第2話 お嬢様のギャップ
僕と隣人は顔を見合わせたまま、沈黙していた。
朝比奈さん、小豆色のジャージを着ていても、映えている。
(美少女で、お嬢様は何を着ても似合うんだな)
「おーい、お兄ちゃん」
妹が気まずい空気を救ってくれた。
「ども」
「ごきげんよう……って、この格好では似合いませんわね」
10秒持たなかった。
無理もない。学校で隣の席にいても、満足に話したことはない。休み時間、僕は寝ているし、朝比奈さんは取り巻きの子たちに囲まれている。
「僕、なにも見てないから」
「えっ?」
「朝比奈さんにも事情があるんだろ」
僕はおばあさんをチラリと見る。
「ええ、祖母ですの」
正直に言えば、疑問はある。
かりに、朝比奈さんのおばあさんが認知症になったとしても、お嬢様の家だ。メイドさんがいる。戦えるメイドさんがいるなら、介護ができる人がいてもおかしくない。
わざわざ、お嬢様自ら探し回る必要はないはず。
謎だと思ってはいても、詮索はしたくない。
1年ちょっと前。父が事故を起こした。父は亡くなり、同乗していた妹は下半身不随になった。
しんどかった時期に、事故のことを聞いてくる人もいた。怒るのも面倒くさかったから、他人を徹底的に無視していたら、ボッチになったけど。
「あっ!」
考えごとをしていたら、妹が叫んだ。
おばあさんが尻餅をついていた。
「ちょっ……おばあさま⁉︎」
朝比奈さんがおばあさんの元へ駆け寄る。
おばあさんの手をつかむ。起き上がらせようとするつもりらしい。
(えっ、朝比奈さんって……)
介護には技術がある。運動力学に従えば、楽にできることでも、無視すれば大きな力が必要になる。
朝比奈さんは素人だと、動きでわかった。
「朝比奈さん!」
声をかけるも遅く。
朝比奈さんはおばあさんを持ち上げるどころか、おばあさんに引っ張られてしまい、バランスを崩す。そのまま、前へ倒れ込む。
「うぅっっ」
お尻を僕の方に突き出して。
スカートだったら、(社会的に)死んでた。
「朝比奈さん、大丈夫?」
「あたしはたいしたことありませんわ。ですが、おばあさまが……」
自分のことよりも、おばあさんを心配する朝比奈さん。お嬢様のギャップにドキリとさせられる。
「お兄ちゃん、まずは、おばあさんを起こして」
「あっ、ごめん」
僕はおばあさんの元に行くと、片膝を地面につける。
いくら手助けとはいえ、勝手に触るのは許されない。
「おばあさん、触ってもいいかな?」
「あらまあ、
「謙三さん?」
知らない名前が出てきた。僕の名前は、心春なんですが。
「亡くなった祖父の名前ですの」
おばあさんは認知症みたいだし、僕を旦那さんだと勘違いしているらしい。
「茜さん、お願いしますわ」
「僕、社会的に終わらないですよね?」
「問題ありませんわ?」
(なぜ、疑問形なんですかね?)
「謙三さん、お姫様抱っこをしてくださいな」
ご本人と、お嬢様の許可は出た。これなら、痴漢扱いされないはず。
まあ、おばあさんのは微妙なんだけど。
僕はおばあさんの肩に片手を添える。
「おばあさん、両膝を曲げてもらえますか」
「謙三さん、あなたもお好きですこと」
会話は成り立っていないけれど、言うことは聞いてくれた。
おばあさんは体育座りのような姿勢になる。
僕は膝下にできたスペースに、自分の片手と片足を通す。
次に、残りの足を曲げ、おばあさんを持ち上げる。そのまま、太ももにおばあさんを乗せる。
おばあさんを前から抱え込んで、肩に置いていた手を腰まで移動させた。
曲げた膝のバネを使って、僕は起き上がる。
お姫様抱っこすると、おばあさんを近くにベンチに座らせた。
「すごい、すごいですわ!」
朝比奈さんが歓喜の声を上げる。
「お兄ちゃん、毎日、メルを運んでくれるし」
「そうそう。おばあさん、芽留より軽かったし」
「お兄ちゃん、メル難聴みたい。聞こえなかったなあ」
「なんでもありません」
「メルが重いのは、胸のせいなんだから」
妹は中3にしては大きい。どちらかというと、巨乳だと思う。
朝比奈さんと比べてみると、2回り小さい。
「お兄ちゃんのエッチ」
妹はおばあさんと話し始める。
朝比奈さんは手で胸を隠していた。
「すいません」
「いえ、わたくしの方こそ、助けていただいたのに、申し訳ありませんわ」
「朝比奈さんが謝ることじゃないよ」
お嬢様、良い子な気がする。
「で、ですが、徘徊しているところに声をかけていただいただけででも、ありがたいですのに」
「困ったときはお互いさま」
朝比奈さん、小首をかしげている。
ピンと来ていないらしい。
「うちの妹も事故で歩けなくなったし、人間いつどうなるかわからないと思ってるんだよね」
「そうですわね。わたくしも未熟者ですが、大切な人を亡くし、命のはかなさは実感しておおりますの」
朝比奈さんは銀髪で、肌が白い。今のセリフもあいまって、深窓の令嬢感がハンパない。
「だから、困ったときは助け合っていきたいんだ」
「茜さん、学校ではどんな方かわかりませんでしたが、ご立派ですのね」
「僕、ボッチだし、何を考えているかわかんないよね?」
「ごめんなさい、そういう意味ではありませんの」
朝比奈さんは首をブルブル振る。小動物っぽくて、かわいい。
「茜さん、マイペースなところに憧れてましたの」
「なっ」
驚いた。
というか、妹に聞かれていなくて、助かった。
なんと反応していいのかわからない。
「先ほどは、プロの技術も見せていただけて、ありがとうございますわ」
朝比奈さんから話題を変えてくれて、救われた。
「昔、体術を学んだだけ。いちおう、プロに教わったけど、介護は素人だから」
「でも、かっこよかったですわ」
まさか、学校一のお嬢様に褒められるとは。
さらに。
「茜さんを見込んで頼みがあります」
朝比奈さんは僕に頭を下げてきた。
「わたくしに介護を教えてください」
「えっ?」
予想外のお願いだった。
先ほども疑問だったが。
「でも、朝比奈さんの家なら、お金もあるんだし、プロを雇えば……」
他人の事情に立ち入りたくなかったが、僕にも関係してきたので、聞いた。
すると。
「わたくしがお嬢様だというのは……嘘ですの」
うすうす察していたけれど、衝撃の事実が飛び出した。
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