第20話 お嬢様とジャンクフード

「お昼、なにか食べたいものある?」

「うーん、外食は何年もしてませんもので……」


 お昼すぎ。レストランエリアにて、僕が尋ねると、聖麗奈さんが固まった。


 お嬢様といえば、頻繁に高級レストランで食事をする印象がある。聖麗奈さんがテンプレ的なお嬢様でないと知ってはいたけれど、ここまでだったとは。


 1ヶ月に1度以上、外食をするファミリーは半数を超えるとの調査結果もあるというのに。

 学校一のお嬢さまは、庶民よりも庶民だったかもしれない疑惑が勃発。


「なら、せっかくだし、普段は食べられないものはどう?」


 レストランエリアの入り口に、出店している店の看板が出ていた。


「そうですわねぇ」


 聖麗奈さんは顎に手を当てて、しばらく考え込んだ後。


「では、ハンバーガーなる食べ物をいただいてよろしいでしょうか?」

「まさかの異世界の令嬢だったの⁉」

「……わたくしも、ハンバーガーという単語は知っておりますわ」

「知らない人の言い方だったから、つい」

「わたくしは悪役令嬢ではございませんわ」

「悪役令嬢なんて言葉が出てくるんだ?」


 意外だった。


「学校で、日向ひなたさんが教えてくださいましたの」

「ああ。突っ込み役の子ね」


 お嬢様に向かって、『悪役令嬢』なる言葉を出せる度胸がすごい。


「そんなことより、ハンバーガーって、やっぱり、庶民の食べ物って感じがするよね」

「いいえ、庶民の食べ物ではございませんわ」

「最近は高級バーガーもあるし、印象は変わってるかもな」


 1000円を超えるハンバーガーは父が健在だったとき、食べたことがある。焼き立てのバンズ、炭火焼きしたお高い牛肉、シャキシャキのレタス。素材も調理もファーストフードとは一線を画していて、感動した覚えがある。


「心春さんに反対するようで心苦しいのですが」


 聖麗奈さん、態度は堂々としているのに、僕をやたらと持ち上げてくる。


「僕たちは対等な関係なんだし、気を遣わなくていいから」

「ありがとうございます。心春さんのそういうところも素敵ですわ」


 恥ずかしくて、一瞬だけ視線をそらす。


「食べ物に貴賤を持ち出すのは、ナンセンスだと思っておりますの」

「どういうこと?」

「和泉さんがおっしゃっていたのですが」

「う、うん」

「初デートで、低価格なファミリーレストランに行った殿方を責める女性が世の中にはいらっしゃるとか」

「そ、そだね。『サ○ゼで満足する彼女』ネタで定期的にネットが荒れるって、僕も聞いた」

「おいしいものはおいしい。好きなものは好き。それ以上でもそれ以下でもございませんのよ」


 やっぱり、聖麗奈さんはわかってる。


「高級店にはお値段が高くなるだけの理由があると承知しておりますわ」

「う、うん」

「ですが、だからといって低価格なものをバカにしていい理由にはなりません」


 聖麗奈さんは言い切った後、慌てて口を押さえた。


「すいません。わたくしったら、自分の意見を言ってしまいまして」

「ううん。聖麗奈さんの考えがわかって、むしろ、好感度は爆上がりだと思うよ」

「そうですか」

「『サ○ゼで満足するお嬢様』は男子的にポイント高いはず」

「うれしいですわ。心春さんのポイントを掴めましたので」


 聖麗奈さんは微笑んでいたと思えば、急にバツが悪そうに肩をすくめる。


「世の中には自分と異なる考えを言われると、怒る方もいらっしゃいます。不用意に自説を述べるリスクは教わっておりますのに」

「ここはSNSじゃないんだから、炎上を気にする必要はないと思うよ」


 聖麗奈さん、気配りが出来て良い子なんだけど、少し窮屈じゃない?


