第19話 お嬢様の弱点?

 広場の屋台でポップコーンと飲み物を買う。

 彼女は見える範囲にいる。とくに、ナンパもされてない。


 服を乾かすまで時間を潰してあげた方が良さそうと思いつつ、その間にナンパでもされたら、困る。


(なんで、困るんだっけ?)


 彼女でもなんでもないのに。

 自分でもよくわからない。


(まあ、いっか)


 聖麗奈さんのいる方に向かって、まっすぐ歩き始めたところで。


「休日まで、和泉の介護をしないといけないなんて、ひなっちも災難や」

「陽菜、それはあてぃくしのセリフなんだけど。本当は聖麗奈さまと遊園地デート決めたいのに、陽菜を仕方なく誘ってあげたんだよ」


 斜め左から聞き覚えの声がする。

 慌ててポップコーンの容れ物で顔を隠した。横目に映るのは、学校で聖麗奈さんに話しかける例の2人組だ。


「和泉、ひなっちをせれっちと見立てて、妄想だけでトレイに駆け込みやがって」

「だって、当たり前じゃん。お嬢様と遊園地のギャップで、はぁはぁしたんだもん」


 変態さん、息を荒くしている。


(僕と聖麗奈さんが一緒にいるの見つかったら、ヤバすぎない⁉)


 変態さんの暴走を止められる自信はない。


 もっとも、今の混み具合なら聖麗奈さんの方を向いても、気づかないはず。

 かといって、このまま遊園地にいたら、どこかでバッタリ出くわす可能性もある。


(どうすりゃ、いいんだよ?)


 頭を抱えていたら。


「和泉、興奮してパンツをびしょ濡れにするなんて、あいかわらずド変態だな」

「聖麗奈さまがエロかわいいのが悪い」


 変態さんは開き直っていた。


「今日にかぎって、替えのパンツを忘れたのは、あてぃくしにとって一生の不覚」

「いつもは持ってるみたいな言い方なんだけど」

「ええ。放課後までに3回は着替えてますが、なにか?」

「なにかじゃないっての⁉」


(そりゃ、突っ込みますわな)


