もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。――12月号

 年末年始の助職の説明をうけたわたしは急いで大学に戻った。昼から図書館のバイトがあるからだ。原付で学内のギリギリまで乗りつける。最後の坂道こそ乗りたいけど、そこは許可されていないのだから仕方ない。

 ゆるやかな傾斜をおして歩く。


「巫女さんも最後かぁ」


 年末年始の四回だけの仕事だけど、ぎゅっとつまった時間だった。参拝客の高揚とした空気が好きなんだと思う。大変でもあったけど、楽しかった。

 ぜんぜん最後じゃないのに、もしかしたら、またするかもしれないのに。これで最後、と思っちゃうのは何でだろう。いつだって時間は限られているのに、大学生という区切りが明確にされているから、かな。そうかもしれない。

 春からの就職も決まり、順調なはずなのに何だかさみしい。


 図書館前の駐輪場に原付も仲間に入れて手早く準備をすませる。受付は他の子にまかせて、書架整理にまわった。

 どんな仕事も嫌いというわけではないけれど、書架整理は無心になれるところが好きだ。たまに見つける見当違いな請求記号のものを引き出しつつ、背表紙を追う。題名や紙の質感を全て無視して没頭すれば時間も作業もすぐに過ぎる。

 人が来たら何となくよけて、背後で立ち止まられるようなら、反対側の棚に移る。空気よりも薄い存在に徹していたのに、ふと時間が止まった気がした。呼吸も止まった気がして不思議に思って顔を向ける。

 あ、なぜか初対面で頭を撫でられて、銭湯の準常連さんで、初参りに来た塾講師の――あれ、なんで名前を知らないんだろう。いっぱい会ってるのに……そうか。バイト中だから余計な話をしないからだ。これでわたしのバイト先、ぜんぶコンプリートだ。すごい。

 なんで、ここにいるんだろう。教授せんせいに会いに来たとか。でも、くたびれたTシャツにジャージと適当に羽織ってきたジャンバー。部屋着で来た感まんまんだ。本当に学生かな。

 そういえば、学部も歳も知らない。

 何だか、とても知ってるような気持ちだったけど、全く知らないことにいまさら気がついた。

 その人がすんごい目で見てくるものだから、なんか面白くって笑っちゃう。わたし、希少生物でもなんでもないよ?


「この前会った石崎です」


 せっかく名乗ったのに返事がない。忘れられたのかな。頭を撫でられたわたしだけが印象にのこってるだけで、この人にとってはふつうのことなのかも。


「もしかしたら、初めまして、になるかもしれません。あなたは」

臼井うすいだ」


 臼井さんはまるで噛みつくように重ねてきた。何だか警戒されてない? 不思議だよね。意外と会ってるんだよ? そうだ、神社で会ったらびっくりさせないように言っておかないと。


「またお参り来てくださいね。ご利益になるかどうかわからないですけど、わたしのお祈りもうんとかけておきますから」


 なに言ってんだ、おまえみたいな奇妙な顔をされた。ヒゲのはえた臼井さんはすごみがある。

 何度も会ってるから、こわくないって知ってるけどね。臼井さんにとっては何度も会ってないかも――


「あ、そうかぁ。去年……じゃないか。今年の正月、防山さきやま神社にお参りしませんでした? 臼井さんに似た人を見たんです」


 また、奇妙な顔である。今度はさらに眉間のしわが深くなったけど。

 やっぱり覚えてないみたい。巫女装束だと印象変わるもんね。抱えていた本を片手で抱えなおして自分を指差す。


「わたし、巫女の助職してたんです」


 じしょく、とゆっくりとかみ砕くように口にした彼が目を細める。


「バイト、何しんだよ」

「巫女さんは短期で普段は三つだけですよ? 銭湯と居酒屋と図書館。あ。わたし、ストーカーじゃありませんからね。どちらかというと臼井さんが現れます」

「……ストーカーじゃねぇぞ」


 知ってますと返せば、あっそと立ち去られた。



 バイトが終わるのを待ってましたとばかりに、携帯にすがりついた。


「ゆりちゃーん! 聞いてぇ!」


 数コールで出たゆりちゃんは慣れた様子でどうしたのと一呼吸おいて続ける。


「泣きべそなんてめずらしい」

「あのね」

「うん」

「変人扱いされたぁ!」

「……うん? ん? ようわからん」

「変な子扱いわね、別にいいの。でもね、変人はイヤなの」

「……ん? うん、そうだね?」

「わかってもらえなぁい!」


 え、謝るのこっちなのとゆりちゃんは悪びれない。冷静にやさしく、話に付き合ってくれる。


「癇癪起こすのもめずらしいよね。詳しく話してみ?」


 今日あったことを話して、臼井さんて何者よ、とツッコまれたので、ゆりちゃんにも話していないことに気が付いた。たまたま見つけた浮遊霊みたいに思っていたから話していなかったらしい。


「浮遊霊って」

「例えだよ。ぼさぼさ髪に髭がはえてて、顔色悪いから」

「そんなんで、不審者ではない、と」

「うん、違う」


 見えないだろうけど、わたしは大きく頷いた。

 ゆりちゃんはんんーと微妙な声だ。見えないけど、筋をのばすように首を傾げているような気がする。


「仲良くなりたいの?」

「んー、機会があれば」


 たずねられて、変人扱いがショックだったのだと再確認した。嫌いにはなっていない。なかよくしていたつもりなのに、のら猫に手をひっかかれたみたい。

 ゆりちゃんは、ふーんと間をとって、さくりと言う。


「悪い人ではないんだ」

「うん」

「そう。放っておけばいいのに、と思ったのは保留にしとく」

「うん、ありがとう」


 礼を言うことじゃないと思うんだけどとゆりちゃんは呆れている。その言葉はあたたかい。

 無性に会いたくなって甘えてみる。


「ゆりちゃん、年末になったらこっちに戻るって言ってたよね」

「うん、バイトあるし」

「じゃ、お願い。今年もお参りに来てね」

「そのつもりだったよ」


 ああ、ゆりちゃんに抱きつきたいのに、携帯ごしなのがにくらしい。

 早く正月がくればいいのに、なんて考えてしまった。



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