これを優しさと呼ばないのなら過ちでもいい――8月号

 夏の定番のバーベキューもいつも顔を合わせるゼミ生となれば感動はうすい。しかも、今年で三回目。それでもって、参加するのは男性ばかりで女性はたった二人。

 一人は私、もう一人はすず先輩だ。夏休みに予定が一つもない私がどうしてもと泣きついて参加してもらった。

 だって、学校の研究室ではできないよう話をしたかったから。でも、なかなか二人っきりになれない。教授と先輩達の車の何台かに乗って向かう最中は地獄だ。冷房の効きの悪い車内は道具とおもちゃですし詰め状態だし、着いたと思ったらすず先輩は何処かに消えていた。一昨年は慌ただしく準備をしたので、もう初めているのかもと探しても見当たらない。


真城ましろ

「へい」


 誰だって、後ろから低い声で呼ばれたら、変な声だって出る。跳ねた肩を丸めて振りかえれば、すず先輩が肩に荷物をかけていた。美人の真顔ってどうしてこんなに恐いんだろう。迫力が千倍も違う。


「着いてきて」


 素直に従った私は駐車場へ向かう背中を追いかける。

 横に並んで聞けば、紙皿を買い忘れたらしい。無言でハンドルを握るすず先輩と一緒に近くのホームセンターへ向かうことになった。

 いつもの私なら、こんなヘマをするから女性陣が逃げるんだよと水面下で文句を言うところだが、今回ばかりは感謝した。きっと神様の思し召しだ。

 二人きりの車内で清水の舞台から飛び降りる気持ちで切り出す。


「どどどどどうしましょう、すず先輩!」

「は? ちゃんと説明しなさいよ」


 泣きついたすず先輩は今日も相変わらず甘じょっぱい。出会ったばかりの頃なんて、「は?」で終わってたのに、説明を聞いてくれるのだ。天使を通り越して、女神では。ぜひ入信したい。

 私が手を組んで崇めていると、氷のような瞳を向けられた。ちゃんと説明しろと言われていたのだった。何よりもすず先輩が無駄なことを嫌うと知っているので、潔く話し出す。


「実はですね、イベントに誘われましてね」


 あーと答えを探す横顔に慌てて付け加える。


「いつもの歌って踊って楽しいイベントじゃないですよ! 缶詰めサミットに誘われたんです!」

「いや、意味わかんないから」


 最近、甘じょっぱいから塩辛いになっているのは、きっと家族みたいに仲良くなってるからだ。そうに決まっている。

 例え、すず先輩が私の拳を冷めた目で見ていても凍るわけでもない。これはきっと愛だと言い聞かせながら、顔をうかがう。


「すず先輩には言ったことありますよね、玄夜げんや様の話」


 美しいかんばせにしわが寄る。これは絶対、余計な話をしていると思われているので、巻いていく。


「玄夜様にそっくりな人がいまして」

「二次元が三次元にいるわけないでしょう」


 すず先輩のツッコミはいつだって切れ味がいい。

 玄夜様は今をときめく近未来社会RPG風ゲームで活躍されている。『高潔の理系男子』と名高い彼はいついかなる時も無表情だ。くせのない黒髪に、つり目がちで涼やかな目元。前髪とバランスが絶妙な眼鏡のポジション。何といっても感情のとぼしいかんばせが麗しい。非現実的な方だと私だって理解している。誰にも迷惑をかけていないのだから、二次元に夢を見させてほしい。

 でも、今回ばかりは私は胸を張れる。


「私も目を疑いたくなるレベルでそっくりなんです。運営に問い合わせしたいぐらいですよ」


 宇宙人を見るような目が見てきた。すぐにバッグミラーに注意をそらす女神にすがる。


「その玄夜様が、あ、違います、小野山おのやまさんがイベントに誘ってくれたんです。だから、どうすればいいか意見を聞きたくて」

「缶詰サミットに? 缶詰の紹介でもするわけ? 鴨にされるんじゃないの」

「喜んでなります! 推しには投資を惜しみません!」


 前のめりで言ってしまったが、どうやらすず先輩も私の挙動に慣れてきたようだ。いつの間にか目的地についたようで、つまらなそうな目は携帯に向けていた。頭のはしっこだけは意識をくれるようでため息まじりに言う。


「何処から出すのよ」

「……お年玉?」


 バイトをしていない甘ちゃんな私が居心地悪く答えると、呆れた流し目で見られる。気だるげな仕草さえ色っぽいのだから神様はいじわるだ。


「まだ貰ってるの」

「祖父が遺産残っても困るからって」

「アンタ、お嬢様だったの」

「親は普通の会社員です。祖父が役員なだけで」

「恐いから何処のとかは聞かないでおくわ」


 普通に答えられるけど、黙っておいた。すず先輩が聞かないと言うならば、女神に従うまでだ。

 アウトドアコーナーの紙皿を全て買い占めて、車に乗り込む。


「イベントに誘われたんなら、いい流れじゃない。告白したら?」


 すず先輩はシートベルトを止めながら言った。

 シートベルトをしめ終えた私は首を降る。


「やめてください。そういうことは求めてないんです」

「興味のない缶詰めサミットにわざわざ行くのに?」

「推しと同じ空気が吸えるんですよ。それだけで至福です」

「アンタに友達できない理由、わかった気がするわ」

「サラッとひどくないですか、それ!」


 紙皿を買い終えたすず先輩も夏の暑さを感じさせないような涼しい顔をしている。その横顔がものすごくかっこよく見えて、思わずすがってしまった。


「缶詰めサミットって何したらいいんですかぁ!」

「一緒に回って、味見すれば?」


 温度差のある会話が、車内のBGMにのって流れていく。


「誘われたっていっても、イベントですよ。一緒に回る約束なんてしてません!」

「なおのこと、焦る理由がわかんない」

「ええー! 会場にスーツ姿の小野山さんがいるんですよ。不整脈で倒れるかも……」

「吉と出るか、凶とでるかはアンタしだいでしょ。好きにしたら?」


 運転する先輩は前を見据えたままだ。

 

「わからないことがあったら連絡してほしいって連絡先交換しました」

「優しさが、凶器にしか思えないわ」


 ブレーキと同時に落とされた言葉は外気とは正反対に熱がなかった。



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