エピローグ
お嬢様が魔法学校に旅立っていってから一週間が過ぎた。
試験対策はどうだったかというと、お嬢様はさすが結界魔法の一族だけあって魔法はすぐに習得できたようだ。今は独学でギリギリ試験には受かるレベルでしかないが、才能もあるし勘もいいので魔法学校で研鑽を積めば将来的には魔法学校内でも上位の結界魔法使いになることだってできるだろう。
試験対策の問題は箒だった。私が今まで見たことのある魔法使いの中でもダントツで下手くそ……じゃなかった、努力が必要だと思われた。運動音痴というわけでもないのに運転がダメなタイプらしい。まあ、お嬢様の場合は事故を起こしたとしても結界魔法があるので大事には至らないだろう。突っ込まれた方は怪我するかもしれないが。
「ピギィ……オウァ……」
部屋の上階から何やら鳴き声が聞こえた。時計に目をやると十五時をまわっていた。作業に夢中になりすぎて昼食を忘れていたらしい。
「あら~?もうこんな時間ですか~?」
熱中してたから気が付かなかったが、時間を見たら急にお腹が減ってきた。とりあえず昼食をとりに行ってこよう。
お嬢様がいなくなって私がはじめたのは部屋の改装だった。お嬢様の居室はそのままにしてあるが、教室や実験室、保管庫などは私の実験用に作りかえている。今も大工事の真っ最中だ。上の階には飼育檻をおいてある。さきほどの声は飼育中の実験動物が腹を空かせて鳴いているのだ。
お嬢様がいなくても二人分の食事を消費しないといけないので、それならばと実験動物を飼育することにしたのだ。私は太らないし、食糧代を気にせずに実験動物が飼えるんだから一石二鳥である。マヤ先輩に言われなくても、最近自分でもちょっと体重増加傾向だったのは気にしていたことだった。海外から取り寄せた食べるだけで痩せるエクストリームダイエット缶詰がなくなってしまった今、これ以上のカロリー摂取は危険すぎる。
いや、例えあっても不味すぎるので食べなかったとは思うが。あの缶詰の残りは、お嬢様から話を聞いたマヤ先輩が娘さんと一緒に面白がって全部食べたらしい。何やってくれるんですかね先輩は。いつになってもそういうところは変わらないようだ。
お嬢様がいなくなったので本格的に自分の研究を進めることにする。お嬢様と暮らすのは毎日が楽しくっていけない。ついつい、お嬢様の勉学や体質改善、生活環境の改善にばかり時間を割いてしまった。ここに来てからというもの私自身の研究は正直なところあまり進んでないのだ。私の果たすべき野望の実現のコアになる部分は技術はもう目処が立っている。とはいえ現実に実行するには解決しないといけない問題は山積みなのだ。サボっているわけにはいかない。だから今回のお嬢様の魔法学校への入学はいい機会だった。実の娘と暮らすような生活だったからとはいえ、私は立ち止まるわけにはいかない。何よりも優先されるべき宿願は確かに胸のうちにあり、消えたりはしない。後ろ髪ひかれる思いが少しもないとは言わないが、これでよかったのだ。
今度の実験動物は手がかかる。この間まで運用していた実験動物は外飼いだったので、手間はかからなかったがその分管理が行き届かなかった。そして手間がかかっていた割には研究途中で大したデータもとれずにこの間ダメになってしまった。思いだすとため息がでる。
「それにしてもマヤ先輩はちょっと強過ぎですね~。まだ強化が途中だったとはいえあっという間に跡形もなく消し炭とは~。ホントもう人間凶器を通り越して人間焼却炉じゃないですか~。せめて死体が残れば少しは最終データもとれたんですがね~……」
この間こっそり作ったのは筋肉質のゴリラなモンスターだ。もともと筋肉質な素体だったのでそれを生かすように肉体強化を重視して加工してみた。大抵の場合は肉体を強化すればするほど知能が下がっていく。あの個体は通常のリミットをかなり踏み越えて強化したため知能は擦り切れていて、ほぼ三大欲求だけで動いていた。フカフカの寝床を用意しておけば大抵はずっと寝てるので大丈夫だと思っていたが、さすがはマヤ先輩。悪運の強さは尋常じゃない。あのゴリラももうちょっと強化できたはずだが、もっと強化を進めていけばおそらく三大本能のうちのどれかひとつだけが残ることになっただろう。どの本能が残ったとしても強制的に命令に従わせる術がないと役に立たない。私は洗脳系も傀儡系の魔法も使えないのだ。そう考えれば楽に処分できてよかった、ということにしておこう。
食事をもって飼育室へ向かう。檻の中には太った二足歩行のブタのような生き物がいた。
「はい~ブタさん~、ご飯ですよ~」
半二足歩行のブタのようなモンスターは、私を見るなり怯えるようにして檻の隅まで後退りをした。今回は理性を残し過ぎたのかもしれない。もともと個体差があるものに投薬量の調節の難しい試料を投与して一定の成果を出すのはやはり無理筋なんだろうか。知性の吹っ飛んだモンスターがたくさんいても暴動やパニックを起こすのには使えるが、私の目的には足りない。やはり強化は後回しにして何とか支配する方法を確立するのが先だ。幸いこの尖塔群では実験に必要な素体のスペアの目星はたくさんついている。今までの遅れを取り戻すために頑張ろう。
「ブタさん~、あなたももうちょっとまともな人間でしたら私みたいなのに目をつけられずにすみましたのに~」
食事を檻の中に置くが、モンスターは近寄ってこようとしない。
「ちゃんと食べておいてくださいね~?今夜また実験に協力していただくことになりますので~」
「ピ、ピギィ……」
私が微笑みかけるとブタのようなモンスターは震えるような声で鳴いた。
尖塔群の魔法使い 秋ノ尾 @alashino
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