旅立ち
「ざっくりいいますとお嬢様の家系の家業、お嬢様のお父様のなさっているお仕事ですね、それには魔力の量と魂の質が求められるのです~。だけど魔力の絶対量はどんなに魔法を練習しても大して増えないのですね~。だから魔法はあまり鍛える意味ないです。逆に魂の質、魂の耐久度と言ってもいいですが、それは勉学や思索によって高められますのでこっちが重要なんですね~。だからわたしは勉強を教えて魔法を教えない契約になってます~」
勉強する理由はわかったが、微妙に腑に落ちない。どうせわたしは家業を継がないのになぜ家業に必要な訓練を受ける必要があるのだろう?家業継ぐであろう兄様たちは魔法の習得にかまけていていいのだろうか。そこが話せないところなのだろうか。
リン先生は続ける。
「魔法を身につけるということはすなわち力を持つことです。少なくともこの家の方はそう考えています~。端的に言えばお嬢様に力を持って欲しくないのでしょうね~。まあわたし個人の見解では知識も力たりえるとおもいますけどね~」
リン先生らしい考えかただと思った。実際、リン先生の博識を持ってすれば魔法がなくても解決できないことなんて無いような気もする。
つまり、わたしが魂の質を上げることで何かお父様の、ひいては我が一族の得になるようなことがある、ということなのだろう。魔法のことがわからないので、それが何かは検討もつかないが。
「あの、ちなみにリン先生は魔法をどのくらい使えるのですか?」
「ふふふ~、どのくらい、ですか~?考えてもみてください。わたしは学生時代に凶暴なあのマヤ先輩と対等に付き合ってたんですよ~。先輩とは専門は違いますが、わたしだってかなりやりますよ~。もっと羨望の眼差しを向けて頂いて良いのですよ~ウフフフ」
なにごとも探求しがちなリン先生がちょっとしか魔法が使えない、ということはないとは思っていた。そもそも魔法が使えないので何がどうなると凄いのかもよくわからないが、とにかく凄そうだ。
「気を悪くされたなら謝ります。わたしはそんな優秀な魔法使いがすぐそばにいたというのに魔法を学ぶことなく、日々を無為に過ごしてしまったのですね……」
世の中は本当にわからないことだらけだ。今までにも勉強して知識を溜め込んだつもりでいた。それでも、窓の外からいつも見えていた景色さえも知らなかったことだ溢れていた。そしてどこか遠い世界の話だと思っていた魔法も、わたしが知らなかっただけですぐそばにあったのだ。
もっと知りたい。
もっと見てみたい。
「リン先生、わたし何でもいたしますわ。リン先生の望むことなら何でも。ですから……」
「な、なんでも~⁉︎それは本当にな、なんでも⁉︎」
こちらが想像していた反応をかなり上回る食いつきっぷりに、わたしはちょっとたじろいだ。
「あ、はい……なんでも……」
「あうっ!」
リン先生は鼻を押さえた。
「えっ⁉︎リン先生⁉︎」
鼻血?鼻を抑えたリン先生の手元が赤い。が、自分のことは無視して続けるように、わたしをジェスチャーで促した。
「契約があるのはわかりました。ですがなんとか、なんとかわたしに魔法を教えてくださいませんか?この通りです」
わたしはそう言って頭を下げた。
「お、お嬢様~!そんなことやめてください~!お嬢様は」
「いいえ、わたしにできることと言えばこのくらいしかありません。どうかお願いいたします。どうしても外の世界に、レイ様と同じ学校に行ってみたいのです」
リン先生は真剣な面持ちで軽いため息をついた。鼻血を出しながら。
しばらくわたしを見つめていたが、やがて手をヒラヒラと降った。
「わかりました、一時の気まぐれ、というわけではないようですね~。わたしもお嬢様のことは嫌いじゃないですし、何よりマヤ先輩にもよくしてやってくれとキツく言われてますしね~。契約も怖いですが先輩の逆鱗に触れるのも怖いですからね~。なのでここは抜け穴を使うことにします~。さきほども言ったとおり魔導契約上、わたしが魔法を直接は教えることは絶対にできません~。ですがお嬢様のプライベートまで口出しする権利もまた持っていません~。ということは~?」
