幕間
第22話 留守番
【芽留視点】
お兄ちゃんと朝比奈先輩がデートに出かけた後。
「芽留ちゃん、じゃあ、さっそくオレといいことしよっか?」
「夏生先輩、あいかわらず、お好きなんだから〜」
メルは変態の発言をやんわりとかわしたよ〜。
「じゃ、これを使って。ブルブル震えると思うけど、絶対に気持ちよくなれっから」
「ブルブルするの〜?」
「最初はびっくりすると思うけど、最近のバイブはよくできてるんだぜ」
「ふーん」
積極的なエロゲ友人キャラ。ウザいけど、お兄ちゃんの親友だし、断れないよ〜。
メル、奪われちゃうの〜?
「おたんこ茄子さん、あたいと気持ちよくならない?」
「はい?」
突然、割り込んできたおばあちゃんに目を丸くする夏生先輩。
「あんた、顔はイマイチで、お調子者だけど、指のテクニックはありそうだねぇ」
「い、いや。オレは……」
夏生先輩は持っていたゲームのコントローラを床に落とした。
メルたちがしようとしていたのは、ゲームだよ〜。格ゲーだけど、バイブの振動が激しいらしい。よう知らんけど〜。
「夏生先輩、おばあちゃんとゲームしてあげたら〜」
「け、けど。オレはメルちゃんと気持ちよくなりたいんだぁ」
夏生先輩は物欲しそうな顔をメルに向ける。そんなにメルとしたいのかな〜。あいかわらず、エッチなんだから〜。
「夏生先輩、今日はメルの言うことを聞いてくれるんじゃなかったの〜?」
「うっ」
「これを聞いてくれるかな〜」
メルはスマホを取り出し、録音アプリの再生ボタンを押す。
『芽留ちゃん、じゃあ、さっそくオレといいことしよっか?』
『じゃ、これを使って。ブルブル震えると思うけど、絶対に気持ちよくなれっから』
『最初はびっくりすると思うけど、最近のバイブはよくできてるんだぜ』
「アウトじゃんか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
夏生先輩は床に四つん這いになり、くず折れていた。
「チクショー、怖い兄貴がいない間に、メルちゃんとお近づきになりたかったのに!」
「とか言いながら、同じクラスにも気になってる子がいるんでしょ〜?」
「ああ、陽菜ちゃんだよ。お嬢様を『せれっち』呼びできるフレンドリーさ。誰にでも明るく接する彼女にオレの心はフォールインラブ」
そういえば、お兄ちゃんと聖麗奈さんが話に出す人たちがいるっけ〜。突っ込み担当の方ね〜。
「夏生先輩。その人、たぶん誰にでも優しいだけ〜。夏生先輩のこと空気だと思ってるから〜」
「うぅっ、メルちゃん、慰めて」
夏生先輩はメルに抱きついてこようとして――。
手前50センチで止まった。この先輩、ポーズだけだから安心なんだよね〜。
「あら、おち○ぽ太郎さん、積極的なのねぇ」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっ!」
おばあさんに抱きつかれて、悲鳴をあげる夏生先輩。ギャグ要員として、大活躍ですね〜。
「あら。今日みたいな冬の寒い日は、人肌で温めあおうじゃありませんか」
「ちょっ、おばあちゃん⁉︎」
おばあちゃんが変なことを言い出して、びっくりしちゃった〜。
「おばあちゃん、今は6月だぜ。しかも、天気は良くて、暑いぐらいさ。オレたちのラブを太陽が祝ってくれてるのさ」
一瞬、メルが間違ってるのかと思ったが、メルは大丈夫だった。
「って、夏生先輩。女なら誰でもいいの〜⁉︎」
お兄ちゃんの親友に引きながらも、頭では別のことを考えていた。
おばあちゃん、寒いとか言ってる。薄手の上着を貸すぐらいは問題ないだろうけど、冬の服を着せるわけにはいかない。熱中症になるかもしれないし。
「そんなことより、腐った魚の目さん。今週は桜が満開でしょ。お花見に行かない?」
「おばあちゃん⁉︎」
さっきまで冬だったのに、一歩も歩かないうちに春になってる。鶏じゃないんだから〜。
病気のせいだとわかっていても、ついていくのは大変で。
朝比奈先輩も大変だな〜。
だからこそ、今日だけは介護のことを忘れて、楽しんでほしい。
お兄ちゃんは朴念仁だけど、優しくて、気を遣える人。
お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だと思うけど。
ううん、メル、お兄ちゃんの幸せを願っている。
お兄ちゃんと朝比奈先輩。ヤングケアラー。若くして家族の介護に追われる境遇は似ていて。
お兄ちゃんをわかってあげられるのは、朝比奈先輩ぐらい。
朝比奈先輩なら、お兄ちゃんの気持ちも理解できるはず。
お兄ちゃん、朝比奈先輩にならデレてもいいんだよ〜。
お兄ちゃんに恋をしてほしい一方で――。
なぜか、胸にぽっかりと穴が空いたような気分になる。
メル、今まではお兄ちゃんをひとりじめできてたんだ〜。
学校の送り迎えもしてもらえるし、家でもお風呂と寝るのも一緒。
メルはお兄ちゃんに甘えて生きてきた。
ホントはもうちょっと自分でできるのに。
お風呂もひとりで入れなくはない。着替えだけなら自分でできる。車椅子から浴室に運んでもらえれば、体も洗える。
なのに、メルはお兄ちゃんと触れ合っていたくて、着替えも洗うのも手伝ってもらっている。
でも。
メルが頼りきりだったら、お兄ちゃんはメルを放っておけない。
自分を諦めて、メルのことばかりにかまけてしまう。
そんなの嫌だ。
お兄ちゃんには幸せになってほしいのに。
メルのワガママのせいで、大好きなお兄ちゃんが不幸になってしまう。
「お兄ちゃん、がんばるんだよ〜」
「メルちゃん、ありがとなす。オレ、おばあちゃんの相手をがんばるよ」
気づけば、夏生先輩がおばあちゃんとゲームをしていた。
格ゲーではなく、動物とまったり触れ合うゲームだった。
「夏生先輩に言ったんじゃないんだけどね〜」
そう言いながら、メルは誓った。
お兄ちゃんと朝比奈先輩の恋を応援することを。
夕方まで、夏生先輩はおばあちゃんの相手をしてくれた。
陽が暮れかけた頃。玄関の開く音がして。
「ただいま」
お兄ちゃんが帰ってきた。
「お兄ちゃん、おかえり……って、ひとり?」
「ひとりって。もちろんだけど」
お兄ちゃんは夏生先輩を一瞥して言った。
夏生先輩がいたら、朝比奈先輩を持ち帰るわけにもいかないか〜。残念。
「うっし。じゃあ、オレは帰るわ」
「ありがとな。僕もおばあさんを送っていくから、途中まで一緒に行こう」
お兄ちゃんはおばあちゃんの荷物をまとめると、3人で家を出た。
賑やかだった家が急に静かになる。
これからは、ひとりにも耐えていかなきゃ。
メルは心に誓った。
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