第6話 お嬢様の自宅

 放課後になる。


 僕には妹と待ち合わせるという重大任務がある。

 素早く荷物をまとめて、立ち上がった。


 そのとき、隣の席の人が消しゴムを落とす。

 僕は反射的にかがみ込んでしまった。

 拾おうと手を伸ばす。


 すると、彼女の手が近づいてきて。


「ありがとうございますですの」


 お礼を言う朝比奈さんは手に紙切れを挟んでいて、僕に差し出してきた。


 どうやら、僕に伝言があるらしい。

 消しゴムを彼女に渡したあと、紙切れを読む。


 住所が書かれていた。それだけでピンと来た。

 昼休み、朝比奈さんが話しかけてきた理由は、おそらく住所を伝えるためだろう。


「聖麗奈さま、正門までご一緒させていただいてよろしいですか?」

「もちろんですわ」

「せれっち、さすが我らのお嬢。気前がいいな。デカ乳も揉ませてくれ」

陽菜ひなも変態じゃん」


 取り巻きの変態発言を無視して、朝比奈さんは教室のドアに行く。

 手前で振り返って、丁重にお辞儀をする。


「それでは、みなさま、本日もお世話になりました。明日もよろしくお願いしますわ」


 お嬢様の礼儀正しい挨拶に、残っていた人々は。


「さすが、お嬢様」「バズり目的の偽物とはちがいすぎる」「気品があって、お金持ちで、巨乳の美少女。完璧すぎて、コクれない」


 褒めているって理解でいいのかな?


 お嬢様を見送っている場合ではなかった。

 僕も妹の元に向かわないと。


 正門前で妹を待つこと数分。


「お兄ちゃん、お待たせ~」


 車椅子に乗った天使がやってきた。


「芽留、学校どうだった?」

「うーん、中間テストも近づいてるし、勉強がんばったよ~」

「そ、そうですね」

「お兄ちゃん、都合の悪いことから目をそらそうとしてる~」


 バレてしまった。


「ところで、今日の待ち合わせはどこなの~?」

「それなら、連絡があった」


 僕は妹の車椅子を押して、指示された住所に向かう。


 先日も、公園からの帰りがけに送っていったので、場所はわかっている。朝比奈さんは念のために渡してくれたのだろう。


 20分ほどして、朝比奈家に到着した。


 古くからの住宅街にある、ごく普通の一戸建て。

 そこが、お嬢様のだ。邸宅とはいったい……?

 なお、表札は『朝比奈』ではなく、『神崎』になっている。母方のおばあさんの家だからだろう。


 玄関の前でチャイムを押す。


「お兄ちゃん、同級生の女子の家だよ~。緊張してるんじゃないの~?」

「まあ、このまえは家の前までだったしな。芽留がいなかったら、逃げ出してたかも」

「もう、お兄ちゃんはメルがいないとダメなんだからぁ~」


 妹の微笑みが天使すぎる。

 ドアが開く。

 朝比奈さんが来たのかと思いきや。


「あら、三郎さんと妹さんね」


 おばあさんだった。


「さっ、ふたりとも入って」

「芽留、大丈夫なのかな?」

「おばあちゃん、こんにちは~。お邪魔しますね~」


 陽キャの妹は気にせず、中に入ろうとする。

 そもそも、朝比奈さんと約束してるし、大丈夫なはず。


 今日、朝比奈家を訪れたのは理由がある。

 金曜日の夕方に朝比奈さんの依頼を引き受けたが、土日は何もしていなかった。

 月曜日の放課後から開始することになったのだ。


「さあ、どうぞ」


 おばあさんはボケている印象が強いけれど、非常に物腰が柔らかい。丁寧で温和な雰囲気もあって、朝比奈さんと血がつながったおばあさんという気がする。


 築30年はすぎているであろう一戸建て。年季は入っていても、掃除が行き届いていて、古くささは感じられない。特別に豪華ではないけれど、みすぼらしくもない。


 おばあさんは、とある部屋の前で足を止める。


「五郎右衛門さん」


 さっきまで、僕は三郎さんではなかった?


「わたしゃ、お茶の支度をしてくるから、この部屋で待って」

「は、はい。では」


 おばあさんが去ると、僕は遠慮なく部屋のノブに手をかける。

 ドアを押して――。


「えっ?」


 目を見張った。


 というのも。

 銀髪の美少女が白い素肌を晒していたから。


「あっ、茜さん、いらっしゃったんですね」

「……朝比奈さん、なにをしてるの?」

「さっきまでヘルパーさんが来ていたのですが、お帰りになったので、着替えております」


 僕にブラジャーとパンツを見られても、淡々と答えていた。


(取り乱さないのがお嬢様仕草なんです?)


 それか、僕は人間扱いされてないとか。ペットに見られても気にしない的な。


 ところで、白でした。

 胸は予想以上に大きかったです。手のひらに収まりきらないかも。


「お兄ちゃん、なにやってるの~」


 芽留が後ろから部屋を覗き込んだ。


「きゃぁぁぁぁっっ!」


 なぜか妹が叫んだ。


「お兄ちゃんの変態‼」


 僕は背中を叩かれた。

 数分後。リビングにて。


「もう、お兄ちゃん、なにやってるのかな~」

「面目ないです」

「メルの着替えを見すぎていて、感覚が麻痺してるの~?」

「うっ」


 僕は妹に追及されていた。


「茜さん、妹さんとはずいぶん仲がよろしいのですね?」

「朝比奈さん、誤解しないで」


 朝比奈さんは被害者なのにまったく気にしていない。


「僕は芽留の着替えを手伝っているだけで、深い意味はないから」

「茜さん、お着替えの介助もできるのですね」


 朝比奈さんは引くどころか、「すごい」とでも言いたげな目をしていた。


「わたくし、おばあさまのお着替えがなかなか上手くできませんの」


 話の流れで、本題に入ろう。


「朝比奈さんがおばあさんの介護を始めたのは、いつだっけ?」

「5月の連休明けにおばあさまが退院してからなので、2週間ですわ」

「2週間かぁ。なら、まだ不慣れな時期だよね?」

「ええ。毎日が試行錯誤の連続ですの」

「お疲れさま」


 まずは、お嬢様の苦労をねぎらう。


「経験者とはいえ、無責任に『わかるよ』とは言いたくないんだよね」


 下手な同情は気休めにもならない。


「けど、愚痴ぐらいは聞けるから。大変だと思ったら、僕か芽留に話してほしい」

「そうです~。話すだけで気が楽になりますから~」


 朝比奈さんの黄色い瞳に涙が浮かぶ。


「茜さん、本当に優しいお方なんですね」

「ううん、僕はぶっきらぼうだし」

「お兄ちゃん、メル以外のことには省エネだから~。いつも注意してるんですけど、学校で寝ちゃうんですよね~」

「……国語の時間は助かりました」

「うふふ。わたくしにできることありましたら、なんでもしますわ」


 お嬢様は微笑を浮かべると。


「わたくし、施されるだけの関係は嫌ですの。教えていただくなら、他のことで茜さんのお役に立ちたいと思っていますわ」

「朝比奈さんこそ立派な人だよね」

「いいえ。茜さんはとても素敵な殿方ですの。お慕い申し上げてますわ」


 超絶美少女にそこまで褒められて、ドキドキする。


「メルたち邪魔なのかな~」


 妹に半眼を向けられてしまった。


「今日の用事なんだけど、これからの計画を相談したいんだ」


 浮ついた気分を吹き飛ばした。

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