「おかげで、遊園地を撤収する羽目になったじゃん」

「うんうん、『羽目はめ』って言葉エロいよね」


 ダメだ、こいつ……じゃなくって、朗報だった。

 ふたりが通りすぎたのを確認してから、僕は聖麗奈さんのところへ行った。


「心春さん、遅かったですわね?」

「知り合いを見かけてな」


 変態発言をオブラートに包んで、事情を説明した。


「見つからなくてよかったな」

「……わたくしは別に構いませんわ」

「えっ、いいの?」


 予想外だった。


「だって、お嬢様が僕みたいな陰キャと遊園地デートはまずいでしょ?」

「なにがまずいのですか?」

「まず、和泉さんって子も言ってたけど、聖麗奈さんと遊園地はギャップがあるんだよね。和泉さん、そこがシコいらしい」

「シコい……。和泉さんも四股トレーニングしてるのでしょうか」


 聖麗奈さんは話についていけず、首をひねっている。


「聖麗奈さんが遊園地にいたら、幻滅されるかもしれないって話」


 端的にまとめた。

 あてぃくしさんが欲望を暴走させる危険もあるが、それは言えない。


「しかも、相手は寝てばかりの冴えないボッチだろ。聖麗奈さんの評価は下がるな」

「………………ですの」

「えっ?」

「そんなの許しませんの」


 聖麗奈さんは唇を尖らせていた。


「心春さんは、わたくしのすべてを知っても、普通に接してくださる大切なお方。心春さんといるのが悪いなんて、わたくしは許しませんわ」


 目に涙を浮かべる聖麗奈さんは怒っていても、怖くはない。

 けれど、彼女の心の温かさが伝わってくる。


「それに、わたくしは幻滅されても構いませんわ」


 彼女は胸を張って言う。


「無理して、お金持ちに見せているわけではありませんから」

「バレてもいいから、堂々としていたいってこと?」

「ええ。『常に、自分に自信を持って、堂々としていなさい』と、お母さまにしつけられましたから」


 わかってはいた。

 聖麗奈さんにとって外面よりも、お母さんとの約束の方が大事だと。

 それでも、彼女の強い思いを感じさせられた。


「ごめん、僕、聖麗奈さんを理解してなかったよ」

「いいえ。学校のみなさんがわたくしの秘密を知れば、幻滅するのは間違いないと思いますわ。わたくしのためを考えてくださって、ありがとうございます」

「……気を取り直して、遊ぼうか」


 だいぶ服も乾いていた。


「では、わたくし、お化け屋敷に行きたいですの」

「う、うん、いいよ」


 お化け屋敷に向かった。

 お化け屋敷は和風の建物で、かなり年季が入っているのもわかる。


「この建物は江戸時代のものを移築してますのよ」

「怖くなるような情報をありがとうございます」

「心春さん、怖いの得意なのですか?」


 皮肉が通じない聖麗奈さん。


「子どもの頃、遊園地に来ても、妹のオモリだったんだ。おかげで、怖がる余裕もなくて」

「うふふ、昔から良いお兄さんでしたのね」


 お化け屋敷に入る。歩くと、床がミシミシと鳴る。

 照明も提灯。安全に配慮しているのか、足元はフットライトで照らされている。

 初夏だというのに、隙間風が寒い。たぶん、雰囲気のせい。


「たしかに、けっこう怖いな」

「しょ、しょ、しょうでちゅわね」


 隣を歩くお嬢様が噛みまくっている。


「もしかして、聖麗奈さん」

「わ、わたくちゅはだいじょうぶでちゅわよ」


 大丈夫に聞こえない。

 それでも、強がろうとするのは、お嬢さまのプライドがあるからか。


 通路を歩く。

 横から顔がない幽霊が飛び出してきた。


「ひゃぅ!」


 聖麗奈さんは内股になり、ガクガクブルブル震えている。つられて、双丘も揺れる。


「な、泣いたら、お母さまに叱られてしまいましゅわ。がんばれ、わたくしでちゅの」


 聖麗奈さんが微笑ましいと思いつつ、守ってあげたくもなって。

 でも、彼女は恐怖に耐えようとしている。


 僕が守ることで、彼女を傷つけるかもしれない。

 実際、さっきは聖麗奈さんの気持ちを考えられなかったわけで。


「$#%$&&Y!」


 かといって、声にならない悲鳴を上げているのも放っておけなくて。


(あっ!)


 いいことを思いついた。


「僕、今日は妹がいないから、怖いみたい」


 反応はない。


「手を繋いでいい?」


 許可を求めたとたん。


 ――ふにゅ。


 右腕にめちゃくちゃ柔らかな弾力を感じた。


「聖麗奈さん⁉」


 聖麗奈さんが僕に飛びついてきたのだ。腕が谷間に埋まっている。


「ひぁぁんんっ!」


 幽霊さんが現れるたびに、強くしがみついてくる。胸が僕に押されて、形を変えていた。


 涼しかった体温が一気に跳ね上がる。

 僕は絶景が気になって仕方がなく、お化けどころではない。


「聖麗奈さんのおかげで、だいぶ怖くなくなったな」


 おっぱいの癒やし効果に比べたら、お化けなんか雑魚すぎる。


 結局、出口に着くまで、天国のような時間が続いた。

 お化け屋敷を出て、再び、ベンチで休憩を取る。


「す、すいませんでしたわ」


 お化け屋敷でのことを考える余裕ができたのだろう。聖麗奈さんは顔を真っ赤にしていた。


「あははは。気にしないで」

「ですが、わたくし、強がってみっともありませんわ」

「僕はかわいいと思ったけどな」

「えっ⁉」


 聖麗奈さんはさらに真っ赤っかになった。


「かわいいですか? わたくしが?」

「うん、今日は聖麗奈さんのいろんな表情が見れて、かわいいのを再確認したよ」

「うふふふ」


 お嬢様の微笑が尊い。


「わたくし、心春さんになら、なにを見られても恥ずかしくありませんわ」


 そう言うと、聖麗奈さんは僕の肩に寄りかかってきた。


(ちょっ、恥ずかしいんだけど)


 聖麗奈さんが素を出せるのなら、止めるのは野暮だ。


「なにを見せてくれるのかな?」

「心春さん、なにを期待してらっしゃいますの?」


 これ、僕がエッチなことを考えてるみたいだ。


「想像にお任せしますわ」


 聖麗奈さん口調を真似てみた。


「うふふ。空が綺麗ですわね」


 太陽が頂点に達しようとしていた。雲ひとつない空が、さわやかな風を運んできた。

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