椅子には不便なのだ。以前も思ったけど。

 だから、僕はこれまで料理担当だった。


「うーん、パンでも食べるよ~」


 食パンしかない我が家。バターやジャムを塗るにしても、栄養バランスが悪い。


「しゃーない。さくっと卵焼きでも作るよ」

「お兄ちゃん、時短料理の神だ~」


 冷凍の野菜を卵焼きに混ぜよう。できるだけ楽して、健康も考えたい。


 僕は芽留を抱っこし、車椅子に座らせる。

 妹が部屋を出て行くと、着替え――ない。二度寝したいから。


 パジャマのまま朝食の準備を済ませる。

 テーブルに皿を並べていたら、妹がリビングにやってきた。

 僕特製の卵焼きと、スーパーのパンという手抜きな食事。それでも、妹は満足そうに食べている。


「お兄ちゃん、朝比奈先輩をデートに誘った~?」

「えっ?」

「えっ~?」


 顔を見合わせた。


「芽留が誘ってくれるんじゃないの?」

「……むしろ、メルに頼ろうとするの~?」


 思いっきり、ため息を吐かれた。完全に呆れられている。


「だって、遊園地のときは、芽留から言い出したじゃん」

「もう1ヶ月以上も前なんだよ~。状況がちがいすぎる~」

「1ヶ月で時代遅れになるのか」


 世の中の流れが速すぎる。


「なにを言ってるの~」


 妹が僕に厳しい。


「前はお兄ちゃんが自分の気持ちがわかってないみたいだから~メルが背中を押して、きっかけを作ろうとしたんだよ~。でも――」

「あっ」


 丁寧に教えてくれたので、言いたいことがわかった。

 普段、僕がお世話している妹なのに、恋のことになると妹の方が先生になる。


(人は持ちつ持たれつなんだな)


 あらためて、学びを得た。


「今の僕は聖麗奈さんに休んでほしいと思ってるし、僕も一緒に楽しんで距離を近づけたい」


 噛みしめるように言って、自分の気持ちを確かめる。


「だから、僕自身が計画を立てて、彼女を誘わないとダメ。芽留にやってもらったら、他人事になっちゃうから。そういうことだな?」

「そうそう。お兄ちゃん、理解が早くて助かる~」


 妹の笑顔に癒やされた。

 勢いで金髪を撫でた。うふふとデレている。


「わかった。今日にでも聖麗奈さんの予定を聞いてみるよ」

「でもさ、夏休みのイベントってたくさんあるでしょ~」

「海、プール、ハイキング、夏祭り、花火大会、キャンプ、そして、高原に夏の星座を見に行く」


 先日、聖麗奈さんが勉強中に居眠りしていたとき、芽留と話した夏休みにしたいこと一覧だ。


「まさか、それ全部やるわけじゃないよね~?」

「無理だな」


 リア充や本物のお嬢様ならまだしも、僕と聖麗奈さんには無理だ。面倒を見る家族がいたり、家事をしたりだけでなく、経済的にも厳しい。


「だから、これという遊びに絞った方がいいと思うのよね~」

「そうだな。どうせ、リア充が真似られないんだし、少ないチャンスを活かせるように考えるよ」


 とはいえ。


「聖麗奈さんにとっても、貴重な時間なんだ。なにをしたいか彼女にも聞こうと思う」


 むしろ、おばあさんと一緒の分、僕よりも時間的には厳しいだろう。


「けど、次も夏生に留守番を頼むのか?」

「うーん、あの先輩もウザいからね~」


 録音しておけばよかった。


「マジな話、夏休みだったら、お母さんも1日ぐらいは休めるでしょ~。うまく日程を合わせればなんとかなるよ~」

「その手もあったな」


(うちの母、週に1回帰ってきたと思えば、生活費を置いて会社に戻る人だからな)


 週刊誌の編集者も過酷だ。ただでさえ激務だと聞くのに、僕と芽留の生活を支えるためにがんばっているわけで。

 僕も学校と、家事の両立ぐらいで音を上げたくない。


「というわけで、お兄ちゃんのミッションは~デートに誘うのと~告白のセリフを考えてくこと~」

「はいはい」


 話は終わり。食事が終わると眠くなってきた。


「じゃ、僕は二度寝をする」

「メルは動画を見てるから、気にしないで~」


 その後。僕は昼寝を満喫した。

 気づけば、昼もすぎている。


(起こしてくれればよかったのに)


 リビングに行く。芽留が車椅子に乗ったまま、うたた寝をしていた。

 幸せそうすぎて、起こせない。2時すぎに妹が目を覚ましてから、ランチに。


 結局、聖麗奈さんの家に着いたのは4時近くになってしまい――。


 なぜ、もっと早く動かなかったのか⁉

 目の前の光景を見て、自分を殴りたくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る