 ストレートに言ったら、彼女に負担がかかるかもしれない。

 ただでさえ、おばあさんの件で大変なのに、自分の性格をああだこうだ言われても大変すぎる。


「じゃあ、ハンバーガーでいいね?」

「7年と10ヶ月ぶりのハンバーガー、楽しみですわ」

「……食べたことあったんだ」


 僕たちが入ったのは、老舗のハンバーガーチェーン。歴史は古いが、店舗数はかなり少なく、50店舗もないはず。たまたま、僕たちにいる遊園地に出店していたらしい。


 レジ前にメニューの看板がある。

 ハンバーガーに縁がないお嬢様といえば、迷いすぎるのが定番ネタ。

 ただでさえ、7年以上ぶりのハンバーガーだ。僕でも悩みだろう。


「選べるかな?」


 気を利かせてみたら。


「ええ、決まりましたわ」


 まさかの即答だった。

 お嬢様テンプレをところどころ外してくるのが、聖麗奈さんだ。


「コロッケバーガーをいただこうと思いますの」


 看板に写真も乗っている。キャベツの上に大きめなコロッケがあって、ケチャップとマヨネーズがつけられている。具がバンズからはみ出していて、食べづらそう。しかも、この遊園地の限定メニューな模様。


「昔、両親とここに来たときに、コロッケバーガーをいただきましたの」

「そうなんだ」


 彼女にとって思い出の味にちがいない。


「じゃあ、僕は肉まんバーガーのセットにするかな」


 写真によると、肉まんをバンズで挟んだものだ。


(素直に肉まんでいいんじゃ?)


 そう思いつつ、挑戦してみた。


「心春さん、わたくし、レジで注文できるか見守ってほしいですの」


 聖麗奈さんがお嬢様っぽいことを言い出した。


(『はじめてのおこづかい』じゃないんだから)


『はじめてのおこづかい』は、子どもがお小遣いをもらって、買い物に行く番組だ。芽留によると、最近、海外でバズっているとか。


 レジに並んだ聖麗奈さんは無事にミッションを終える。

 聖麗奈さんお嬢様ムーブをしているけど、感覚は近いから全然問題なかった。


 僕がトレーを運び、聖麗奈さんが確保した席に持っていく。


「いただきますわ」


 聖麗奈さんは微笑を浮かべて、コロッケバーガーにかぶりつく。

 口をモグモグさせるや、瞳孔を大きく開く。


「おいしいですの!」


 ものすごく幸せそうで、僕までほっこりする。


「懐かしい味ですわ」

「よかったね」

「ええ。子どもの頃に戻ったような気がしますわ」


 目に涙を浮かべる聖麗奈さんを見て、僕もじんとくる。

 おいしそうに食べる聖麗奈さんは、子どもっぽくて、普段のお嬢様仕草はまったく感じられない。


(いかん、いかん。見とれてしまった)


 僕も肉まんバーガーを食べよう。

 肉まんバーガーは炭水化物と肉の塊だった。普通に美味い。たまに食べるなら、悪くない。


 僕やハンバーガーとポテトを片づける。聖麗奈さんはまだ食べていた。


「わたくし、おなかいっぱいですの」

「なら、無理しなくていいよ」


 もったいないけれど、残せばいい。

 そのつもりが。


「……心春さん、召し上がってくださいませんか?」

「へっ?」

「もったいないですから、心春さんに手伝っていただきたいですの」

「で、でも」


 うまく口が回らない。


(間接キスじゃないですか⁉)


 堂々と言えれば、どんなに楽か。


「僕が食べて、気にならないの?」


 キスという表現を使わないで、遠回しに聞いてみる。


「他の殿方でしたら嫌ですが、心春さんなら大丈夫ですわ」


 芽留がいたら、代わりに食べてもらえるのだが。


「やっぱり、わたくしの残り物を押しつけようだなんて、失礼ですわよね」

「そうじゃないから」


 察してほしい。

 妹以外の女子との間接キスに戸惑っていることに。


 これで断ったら、聖麗奈さんを傷つけるかもしれないし。

 間接キス自体は、『あーん』で経験があるから、がんばってみようか。


「微妙に足りなかったし、もったいないからもらうよ」


 3分の1ほどになったコロッケバーガーにかぶりつく。サクサクのコロッケが哀愁を誘う。


 食べ終わると。


「心春さん、ケチャップがついていますわ」

「それは聖麗奈さんもだよ」


 お互い顔を見合わせて笑う。


「わたくしが拭かせていただきますね」


 聖麗奈さんが紙ナプキンで、僕の口元を拭く。


「じゃあ、聖麗奈さんは僕が」


 隣の席にいた女子大生グループに、『バカップル爆発しろ!』と言われたが、気にしない。

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