第7話 作戦会議

「まずは、ゴールを設定したい」


 今後の作戦会議が始まった。

 僕が切り出すと。


「お兄ちゃん、意識高い系なん~?」


 妹が煽ってくる。


「僕と朝比奈さんがアライアンスを組むにあたって、クリティカルイシューは朝比奈さんのグランドデザインを聞いて、僕のミッションについてアグリーを取ること。ターゲットが曖昧だと、何を持ってサクセスとするかわからないからね。だから、最初のアジェンダはゴールの確認をしたいんだ」


 僕は熱弁を振るった。


「学校で居眠りしている兄が意識高い系になったら、超似合わなかったよ~」


 妹が腹を抱えて笑う一方。


「茜さん、かっこいいですわ」


 朝比奈さんは目をキラキラさせていた。


(恥ずかしいのもあるけど、謎日本語の意味がわかったんだ?)


「茜さんがおっしゃりたいのは、目標地点を決めておかないと、うまく行ったかわかりませんし、ご自分の役割を把握するためにも必要ということでしょうか?」


 朝比奈さんは経済的には一般家庭とはいえ、お嬢様仕草を学んできている。一般人には理解不能な会話にもついていけるのかな?


「正解です」

「朝比奈先輩、なんで、わかるの~⁉」


 朝比奈さんは涼しい顔で紅茶を飲んでいた。


「というわけで、朝比奈さんはなにができればいいのかな?」


 朝比奈さんは顎に手を当てると。


「うーん、そうですわね。理想を言えば、茜さんが妹さんのお世話をされているのと同じようにできればいいのですが……」


 おばあさんを一瞥する。


「当然、わたくしたちが置かれた状況は異なります。茜さんはたくましい殿方ですし、芽留さんは若くてコミュニケーション能力もありますから」


 僕は中2病をこじらせた挙げ句、体を鍛えていた。芽留を持ち上げるぐらい朝飯前。それに、芽留は足が動かないだけで、それ以外は健常者と変わらない。


「一方、わたくしは運動は不得手ですわ。おばあさまのお体も老いていきますし、脳の病気を患っております。意思疎通が難しい問題があります」

「つまり、僕と妹みたいになろうとしても、無理だと?」

「ええ」


 理解が良くて助かった。


 朝比奈さんが言うように、誰かの面倒を見るといっても、人によって状況は異なる。僕が芽留にしていることをおばあさんにやっても、通用しない。


「それに、先日も茜さんはおっしゃっていました。認知症は専門外ですと。ですから、おばあさま特有の問題については、わたくしでなんとかしますわ」


 約束を守れる子なのはいいけれど。


「無責任な対応はしたくないけど、朝比奈さんを突き放すつもりもないからな」

「茜さん?」

「だから、困ったことがあったら、相談してほしい。教えられなくても、話ぐらいは聞けるから」


 朝比奈さんは頬を朱に染める。


「茜さん、本当にすばらしいお方ですわね」

「お兄ちゃん、美少女が相手だと優しいのね~」


 妹に肘でつつかれた。


「まあ、メル以外の女子に興味をもってくれたら、メルもうれしいんだけどね~」


 居心地が悪いし、話を戻そう。


「というわけで、朝比奈さんは介護の基本的な動きを身に着けて、僕が教える。ゴールはそれでいいかな?」

「ええ。お願いしますわ」

「一番大事な話が終わったし、次なんだけど……」


 僕は紅茶で喉を潤してから、進行していく。


「朝比奈さんの体をもう一回、見たいんだ」

「……先ほどのように、わたくしが下着姿になればよろしいのですか?」

「ちょっ、お兄ちゃん⁉」


 妹に背中を叩かれた。


(朝比奈さんも少しは怒っていいんだからね)


 寛大すぎて、悪い男に騙されないか不安になる。


「ごめん、言葉が足らなかった。朝比奈さんの体の動きを見たいんだ」


 先日、おばあさんに引っ張られただけで転んでしまった。

 たまたまなのか確かめたい。


「僕が芽留をそこのソファに寝かせる。朝比奈さんは芽留の体を起こして、座らせてほしい」

「わかりましたわ」

「メルもいいよ~」


 僕は芽留を抱きかかえて、持ち上げる。

 胸が当たっているが、気にしない。毎日してるし、意識したら変態だ。

 妹をソファに寝かせる。


「朝比奈さん、僕が指示を出すから、そのとおりにして

「わかりましたわ」

「あと、怪我しないよう見てるから安心して」

「芽留さん、お手柔らかにお願いしますわ」

「まずは、左手を首の下に差し込んで」


 朝比奈さんは言われたとおりにする。

 さすがに、問題なくできている。


「次は、左腕を斜め上に動かして、芽留の上半身を起こして」

「はい、お師匠様!」


 威勢はよかったが、動き出す前に不安になった。

 足幅が狭くて、腰が高いからだ。


(それだと、自分の重心が安定しないんだよねぇ)


 武術を習っていたとき、師範にさんざん怒られたところだ。

 日本武術の動きが介護にも通用するから奥が深い。


 口を出したくなるけれど、最初は自分で経験してほしかった。黙って見守る。

 朝比奈さんは芽留の首を持ち上げようとする。


 ところが――。


「あっ、朝比奈先輩っ!」

「ちょわぁっ!」


 お嬢様の叫びがイメージとは真逆で、反応が遅れてしまった。

 僕は慌てて手を伸ばすも。


 朝比奈さんは芽留に覆い被さるように倒れる。ふたりの顔は近いけれど、キスは避けられたようだ。


「ふたりとも大丈夫?」

「メルは大丈夫。ソファも柔らかいし、朝比奈先輩は軽いし」

「わたくしも大丈夫ですわ」

「ふぅー、なら良かった」


 ため息を吐いた僕は、重大なことに気づいた。

 ふたりともスカートで、しかも、めくれ上がっている。


 朝比奈さんはさっきも拝んだ白。むっちりな太ももはなだらかなラインを描いている。


 芽留はピンク。昨夜、僕が渡した物だ。普通に見慣れているので、刺激はない。


 妹はともかく、朝比奈さんは指摘した方がいいんだろうか?


「茜さん、起き上がってよろしいですか?」

「えっ、あっ、ああ、うん」


 幸いにも結論を出す前に、朝比奈さんは立ち上がる。

 僕は芽留を抱き上げて、車椅子に座らせた。


「芽留さん、すいませんでした」

「朝比奈先輩、おっぱい柔らかかったし、役得だよ~」


 聞かなかったフリをしよう。


「朝比奈さん、テストの結果を告げるね」

「わたくし、失格ですか?」

「基礎的な身体運用から特訓した方がいいかも」

「失格なのですわね?」

「……最初だし、仕方がないよ」

「わたくし、おばあさまのために少しでもがんばりたいですの」


 良い子すぎて、応援したくなる。


「明日から家のことをしながら、僕の考えた最強の特訓をしてもらうから」

「お兄ちゃん、師匠仕込みのハードな特訓はダメだよ~」

「大丈夫。死なないように手加減するから」

「ご指導ご鞭撻のほどお願いいたしますわ」


 心の中で、「真面目か!」と言っておいた。

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