第16話 助っ人
日曜日の朝。デート当日。
「じゃあ、お兄ちゃん、今日は頑張ってね~」
我が家のリビングにて。出かける準備を済ませた僕に、芽留が言う。
「なにを頑張るか知らんが、嫌われないように努力するよ」
「そこはお嬢様とエッチできるように努力するとこだよ~」
「これだから陽キャは……」
陽キャ怖い。
(妹は足のこともあり、常に僕が一緒にいるから守れるけどさ)
妹は元テニス部。テニスをなさっている陽キャな集団の中にいた。
かりに、妹が事故に遭ってなくて、今もテニス部で元気いっぱい活動していたら……?
明るくて、顔も良くて、小柄な割に胸もある。絶対にモテまくりだ。
「っていうか、お兄ちゃん。メルが服を選んだんだから、しっかりやるんだよ~」
「芽留はお母さんですか?」
「『かわいい息子がお世話になっております』と、朝比奈先輩によろしく伝えてね~」
「ホントに母親気取りだ」
「だって、お兄ちゃん、放っておけないんだもん」
また、妹に心配されてしまった。
僕が芽留を大切にすればするほど、かえって気を遣わせている。
(本当にジレンマをどうにかしたいなぁ)
今日は珍しく妹と別行動になるんだ。妹との関わり方を考える機会になるかも。
「うし、頑張ってくる」
家を出て、20分後。聖麗奈さんの家に到着する。
チャイムを鳴らすと、聖麗奈さんが出た。
まだパジャマだった。
「すいません、おばあさまの食事の世話をしていて、こんな格好なんです」
「いえ、むしろ……」
「むしろ?」
『眼福です』と言いかけて、どうにか我慢した。
(だって、白いレースのパジャマなんだぜ)
エロい。微妙に透けてるのが、エロい。
セレブ感ある爆乳お嬢様にとって、レースは最終兵器であります。
じゃなくて、どうにかして言い訳しないと。
「朝のお忙しいところにお邪魔してすいません」
文脈的には大丈夫なはず。
「いえ、こちらこそ迎えにお越しいただいて、申し訳ありませんわ」
どうにかなった。
僕は平坦な胸を撫で下ろすと、本題に入る。
「おばあさん、出かける準備は?」
「大丈夫ですわ。おばあさんを優先しておりましたので」
「じゃあ、おばあさんを僕の家に連れていくから」
「お願いしますの。わたくしは支度を済ませ、待ち合わせ場所に向かいますから」
「僕が朝比奈さん……いや、聖麗奈さんの家に戻ってもいいんだけど?」
「いえ、それでは遠いでしょうし。それに――」
「それに?」
「デートといえば、待ち合わせが大事だと、うかがいましたわ」
おそらく、例の取り巻きが言ったにちがいない。
「なら、待ち合わせを楽しみにしてる」
僕はおばあさんと一緒に朝比奈家を出た。
おばあさんのペースに合わせて、ゆっくり歩く。
おかげで、考える時間ができたのはいいけど。
(やっぱ、面倒くさいよなぁ)
一度、僕が聖麗奈さんの家に行って、おばあさんと一緒に帰宅する。
おばあさんを芽留に預けて、駅前で聖麗奈さんと合流する。
そういう段取りだった。
今日限定で、日曜日にヘルパーさんに来てもらう案もあったのだが。
『おばあちゃんはメルが一緒にいるよ~』と、我が妹がのたまう。
僕としてはヘルパーさんの方が安心できる。妹を説得しようとしたところ、おばあさんが芽留と待つことを選んだのだ。
おばあさんが認知症であっても、本人の意思をおろそかにしてはいけない。
結局、僕は折れて、芽留に任せることにした。
まあ、先日も言ったように芽留ひとりでは厳しいので、芽留が呼んだという助っ人にも頼るだろう。
(ってか、助っ人って誰なんだ?)
知らない男だったら、ぶちのめそうか⁉
いつもの倍以上の時間をかけて、我が家へ到着した。
「芽留、帰ったぞ」
玄関にあったのは、男物の靴。
(やっぱ、男か!)
