第13話 お兄ちゃん離れする? しない?

 朝比奈さんの家で夕飯をごちそうになり、帰宅する。


 いつものように芽留を風呂に入れていた。

 ふたりで湯船につかっている。湿り気を帯びた妹の金髪が艶めかしい。


(入浴中の朝比奈さん、どんな感じなんだろう?)


 後ろ髪は長いし、銀髪をタオルで巻くかも。そしたら、うなじも拝める。

 胸は間違いなくお湯に浮く。ちょっと動いたら、お湯と一緒に胸も揺れるのは間違いなし。


「お兄ちゃん、朝比奈先輩の入浴シーンを妄想してたでしょ~?」

「心を読んだの⁉」

「やっぱ、当たりだったし~」


 妹にクスクス笑われた。


「今はメルと一緒にお風呂入ってるの~。メルの裸だけを見てよ~」


 そう言って、妹は胸を下から持ち上げる。湯船から桜色の突端が、「こんにちは」した。


「芽留、僕たちは兄妹なんだ。芽留の裸なんか見すぎてるし、変な気分にはならん」

「じゃあ、朝比奈先輩にはムラムラするんだ~」

「うっ」


 そりゃ、かわいいし、性格もいいし、おっぱいも大きい。

 セクハラになるから我慢するけど、男子高校生としては彼女に性的魅力を感じる。


「お兄ちゃん、エッチなことしたいなら、我慢しなくていいんだよ~」

「そりゃ、ダメだろ。相手の合意がなかったら、犯罪だし」

「たしかに、朝比奈先輩、お兄ちゃんを好きだけど、エッチしたくない可能性もあるしね~」


 妹は僕の胸に手を伸ばし、のの字を書く。くすぐったい。


「かりに、朝比奈先輩と肉体関係があったとしても、エッチする気分じゃない時に無理やりするのも犯罪だからね~」

「芽留、その補足を僕にする意味あんの?」


 僕と朝比奈さんがやってない以上、前提条件が成り立ってない。不要な質問だ。


「ごめんね~童貞には関係ないよね~」


(別の意味に受け取られた⁉)


 まあ、恋愛に時間を取られて、妹の世話がおろそかになったら本末転倒だし、童貞でも悲しくない。悲しくないですよね?


「本題に戻るけど、朝比奈先輩ならお兄ちゃんが頼めば、拒否しないよ~」

「本当かなぁ」


 適当に返事をすると。


「たぶん~」


 と不安になる答えが返ってきた。


「僕が芽留の発言を真に受けて先走ったら、社会的に終わるんだぞ~」


 怒ってるわけではないけれど、いちおう言っておこう。


「僕が臭い飯屋で寝泊まりするようになったら、芽留はどうするんだ?」

「まあ、なんとか生きていくっしょ~」


 妹はあっけらかんと答える。


 ここで、「僕に風呂を入れさせてもらってるのに大丈夫か?」と聞くほど野暮ではない。


 芽留はたしかに肉体的な障害を負っている。けれど、自立できないと決めつけて、本人の意思を捻じ曲げるのもちがう。


 妹がしたいことをさせてあげて、できないところを僕たちが手助けする。それが理想だ。


 あくまでも理想なんだけどね。

 かわいい妹におねだりされると、つい甘くしちゃても仕方がない。


「朝比奈先輩、お兄ちゃんにデレてるじゃん。メルのことは気にしないでいいよ~」

「昼間も言ったけど、今は恋愛にうつつを抜かしている暇はないんだ」

「じゃあ、いつなら、恋をする気になるの~?」

「……」

「メルは一生、車椅子のままかもしれないんだよ~。面倒を見てくれるのはうれしいけど、そしたら、お兄ちゃん、一生、結婚できないのわかってる~?」


 痛いところを突かれた。


 妹は下半身が動かない。現代の医学では治らないと言われていて。

 でも、将来的に医学が進歩すれば、歩けるようになる可能性はゼロではなく。


 かりに、夢みたいな未来が実現しても。

 5年先になるか? 10年先になるか? それとも50年か?


 誰もわからなくて。

 先がまったく見えない。


 そういう意味では、おばあさんを介護している朝比奈さんと僕は大きく異なる。


 朝比奈さんにしても、認知症の特効薬が開発されない限りは、おばあさんの命が尽きるまで誰かが世話をしないといけない。


 朝比奈さんはおばあさんが大好きだし、僕も長生きしてほしいと思っている。

 ただ、それは朝比奈さんの負担も意味していて。


 大切な学生時代を介護しながらすごすわけで。

 自分の将来のために投資する時間も減ってしまう。

 朝比奈さん自身の未来にも影響する問題だ。


 どうにもならないジレンマを、僕たちは抱えている。


(家族が好きな分、つらいんだよなぁ)


「お兄ちゃん、現実が見えたかな~」

「ああ。芽留が大切なことを教えてくれた」

「だったら、少しは自分を優先してよ~」

「善処する」

「その言い方、かえって信用できないんですけど~⁉」


 妹は苦笑した後。


「って、メルが甘えてばかりなのが悪いんだよね~」


 ペコリと舌を出す。


「メルも、お兄ちゃん離れしないといけないのかな~」

「無理はする必要ないけど、高校を卒業したら、僕がずっといてやることはできないしな」


 妹の世話をするためにニートになる余裕は我が家にはない。大学に行って将来のために勉強するか、就職するか。どちらかになるだろう。


「お兄ちゃんには朝比奈先輩とくっついてほしいけど~お兄ちゃん離れもしたくないし~どうしよう?」


 うちの妹はわかりやすくて助かる。


「まあ、将来のことは考えなきゃだけど、結論は出せないよなぁ」

「激しく同意したよ~。お兄ちゃん、今日もお風呂で愛し合おうね~」

「僕たちは兄妹なんだぞ」

「けど、愛さえあれば……って、のぼせてきたよ~」


 僕もさっきから我慢してた。

 妹を抱きかかえて風呂を出る。火照った体が冷めるまで、妹を甘やかした。

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