第2章 お嬢様の弱点
第5話 学校のふたり
お嬢様の秘密を知った3日後の月曜日。
昼休み直前の授業は国語だった。
大正時代に書かれた小説。名作扱いされているけれど、約100年前の作品だ。現代の高校生からすると、読みにくくてたまらない。
ストーリーに関係しない描写も長ったらしい。キャラの動きで見せてほしい。
「みんなも知ってのとおり、この作品の作者は我が校の卒業生だ」
先生が言う。定年近いおじいさんだ。眠りを誘う声で、だんだんつらくなってくる。
「我が校は100年以上の歴史ある伝統校。この作家にかぎらず、有名人を多数輩出しているが……」
(脱線してるし、寝ても問題ないよな)
半分寝つつも、教師の声は聞こえてくる。
「作家の死後、友人が彼の名前を冠した文学賞を開設した。以来、80年。今や、受賞者の発表は大きなニュースになっておる」
適当に聞き流し、脳を休ませていたら――。
「
「うへぁ~」
「茜くん、次の箇所を読みなさい」
どうやら、指されたらしい。
周りの生徒たちがクスクス笑っていた。寝てたのバレたっぽい。
(さて、困ったぞ)
そのとき、左肩になにかが当たった。柔らかい。
思わず、見る。
朝比奈さんと目が合った。教科書を僕の方に向け、ある箇所を指さしている。
(お嬢様、ありがてぇでございます)
僕は立ち上がると、朗読をする。無事に終わった。
「茜くん、中間テストも近いんだから、しっかりしなさい」
やんわりと注意されてしまった。
と、そこでチャイムが鳴る。
待望の昼休み。食後は昼寝できるから、助かる。
教室で弁当を食べる人がいたり、外に出たり。
朝比奈さんの席には、取り巻きの女子2名が来ていた。
「
「
「実質セッ○スですね」
先日も朝比奈さんと一緒にいた変態だ。
「和泉。あいわからずキモい。せれっちがウブなお嬢様で助かってるけど」
もうひとりの子が突っ込む。
朝比奈さんはニコニコしていた。
セクハラにまで微笑するのがお嬢様ムーブ? いや、ちがう。
さっさと弁当を食べようと、カバンから弁当を出す。
「おっ、今日も手作り弁当かい?」
「
僕に話しかけてきたのは、鈴木夏生。唯一の友だちだ。
彼は僕の意思も聞かずに、前の席を動かし、僕の席とくっつける。なお、前の席の男子は、教室にいない。なので、夏生はよく使っている。
「
「悪いか?」
「おまえ、家のことで忙しいじゃんか。少なくとも、教師でもない俺に責める権利はねえよ」
「だったら、僕に話しかけないでよ」
「昼寝の時間に充てたいってか?」
僕は玉子焼きを咀嚼しながら、首を縦に振る。
「心春、そんなんだから、友だちいなくなるんだぞ」
「べつに、僕には妹だけいればいいし」
「出たよ、シスコン野郎。はあ、俺、
「夏生には芽留はやらん」
夏生との付き合いは中1から。僕の家にも頻繁に遊びに来ていて、芽留とも面識がある。
「お兄さま、どうしてですか?」
「浮気しそうだからだよ」
「誤解です。俺は、同時に10人しか愛しません。というわけで、陽菜ちゃん、俺と付き合って」
「ザコ、目の前から消えろ」
朝比奈さんと一緒に食べていた女子が夏生を蹴る。変態な取り巻きに突っ込む方ね。
夏生は女好きがひどすぎる。女子には嫌われていて、浮気できるとは思えないが。
「そんなことより、師匠が夏生のことを言ってたぞ」
「師匠が?」
「ああ。『学校で居眠りをするのは、修行が足らんからだ。たまには体を動かしに来い。お姉さんが相手をしてやる。夜の方も手取り足取り指導してやるから、あっちも元気になるぞ』」
僕は師匠の顔を思い出した。
「師匠、美人で巨乳なのはいいけど、荒っぽいからなぁ」
「そりゃまあ、武士道をやってる人だし」
僕は以前、剣術を習っていた。師匠とは、そのときに教わっていた先生。まだ20代前半だというのに、江戸時代発祥の剣術の免許を持っている。
「中2の僕、いま考えると恥ずかしいな」
「小学生から剣道やってる俺とはちがって、おまえはアニメの影響だもんな」
「ああ。女子高生が日本刀で戦うアニメに影響されて、観光地まで木刀を買いに行くなんて、昔の僕は痛すぎる」
こうなったら、やけくそだ。
「心春たん、河原で木刀を振っていて、うちの師匠にスカウトされたんだっけか?」
「ああ。鬼が妹を狙ってたんだが、当時の僕は素人同然。妹が殺される前に弟子入りする必要があったんだよ」
胸が痛い。痛すぎる。
「おまえ、ホントに黒歴史持ってんな」
「いや、黒歴史でもない」
自信を持って言い切った。
武術で体を鍛えた経験が、役に立っているから。
ふと誰かの視線を感じた。
横を見る。朝比奈さんと目が合った。彼女だったらしい。
「聖麗奈さま、どうなされたんですか?」
「いえ、なんでもございませんわ」
「そうですか。ところで、聖麗奈さまは、お嬢様自ら庶民のお弁当をお召し遊ばされてるんですね」
変態さん、敬語がおかしくない?
というか、朝比奈さんの弁当が気になった。
玉子焼きに、焼き魚、ほうれん草のおひたし、ミニハンバーグ。たしかに、お嬢様っぽくない。
僕は事情を知っているからいいけれど、変態さんが疑問に思うのも無理はない。
「ええ、そ、それはですね」
朝比奈さんは困っているようだった。
「健康に気をつけてるのかもな。お金持ちの食事って、太るイメージあるし」
ヒトリゴトが僕の口から出ていた。
「さすが、聖麗奈様です。ますます、好きになりました。あてぃくしに子種を恵んでください」
「和泉、はあはあしすぎ」
和泉と呼ばれた変態さんは蹴られていた。
「つうか、心春が周りを気にするって、驚いたぞ」
「べ、べつに」
「俺の目は誤魔化せん。『僕に話しかけないでよ』を連発して、友だちいなくなった過程を知ってるんだが」
自分でもよくわからないが、朝比奈さんを助けたいと思ったんだ。
「じゃあ、飯も食い終わったし、俺はナンパの旅に出る」
「夏生、さっさと行け」
食事を済ませたので、昼寝をしよう。
机に突っ伏そうと思ったときだ。
「あの、茜さん」
女子の声で話しかけられた。
顔を上げると、朝比奈さんが立っていた。
お嬢様がボッチに話しかけたことで、当然、注目が集まる。
僕は慌てて、小声で言う。
「学校で話しかけるのは、まずいんじゃないの?」
朝比奈さんは小首をかしげる。
僕と朝比奈さんの関係に不審を持たれたら、誰かが探ってくる可能性もある。
「最悪、(偽お嬢様だと)バレるよ」
「別に、わたくしは構わないのですが」
意外とあっけらかんとしていたと思ったら。
「うーん、ただし、亡き母が天国で見ていたら、悲しむでしょう。わたくしが朝比奈の名にふさわしい真のお嬢様になることを望んでおりましたので」
朝比奈さんは苦笑いを浮かべていた。
「なら、学校では話さない方がいいな」
あとで、連絡先を交換しておこう。
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