第27話 NOY計画

 学校から聖麗奈さんの家に直行すると、先日のヘルパーさんがいた。

 ヘルパーの中年女性は、僕を見るなり。


「あら、お嬢様の彼氏さん?」


 ニヤける。


「僕が彼氏ですか?」


 思わず自分の鼻を指さす。


「僕なんかお嬢様にもったいないですよ」と言う前に。


「彼氏だなんて、とんでもございませんわ」


 お嬢様に否定されて、安堵するやら悲しいやら。

 複雑な気分でいたら。


「未来の旦那様になってほしい方ですわ」

「ぶはぁっ!」


 斜め上の方向に行ってしまい、噴いてしまった。


「あら。冴えない顔なのに、お嬢様のハートを射止めるなんてすごいのね。息子にアドバイスしたいので、どうやってお嬢様を落としたか教えてくれない?」


 ヘルパーさん、僕をけなしているのか、褒めているのか?

 なんで聖麗奈さんが僕を好きなのか、自分でもよくわからないんだ。答えられるわけがない。


「お兄ちゃん、陰キャに見えて、妹の介護をしながら家事もこなしてるんですよ~」


 妹が会話に割り込んだ。


「そうなのかい。車椅子の介護は大変だろうに、がんばってるのねえ」


 そう言うと、おばさんはポケットからなにかを取り出すと、僕に渡してきた。


「チョコだよ、よかったら、お食べ」

「ど、どうも」


 子ども扱いされてない?


「鈴木さん、わたくしも帰宅しましたので、本日は帰ってよろしいですわよ」

「……お嬢様。契約的にはもうちょっと残って大丈夫なのよ。おばあさんの介護も大変なんだから、大人に頼って」

「で、ですが、おばあさまのお世話はわたくしがしたいので……」

「そうね。大切な家族の面倒を自分で見たい気持ちは尊重するわ。けどね」


 ヘルパーさんは肩を回しながら言う。


「介護は本当にしんどいの。肉体的にも力仕事だし、精神的にも気を抜けないし」

「たった2ヶ月ですが、わたくしも身に染みて実感してますわ」

「つらいから、他人の力を借りるのも大切なのよ。そのために、ヘルパーもいるんだし、介護保険制度もあるんだから、使えるものは活用してほしいのよね」


 鈴木さんはため息を吐くと。


「何度も同じ話をしてごめんなさい。でも、あなたみたいな若い子が介護で疲れていくのを見たくないの」

「お気遣い感謝しますわ。ですが、もうじき夏休みですのよ。学校もありませんので、負担も減りますわ」

「夏休み中は家にいるんですよね?」

「ええ。おばあさまもいますので、基本は家におりますわ」

「私は今までどおり来ますので、昼間だけでも休んでくださいね」

「考えておきます」


 すると、鈴木さんは荷物をまとめて、聖麗奈さんの家を出て行った。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、すいませんわ」

「いや、いいんだけど、夏休みもずっと家にいるの?」

「ヘルパーさんにも申しましたが、そのつもりですわ」


 正直、かなり複雑な気持ちになった。


 僕も去年の夏休みはほとんど自分の時間を持てなかった。学校がないから家にいる芽留の世話をして、一緒に遊んで、家事をして。出かけるのは芽留と散歩に行くか、買い出しぐらいだった。


 大好きな妹ですら、1ヶ月以上も面倒を見続けるのはしんどかった。

 聖麗奈さんがおばあさんを大事にしているのはわかるが。


 ヘルパーさんの言うとおり、介護保険が使える。プロの力を借りられるのだ。


「せっかくの綺麗な顔にクマは似合わないんだけどなぁ」

「ふぇっ?」


 声に出ていたらしい。


「聖麗奈さんに休んでほしいってこと」

「わたくしなら大丈夫ですわ」


 豊かな胸を張る聖麗奈さん。変なところで、お嬢様らしい仕草をする。


「では、夏休みの宿題を始めましょうか?」

「なら、メルがおばあちゃんの面倒を見てるね~」

「すいません、お願いしますわ」

「いいですよ~。メルは優等生なので、宿題は7月中に終わらしますんで~」


 僕への当てつけ?