僕は戦闘態勢に入る。
いつ、相手が襲ってきても、反撃ができるように構えをとって、リビングへ。
「かわいい妹に手を出すとは――」
「めぇぇぇぇぇぇぇんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっっっ!」
男の叫びが鼓膜を揺さぶった。
その声は僕が馴染んだもので。
「貴様か、芽留をたぶらかそうとする不埒者は。貴様なら遠慮せずに成敗してくれよう」
僕は右手を刀に見立て、頭上に振りかぶる。
「
「
僕が親友とにらみ合っていると。
「ふたりともストップ~」
妹が僕たちの間に割り込んできた。
「お兄ちゃん、夏生先輩が助っ人なんだよ~」
「そうだ。芽留ちゃんに頼まれたら断れねえよ。剣道部の練習試合だったが、サボった」
「練習試合をサボるなんて、度胸ある1年だな?」
「だって、梅雨の時期の防具ってマジ拷問なんだぜ。ただでさえ、ムシムシしていて不快だというのに、面をつけて頭をぎっしぎしに圧迫して。呼吸もしづらいし」
夏生はやれやれと肩をすくめる。
「さらに、臭いまであるしな?」
「おうよ……って、匂いは消臭剤でなんとかなるんだぜ」
剣道素人からすると、匂いがきつい印象があったが。
「というわけで、今日は芽留ちゃんとすごせるんだ。天国に来たのかもしれん」
「夏生先輩、大げさなんだから~」
芽留は夏生の腰を小突く。
「芽留ちゃんに好かれていて、うれしいぜ」
「適当にあしらってるだけなんだが」
妹にかわって、僕が言った。変に勘違いさせたら、泣くのは夏生だから。
「だから、芽留ちゃん、トイレの世話もばっちり任せてくれ」
「え~お兄ちゃんにも世話されたことないのに~」
「夏生にはおばあさんのトイレを見てほしいんだが」
「さっきから気になってたが、このおばあさんは?」
どうやら、芽留は夏生に説明してなかったらしい。
「この人は知り合いのおばあさんでな。その知り合いが出かけるから、うちで預かることになったんだ」
「ふーん。って、心春たんも出かけるんだろ? もしかして、その知り合いも一緒か?」
変なところで勘が鋭いから困る。
おばあさんが朝比奈さんの祖母だとは言えない。
かといって、わざわざ助っ人に来てくれた夏生にウソを吐きたくない。
「じつは、そうなんだ。僕と知り合いが出かけることになったんだが、おばあさんをひとりで置いておけなくてな」
「ははーん、さてはデートだろ?」
だから、なんで勘が当たる?
「その反応は当たりってことか。うらやましいぜ……いや、オレも芽留ちゃんとおうちデートしてるか」
「おまえはたんなる助っ人だ。断じて、デートだと認めん」
「怖いお兄さんだな」
「お兄さん言うな!」
それきり、話は終わり。
しばらくして、夏生がしみじみとつぶやく。
「心春たんが芽留ちゃんと一緒じゃないって、滅多にないだろ?」
「ああ。間違いなく、今年はじめてだな」
「今年も半分終わるけどな。ご苦労なこった」
親友は歯を見せて笑う。
なんだかんだ言って、僕をねぎらってくれる良い奴だ。
「あの心春たんが芽留ちゃんと離れて遊びに行く相手って、相当な美少女に決まってる」
内心で見直してたら、話を戻しやがった。
「それに、巨乳。具体的には、FかGはありそう」
聖麗奈さんの特徴に当てはまってるのは偶然か?
「……僕は相手が女子だとは言ってないぞ」
「お兄ちゃん、そろそろ行かないと、あさ――」
「芽留、待つんだ」
慌てて、妹の口を手でふさいだ。『朝比奈』と言ってしまったら、アウトだった。
「芽留ちゃん、『あさ』がどうしたの?」
「『朝も終わっちゃうよ~』と言おうと思ったの~」
どうにか誤魔化してくれた。
夏生はうなずいていた。
「じゃあ、僕は行ってくる」
助っ人に任せて、僕は駅に向かう。
(夏生なら安心できるからな)
聖麗奈さんと楽しむことだけを考えよう。
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