第9話 僕の日常

 朝比奈さんの特訓を終えた帰宅する。家に着いた頃には、すっかり暗くなっていた。


 我が家は築10年強のマンション。バリアフリー対応もされていて、段差がないのが助かる。


 リビングに行き、冷蔵庫を開けた。

 今の時間から凝ったものを作りたくないし、かといって妹のためにも栄養はきちんと摂りたい。


「芽留、夕飯は生姜焼きでいいか?」

「うん、お兄ちゃんの生姜焼きおいしいし~」

「お兄ちゃんクッキングを始めるぞ」


 とりあえず、肉に片栗粉を振った。

 僕がキャベツを切っている間に、冷凍しておいたご飯を芽留が解凍する。


 通常のキッチンでは車椅子の人には高すぎる。包丁や火を使うものは僕が、レンジで温めるような作業は芽留が担当していた。


 といっても、別に料理に手間暇をかける余裕もない。簡単にできるものか、週末にまとめて用意しておくのが僕たちのスタイルだ。

 生姜焼きができあがる。


「お兄ちゃん、動いた後の生姜焼きって最高だね~」

「久しぶりに運動したからな」


 楽しく食事を済ませた1時間後。


「お兄ちゃん、脱ぎ終わったから、抱っこして」


 僕は全裸の妹を抱きかかえた。

 変な意味ではなくて、入浴のため。


 世の中には、車椅子のまま入浴できる設備もある。

 箱型でボタンを押すだけで、シャワーとボディシャンプーで洗ってくれるらしい。まるで、ガソリンスタンドにある洗車機だ。

 が、かなりお高いようで、我が家にはない。


 濡れても問題ない入浴用車椅子シャワーキャリーなら、そこまで高くないのだが。


「だって、メル、お兄ちゃんとお風呂入りたいんだもん~」


 芽留が僕と一緒にいたがるので、僕が入れている。


「わかったから」


 全裸の僕は、同じく全裸の妹を抱っこする。

 胸に妹の胸が当たり。


「お兄ちゃん、朝比奈先輩のおっぱいと比べてるでしょ~」

「ソンナコトアリマセンヨ」

「比べてるんだぁ~」


 浴室の椅子に妹を座らせる。


「メルの見た感じ、朝比奈先輩、Fはある。もしかしたら、Gの可能性も~」

「ぶはぁっ!」


 噴いてしまった。


(そりゃ、大きいわけだよ!)


 余計なことを考えて、体が反応したらまずい。


「つまんないことを言ってないで、体を洗うぞ」


 僕は手のひらにボディシャンプーをつけて、妹の背中を洗っていく。

 ひととおり、作業を終えたあと。


「お兄ちゃん、前も~」

「いや、前は自分でやってるだろ」

「今日はどうしてもお兄ちゃんにしてほしいの~」

「けど、さすがに芽留の頼みでも無理だぞ」

「あれれ、メルを意識しちゃったの~」


 反応に困る。

 妹だから異性として見ていない。体を洗うのも世話のうちだから。

 かといって、中3の妹の胸までするのは、抵抗がある。


「お兄ちゃん、朝比奈先輩とメル、どっちの方が柔らかい~?」

「ノーコメントでお願いします」

「お兄ちゃん、優柔不断だな~」

「おっぱいは、みんなちがって、みんないい」

「あははは」


 妹に笑われた。


「真理に到達したから、許してしんぜよう~」


 妹は前を自分で洗い始める。


「メルも成長中なんだよ~。今はDだけど、1年後にはFになりたいな~」


 芽留が自称Dカップの胸を洗っている間、僕は彼女の髪に触れていた。

 鮮やかな金髪にシャンプーをまぶす。


 中腰になっていることもあり、斜め上から妹を見下ろす形に。胸の先端が泡で隠れていて、助かった。


 芽留を洗い終えると、僕が抱っこして、浴槽へ移動させる。

 そしたら、自分の体だ。ボディタオルでゴシゴシこすっていたら。


「お兄ちゃん、朝比奈先輩について、どう思う~?」

「真面目で、良い子だよな」

「それだけ~?」

「どういう意味?」

「好きなのかなって~」

「ぶはぁっ!」


 予想外だった。


「僕が恋愛なんかすると思うか?」

「お兄ちゃん、あらためて言うよ~」


 僕は体の泡をシャワーで落とすと、湯船につかる。

 狭い浴槽で妹と向かい合う。互いの膝と膝が当たる。


「メルの世話をしてくれるのはうれしいけど~お兄ちゃんの人生なんだよ~。あんまり我慢しないでね~」

「わかってる。でも、今は芽留を優先したいんだ」

「なら、なんで、朝比奈先輩の依頼を引き受けたの~?」

「あれだけ一生懸命な子を放っておけないだろ」

「苦労すると思うよ~」


 朝比奈さん、運動能力はかなり低い。僕流の訓練を始めたけれど、いつ効果が出るか?


「わかってる。けどさ」

「ん~?」

「一度引き受けたし、最後まで面倒見たいんだ」

「今はそういうことにしておいてあげますか~」


 妹がニヤける。


「そろそろ、出るぞ」


 入浴後。僕は妹の髪を乾かす。

 その間に、妹は教科書を読んでいた。


「お兄ちゃん、中間テスト来週なんだよね~?」

「来週だな」

「他人事だし~⁉」

「勉強は嫌いじゃないけど、時間が取られるからなぁ」

「メルたちは学生なんだよ~」


 わかっている。勉強が僕たちの仕事だと。

 けれど、僕には妹の世話がある。

 僕にとっては学校の勉強よりも大切で、おろそかにしたくない。


 芽留に言ったら、また怒られそうだから。


「善処します」


 逃げるにかぎる。


「あっ、今いいこと思いついた~」


 妹がパンと手を叩く。


「朝比奈先輩と一緒に勉強すれば~お兄ちゃんも勉強するでしょ~」

「悪くない考えだな」


 朝比奈さん、しっかりしてるし教えてもらえるかも。

 しばらくして、妹はあくびを連発する。


「そろそろ、寝るか?」

「ん、お兄ちゃんのベッドで寝ていい~?」

「今日もか?」

「だって、夜中トイレに行きたくなったら、どうするの~?」

「わかったよ。どうせ、今日も母さんは帰ってこないだろうし」


 母はひとりで家計を支えるため休みなく働いている。家に帰ってくるのは、週に1回ぐらいだ。


 僕は妹をベッドに寝かしつける。

 寝ついたのを確かめてから、机に向かった。


(少しは勉強しないとな)


 気づいたら、夜中の2時になっていて。

 フラフラした状態で、ベッドに潜り込んだ。

 横に寝る妹の感触が、疲れた体を癒やしてくれた。

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