 なにはともあれ、僕と聖麗奈さんは勉強を始めた。


 優等生が隣にいる間に進めておけば、あとで楽ができる。

 と思ったのだが。


 勉強に着手してから1時間後。お嬢様に質問をしようとしたところ。

 聖麗奈さんはテーブルに突っ伏していた。寝息と肩の動きが、規則正しい。気持ち良さそう。


「本当にお疲れなんだよなぁ」

「……お兄ちゃんも周りから見ると、同じようなもんなんだよ~」

「僕みたいな陰キャとお嬢様を一緒にしないでくれ」

「顔や仕草は月とすっぽんだけどさ~余裕がないのはふたりに共通してるよね~」


 後半が的を射ていすぎて、前半の言い方も気にならなかった。


「自分を棚に上げていうけど、芽留の意見を聞かせてくれ」

「ん~?」

「芽留、聖麗奈さんを休ませてあげたいんだけど、どうしたらいいと思う?」

「お兄ちゃん、変わったよね~?」

「えっ?」

「前だったら、他人のことなんかどうでもよかったじゃん。あたしのために武術をやめたぐらいだし~」


 芽留の言うとおりだ。妹が事故に遭ったのをきっかけに、夏生と一緒にやっていた武術をやめた。本当は続けたかったのに。

 つまり、妹がすべてで他を捨てるのが僕だった。


「いつも言ってるけど、気にしないでくれ」

「気にするに決まってるじゃん~。お兄ちゃんを我慢させてるんだよ~」


 妹は頬を膨らませる。

 何度も同じ内容で話し合ってきたが、1年半以上も堂々巡りを続けている。


「また、ループしちゃうから、今回は追及しないけどさ~」


 妹も不毛な議論だとわかっているのだろう。

 話が進まないし、本題に戻ろうか。


「もう状況変わってたじゃん~!」


 しかし、芽留が叫んだ。

 聖麗奈さんの肩がピクリと震えたが、起きなかった。相当、疲れているらしい。


「だって、お兄ちゃん変わったんだし~これからは朝比奈先輩とラブラブな夫婦になれば、妹離れもできるでしょ~」

「へっ?」

「お兄ちゃん、なんで驚いた顔をしてるの~?」


 そこで不思議そうにする妹が理解できない。


「だって、僕と聖麗奈さんが夫婦だなんて」

「お兄ちゃん、自覚ないの~?」

「なにが?」


 妹は深くため息を吐いてから。


「最近、朝比奈先輩のことばかり見てるんだよ~」

「そうなのか?」

「そうそう。どう見ても、お似合いの夫婦なんですけど~」


 ま、まさか、僕がお嬢様を……。


(たしかに、好きかもしれない)


 気づいてしまった。

 これまで、目をそむけていた問題に。


「だって、おばあさんのことが大変なのに、頑張って勉強もして、料理や掃除もきちんとこなして。おまけに、僕にまで優しいんだぞ」

「やっと認めたんだ~」


 妹やおばあさんがいるとはいえ、毎日彼女の家に入り浸っていて。最近では手料理も食べている。シャワーも何度かしたし。


 恋愛感情を誤魔化していたから、どうにか耐えられたけど……。

 自覚したとたんに、急に恥ずかしくなってきた。


 無防備な寝顔が視界に入って、心臓がドキドキする。


「けどな、僕には恋をしている暇なんてないんだ」

「好きって気持ちに忙しさは関係ないよ~」

「うっ」


 正論だ。


「だとしても、聖麗奈さんと僕はヤングケアラー仲間でもある」

「仲間だと恋人になっちゃいけないの~? 他に誰もいないんだし、サークラも起きないよ~」


 逃げ場を潰してくる我が妹。敵に回すと怖ろしい。敵じゃないけど。


「お兄ちゃんはどうしたいの~?」


 妹が僕を大事に思っているのがわかるから。


「聖麗奈さんが好きだから、彼女が壊れないように今は守りたいんだ」


 観念した僕は素直な気持ちを打ち明けた。


「だから、まずは、『夏休みにお嬢様に休んでもらう計画』を立てたいんだ」

「そうだね~。夏のバカンスで朝比奈先輩を楽しませて、コクっちゃおう~!」

「コクるのはさておき、NOY計画は進めたい」

「NOY計画~?」

「『夏休みにお嬢様に休んでもらう計画』の略」

「強引すぎる~」


 それから、聖麗奈さんが目を覚ますまで、夏休みの計画を妹と立てた。


(夏をお嬢様とエンジョイしちゃおう!)


 本人の合意はないけど、妹がなんとかしてくれるはず。遊園地のときみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る