第18話 水も滴るいい女

「遊園地、そこのでいいかな?」


 幸い、遊園地は近くにあったので、方角を指さして聞いてみた。


「ええ。ぜひ、お願いしますわ!」


 聖麗奈さんの声が弾んでいた。ついでに、胸も。


「すごいうれしそうだけど……」

「はい、ですの。両親との思い出が詰まった場所ですので」


 思い出の遊園地って、そこだったんだ?

 たんなる偶然なのに。


「さすが、心春さんですわ。わたくしの気持ちをくみ取っていただいて、ありがとうございますの」

「そ、そうですね」


 僕が冷や汗をかく一方、聖麗奈さんは笑顔で遊園地に向かって歩き始めた。

 10分ほどで遊園地へ到着する。チケットを購入し、中へ入る。


「まず、どこから行きたい?」

「そうですわね……急流すべりに行ってよろしいですか?」

「もちろん。どこでも付き合うから」

「ですが、心春さんにも苦手なものはあるのではありませんか?」

「ううん、特にないかな」


 子どもの頃、活発な妹に連れ回されていた。遊園地の主要なアトラクションはほぼ乗り尽くした。最近のは知らんけど。


 今日は梅雨の合間の晴れで、けっこう暑い。日曜日なのもあり、急流すべりは賑わっていた。


 5分ぐらい経って、僕たちの番になる。係員に案内され、僕と聖麗奈さんは木舟に乗り込んだ。


『それでは、舟の旅を楽しんできてください~』


 アナウンスが流れた後、ゆっくりと舟が動き出す。濡れはしないけれど、水が近くにあるだけで涼しく感じる。


 しばらくして、舟は坂を上っていく。森の中へいた。天然の木が植えられていて、空気が新鮮だった。水とあいまって、リラックスする。

 隣の聖麗奈さんも気持ち良さそうに木々を眺めている。


 ところが。


「うぉっ!」

「きゃっ!」


 急に速くなった。

 滝だ。滝を落ちている。

 軽くGがかかり、体が宙に浮くような感覚がした、直後。


 ――バシャーン!


 ド派手に水が舞う。頭や服に水がかかった。


「聖麗奈さん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「なら、良かった」


 胸をなで下ろしていたら。


「あっ、見てみて!」


 タメ口だった。聖麗奈さんのタメ口を学校を含め、初めて聞いた。かなり興奮しているのが伝わってくる。


紫陽花あじさいが咲いてございますわ」


 すぐにお嬢様口調に戻った。


「あ、紫陽花だね」


 水に気を取られている間に、紫や赤の紫陽花が咲く和風の庭園に来ていた。石灯籠をすぎ、赤い木橋の下を通過していく。


(のどかだ……)


 さっき、水を被ったのも忘れて、景色に心を奪われる。

 普段、学校や妹の世話、家事などに追われている。妹と散歩に行ってはいても、時間を忘れて風流を楽しむ精神的な余裕はない。


 聖麗奈さんと一緒に綺麗なものを見られただけでも、来て良かった。


 妹が背中を押してくれなかったら、遊びに行くなんて発想すらなかったわけで。

 非日常的な空間が貴重すぎてたまらない。


 その後も、速くなったり、まったりしたり。緩急ある船旅を楽しんだ。

 最高の気分で、降り場へ到着した。


 ふたりで横に並んで広場を歩き始める。


(ん?)


 なんだか、周りの人々が僕たちを見ている気がする。


(きっと、聖麗奈さんが美少女だからだろ)


 待ち合わせたときから、ずっとだし。

 疑問に思わなかったのだが。


「次、どうする?」


 聖麗奈さんの方を振り向いたとたん。


「なっ!」


 僕は絶句した。


「心春さん、どうしましたの?」

「どうしましたのじゃない!」


 というのは、聖麗奈さんの服が濡れていたから。

 水色のワンピースが透けていて、ブラジャーがクリーム色なのがわかった。


(さっきから聖麗奈さんが視線を浴びていたのは……)


 なぜか、体が猛烈に熱くなって。

 僕は人々の目から聖麗奈さんを遠ざけようと。


「!」


 僕は聖麗奈さんを真正面から抱きしめていた。背中で彼女を隠すようにして。


「こ、心春さん⁉」


 驚いた聖麗奈さんの吐息が首筋をくすぐる。

 距離感で自分のしでかしたことを理解する。


「ごめん、濡れていたから」


 僕が謝ると、聖麗奈さんは自分の胸元へ視線を移す。


「……わたくしったら、はしたないですわね」


 さすがの聖麗奈さんも顔をしかめていた。


(そりゃ、恥ずかしいもんな)


「お目汚し失礼いたしましたわ」


 ちがう理由だった?


「ううん、むしろ目の保養になったというか」


 テンパった僕はセクハラをしてしまった。


「ごめん、僕、変なこと言って」

「心春さん、わたくしを守ってくださって、ありがとうございますわ」


 聖麗奈さんの琥珀色の瞳はとろけそうだった。湿った銀髪も色香を放っている。体を密着させていることもあり、ドキドキがハンパない。


 下手に離れるわけにもいかず、どうしたものか?


 焦ってもろくなことにはならない。

 すーはーと深呼吸を繰り返す。


 思考力が戻ってきた。

 なにかで拭くとか覆うとかしよう。

 幸い、近くにベンチがある。


「ちょっと、ごめん」


 聖麗奈さんをお姫さま抱っこする。

 周りにジロジロ見られたけれど、角度的に透けブラは気づかれないはず。


 そのまま、聖麗奈さんをベンチに座らせた。

 彼女の前に立ち、自分のカバンを漁ってみる。


「えっ、なんで、こんなものが」


 スカーフだった。女物のスカーフが入っていた。僕、変態じゃないです。

 そのとき、スマホが音を鳴らした。LIMEだった。


『お兄ちゃん、今日のラッキーアイテムはスカーフだよ~。だから、芽留のスカーフをカバンに入れておいたから~』


 だそうです。


「はい、これを使って」


 僕は聖麗奈さんの首にスカーフをかける。結ばずに胸の前で垂らしておけば、少しは誤魔化せるだろう。


 びしょ濡れというほどでもないし、ハンカチで拭きつつ、乾くのを待てばなんとか。


「あと、少し、ここで休んでいれば、乾くと思いますわ」

「そうだね。じゃあ、僕は飲み物でも買ってくるから」


 僕は売店へと向かった。

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