第4章 初めての☓☓

第14話 特訓の成果

 6月も中旬に入った。梅雨まっただ中で、毎日、曇り空が続いている。


 既に、中間テストの結果も返ってきた。

 朝比奈ノートのおかげで、テストの点は良かった。

 といっても、平均よりちょい上なんだけど。


 試験が終わったので、最近は気を抜いている。学校は休憩する場所だし。


「今日の授業はここまで、しっかり復習しておくように」


 チャイムが鳴り、放課後になる。


 カバンに荷物を入れながら、横をチラチラ見た。

 朝比奈さんと目が合う。


『また、後でお会いしましょうね』と、目で語りかけてきた。心は読めないが、彼女とは毎日すごしている。おそらく、間違ってないはず。

 朝比奈さんと無言で会話していたら、後ろから肩を叩かれた。


「よぉ、あんちゃん。彼女でもできたか?」


 学校で唯一の友だちの夏生である。


「彼女ができそうな顔に見えるか?」

「そりゃ、そうだな」

「そこは否定しろよ⁉」


 と僕が突っ込んでから、1拍おいたときだった。


「できそうな顔に見えますわ」


 お嬢様の声がかすかに聞こえた。


(幻聴だよな?)


 朝比奈さんと交流するようになって、3週間。学校では、ほとんど話していない。


「聖麗奈さま、なんですって?」

「いずみん、一昔前のラノベ主人公なん?」


 朝比奈さんは例の2人に話しかけられていた。会話の流れから察して、朝比奈さんが聞こえないぐらいの声でなにか言ったらしい。


「なんでもありませんの」

「聖麗奈さまがおっしゃるのでしたら、なんでもありませんね。というか、なにもないのでしたら、あてぃくしに聖麗奈さまご使用済み消しカスを恵んでくだしゃい。おなしゃす」


 ヘンタイさんは土下座していた。


「いずみん、きしょい」

「申し訳ありません。わたくし、この後、予定がありますので、失礼しますわ」

「聖麗奈さま、今日もお稽古ごとなのですね?」

「お嬢様も大変だにゃ。疲れたら、カラオケでも行こうぜ」

「ありがとうございますわ。その節がありましたら、よろしくお願いしますの」


 朝比奈さんは立ち上がると。


「それでは、みなさま、ごきげんよう」


 笑顔を振りまいて、教室を出て行く。


「じゃあ、僕は妹と帰るから」

「心春、芽留ちゃんによろしくな。今度、デートさせてくれよ」

「夏生、おまえに妹をやらん」


 親友をけん制してから、僕は正門に向かった。


   ○


 妹と合流し、朝比奈家へ。

 ウォーミングアップがてら、朝比奈さんの四股をチェックする。


「朝比奈さん、だいぶ体ができてきたね」


 すると、妹が僕にだけ聞こえるような声でささやく。


「朝比奈先輩のおっぱい、さらに大きくなったの~?」

「そういう意味じゃないから」


 見ないように注意しているのに、余計なことを言わないでほしい。


「特訓の成果を確かめたいから、僕が実験台になる」

「茜さんをですか?」

「ああ。僕の介助ができれば、おばあさんは余裕でできるだろう」

「おっしゃるとおりですね」

「そのまえに、軽く復習しておこう」


 僕は身体運用において大事なポイントを伝える。


「まずは、足は肩幅より少し広げ、腰を落とす」

「はい!」

「そしたら、重心が安定する。ちょっと押されても転ばないはずだ」


 以前の朝比奈さんは、この時点でできていなかった。


「あとは、てこの原理を使って、少ない力で動かすんだ。具体的には、体をなるべく近づけるように」

「はい!」

「ちょっ、お兄ちゃん~」


 実直に返事をする朝比奈さんと、ニヤニヤする妹。

 妹は放っておく。というか、おばあさんの相手に集中してほしい。


「ここからが注意なんだけど」

「なんでしょうか?」

「体幹がしっかりしてきた結果、勢いがつきすぎるかも。ゆっくり丁寧に動かないと、おばあさんを傷つけるから気をつけて」

「かしこまりましたわ」


 以上にて、講義は終わり。


「前に芽留相手に失敗した起き上がりをやってもらおうか」


 僕はソファに寝っ転がる。


 朝比奈さん家のソファはベッドと同じぐらいの高さがある。低いと膝立ちしないといけないから、下半身の動きが封じられて地味にきつい。これぐらいがちょうどいい。


「では、参りますわ」


 朝比奈さんは左手を僕の首とソファの間に差し込んでくる。彼女は腰をしっかりと落としている。


「ちょっと、ごめん」


 僕は彼女の方にある手で、彼女の横っ腹を押してみた。


「うはっ!」


 お嬢さまも驚いたようだ。


「いきなりで悪い。けど、体は安定しているな」

「いえ、問題ありませんわ」


 今思えば、セクハラだった。許してくれて助かった。

 朝比奈さんはそのまま僕の顔に、自分の顔を近づけてくる。彼女の吐息が僕の鼻をかすめた。


 さっそく、密着するようにとはアドバイスを守ってくれていた。


 朝比奈さんは右手で僕の腹を押さえ、首に回した左手を斜め上へ。

 上体ごと僕の足方向へスライドさせていて、力も効率よく使えている。勢いも問題なし。


 そこまでは良かったのだが。


(当たってる⁉)


 僕が起き上がるにつれ、腕が彼女の双丘に近づいていき。

 今は谷間にすっぽり埋まっている。


(なに、これ、柔らかすぎ)


 妹で慣れてるはずなのに。


「茜さん、どうですか?」

「ああ。最高だよ」


 反射的に感想を述べたら。


「そりゃあ、最高だよね~」


 妹の声が風に乗って運ばれてきた。


「本当ですか?」

「え、ええ。ああ、最高だった」


 言えない。胸の感触最高だったなんて。


「これなら、おばあさんでも大丈夫だろう」


 ウソではない。


「や、やりましたわ」


 感極まったのか、朝比奈さんは飛び跳ねる。

 夏の薄いキャミソール。たゆんたゆんと揺れている。

 さっき触ってしまったこともあり、落ち着かない。


「これで、わたくしは……あっ!」


 お嬢さま、喜んでいたと思ったら、今度は眉をひそめる。


「わたくし、初歩とはいえ、茜さんに褒めていただきました。ということは――」


 彼女の言いたいことがわかった。


 朝比奈さんと僕の関係は、彼女がおばあさんの介護ができるように教えること。体を拭くような作業は問題なくできていて、僕が必要とされるのは肉体労働的な場面。

 朝比奈さんなら、近いうちに僕の力は不要になる。


 すなわち、僕と朝比奈さんの同盟も終わりだ。


(あれ? 僕?)


 なぜか、鳥肌が立った。

 よくわからない。


 先月まで、僕は妹のことにしか興味がなかった。

 学校では夏生を除いて話さないし、授業中は寝てばかり。


 以前の僕だったら、朝比奈さんに時間を使いたくないと思っていただろう。放っておけないから手伝ってはいたけれど。

 なのに、朝比奈さんが隣の席の子になるのが、寂しくてたまらない。


「お兄ちゃん、いつも言ってるけど、心にウソを吐かなくていいんだよ~」

「芽留、なにを言ってるんだ?」

「そういうところなんだけど~」


 妹は盛大にため息をこぼすや。


「ここは頼れる妹の出番でちゅね~」


 僕と朝比奈さんを交互に見て。


「お兄ちゃんたち、いつまで名字呼びしてるの~?」


 妹はなにかを企んでいるらしい。

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