第11話 お嬢様の手料理
「どうぞ、召し上がってくださいまし」
テーブルの上に乗せられた料理を見て。
「おぉ、すごいなぁ」
感嘆の声が漏れる。
マグロの竜田揚げに、牛すじ煮、味噌けんちん汁、それに、漬物。
「この漬物、スーパーで売ってるのとちがくない〜?」
僕が言いたかったことに芽留も気づいたらしい。
味にコクがある。あと、少し匂いが強い。
「あら、わたくしが漬けましたのよ」
「お兄ちゃん、漬物って自分で作れる物なんだぁ〜」
「そりゃ、できるぞ。僕は面倒くさいからやらないけど」
朝比奈さん、勉強にも真面目に取り組んだうえで家のこともきちんとしている。家の中も清潔だし。
「漬物はおばあさまに教わりましたの。まだまだ、おばあさまの域には達していませんが」
「でも、古き良き昭和の味って感じで、美味いぞ」
「ありがとうございますわ。おばあさまには、昔から慣れ親しんだ味に触れてほしくて、がんばって作りましたの」
「本当に、おばあさん想いなんだね」
続けて、牛すじを食べる。柔らかい牛肉に、ほどよく味が染み込んでいて、手間をかけて作ったのがよくわかる。
日頃のお嬢様ムーブと、手作り和食のギャップも朝比奈さんらしいというか。
「僕も朝比奈さんを見習わなきゃな」
「おいしいもんね。サクサクのマグロとか最高だもん〜」
「勉強でお疲れだと思って、マグロにしましたの」
「DHAだっけ、頭が良くなるのって?」
「じゃあ、お兄ちゃん、たくさん食べなきゃだね〜」
最近、妹が僕を馬鹿にしているのは気のせい?
「
おばあさんが自分の分のマグロを僕の皿に置いた。なお、おばあさんは専用の取り箸を使ってくれたので、間接キスにはならない。衛生的にも助かる。
(ところで、いつ僕は武士になったんですかね?)
中2の頃だったら、左衛門尉の役目を喜んで拝命しただろう。源義経とかいう、最強クラスの武士がやってたし。
「あら、わたくしのマグロもひとつ差し上げますわ」
「えっ、いいの?」
「今日は作りすぎてしまいましたの。残すのももったいないですし、茜さんに食べてほしいですの」
「では、いただきます」
朝比奈さんが皿に乗っけるのを待つが、動く気配がない。
朝比奈さんを見ると、薄い黄色の瞳をキラキラさせて。
「茜さん、お口を開いてくださいませ」
「えっ?」
とんでもない発言を受け、間の抜けた声が漏れてしまった。
「妻が旦那様に喜んでもらうには、『あーん』をするのがよろしいとうかがっておりますわ」
さらに、予想外の出来事が起きた。
大変です。学校一のお嬢様に『あーん』してもらえそうです。
さすがに、妹の手前もあり、応じるわけにいかない。
「それ、なんの情報かな?」
「
「日向さんって、元気が良い方の子だよね」
朝比奈さんが首を縦に振る。
学校で、朝比奈さんはいろんな人から話しかけられている。特に、積極的に声をかけている女子がふたりいる。変態な子と、元気が良い子だ。
「日向さんの話を信じていいのかなぁ」
「お兄ちゃん、なに言ってるの〜。『あーん』はおいしく食べてもらうためのおまじないなんだよ〜」
妹が退路を塞ごうとしてくる。
「メルさんがおっしゃるのでしたら、間違いないですわよね」
「いや、芽留は面白――」
「メル、お兄ちゃんには幸せになってほしいんだよ〜」
(かわいい妹に頼まれたら、断れないじゃん)
勇気を出して、口を開ける。
「はい、あなた。あーんですわ」
朝比奈さんは自分が使っていた箸で、マグロを一口サイズに切り、僕の口に差し出す。
ホクホクのマグロに混じって、女の子らしい味がした。女の子らしい味とは、甘くて、酸っぱくて、少しだけほろ苦い、複雑な味である。
(あっ、間接キスじゃん⁉︎)
気づいたものの、もう遅い。
「茜さん、どうでしたか?」
「うん、おいしいよ」
「よかったですわ。わたくしが妻と認めてもらえて」
「えっ?」
『あーん』に気を取られて、大事なことを聞き逃していた。
たしか、朝比奈さんは妻が旦那様に喜んでもらううんぬん言っていた気がする。
朝比奈さんが冗談を言う子とは思えないし。
日向さんあたりの誤情報があったとしても、妻とか旦那とかはさすがに勘違いするはずもなく。
(僕、いつ、フラグを立てたのかな?)
学校一のお嬢様が困ってたら、少し助けたら、デレられたんだけど。
「お兄ちゃん、メルうれしいよ〜」
「なにが?」
「だって、銀髪美少女で、お嬢様ムーブで、優しくて、おっぱいも大きい人が、お姉ちゃんになったんだよ〜。文句なんかあるはずないでしょ〜」
「僕たちは15歳。まだ結婚はしてないぞ」
「まだということは、将来的には夫になってくださるのでしょうか?」
『そういう意味じゃなく』とは言えなかった。
朝比奈さん、真面目な子だから、下手な発言で、傷つけたくない。
ここ数日、一緒にすごして、朝比奈さんが良い子なのはわかっている。
嫌いか、好きかでいうなら、確実に好き。
でも、だからといって、今の僕が朝比奈さんと恋人になれるかというと、微妙で。
軽い気持ちで受け入れるのも、不誠実に思われた。
「ごめん、僕、恋愛とか考えてる余裕はないんだ」
「……そうですわよね。失礼を申し上げたこと、お詫びいたしますわ。忘れてくださいまし」
「朝比奈さんの力になりたいと思ってるのは本当だから」
「ありがとうございますわ」
朝比奈さんは苦笑いをすると。
「茜さんが普通に接してくださって、うれしかったのですわ」
「普通に?」
「だって、学校の方々はわたくしをお嬢様扱いするのですもの。本当のわたくしは、お金持ちではなく、自家製の漬物を作っておりますのに」
朝比奈さんは唇を尖らせる。
「すべてはわたくしの振る舞いに原因がありますので、みなさんに怒っているわけではありませんのよ」
「朝比奈さん、冷静に自分の行動を反省できて、大人だよなぁ」
「いいえ、わたくしは未熟者ですわ」
勉強も料理も完璧なのに、謙虚な子で尊敬できた。
「茜さんには本音で話ができて、とても感謝しておりますの。これからもお願いしますわ」
「こちらこそ、世話になるよ」
気づけば、変な空気になっていなくて、助かった。
もっとも。
「お兄ちゃん、芽留のために我慢しなくていいって、いつも言ってるじゃん〜」
妹はふてくされていたけれど。
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