「つまり、わたしが独学で学ぶ分にはリン先生には迷惑がかからないですか?」
リン先生は首肯した。
「プライベートのことは関知いたしません~。さらに~、わたし個人蔵の書物は持ち込み可なので偶然その辺に散らかしてしまったまま寝てしまうこともあるかもですね~」
なるほど。
「ふふふ、確かにそれは止められません」
前々からリン先生は何かと色々持ち込んでは上の階の実験室で何かやっている。あれだけ大量に色々持ち込めるなら魔法について書かれた蔵書の一つや二つ間違えて持ち込んでも誤魔化せるだろう。
なんとか魔法試験への対策は立ちそうだ。あとはわたしが頑張ればいい。
「あと一つの問題とはなんですの?」
問題は二つあると言っていた。
リン先生は急に真顔になった。が、すぐにニヤけてみせる。
「お嬢様がここから出て行かれたら、お嬢様の分も食事を消費しなければならないのでわたしがさらに太ってしまうことです~。一人分の食事しか消費されなければ怪しまれてしまいますからね~」
「……」
えーと。
それは確かに困ることなのかもしれない。リン先生はタダでさえ太りやすい体質だといつもボヤいているくらいだ。わたしのせいで太ってしまったら大変だ。
「わ、わたしリン先生の為にトレーニングメニューを考案いたします!それさえこなして頂ければより健康に……スリムに……なるかも……」
わたしがすべて言う前にリン先生は噴き出した。
「あははは、冗談ですよ~。お嬢様はかわいいですね~。大丈夫ですよ、わたしだって自分で体調管理くらいはできます。とはいえ、あまり目立つような行動は控えてくださいね。万引きとか放火とか大量破壊とか」
さすがに万引きも放火も大量破壊も今後の人生においてする予定はない。
「いくらタヌキ被るのが上手いわたしでもバレたら拷問の末に処刑されちゃいますから~」
「ご、拷問⁉︎リン先生、それはあまりにも……」
「いいんですよ、お嬢様。わたしはお嬢様さえ好きに生きてくれたら……」
リン先生は儚げな笑みを浮かべ俯いた。どうみても演技だ。
やはり演技だったようで、すぐに顔を上げて舌を出してみせた。
「とまあ、言いたいところですがね~。まさかお嬢様、わたしがただボランティアで協力すると思いますか~?しっかりと自分の利益は確保いたしますので、そこはご心配なく~」
リン先生はニヤニヤと指折しながら計画を練りはじめた。
「……ッフフフ。本当にマヤ先生の言ったとおりリン先生もなかなかの食わせ者だったのですね」
「こらこら~、年上に言っていい言葉じゃないですよ~」
二人で声をあげて笑った。
そしてリン先生はわたしの両肩に手をおいて静かに切り出した。
「お気づきだと思いますが、確かにわたしはここに目的を持って来ています~。お嬢様の目的がそれを妨害するようなものでなければ問題ないんですよ。わたしはわたしのリスクでさらなる発展を目指すのです~。大人になったからと言って危険や困難がなくなるわけではないんですよ。むしろ一つ一つの失敗が大きくなります。でも失敗や危険があるからといって私たち学問の徒、いいえ、魔法使いが歩みをとめることはないのです。危険を回避し、困難を乗り越え、果てには自分の研究を達成して既知の境界を押し拡げる。それがわたしたち魔法使いなのですよ」
「……はい」
「そしてお嬢様、それはあなたも魔法使いになるのでしょう?見知らぬ世界に飛び込むのはいつだって簡単なことではありません。でも、達成したいことがあるなら……まだ見ぬ地平に辿りつきたいのなら、やってみるべきです」
「では、お互い頑張りましょう、でいいのでしょうか?」
「そうです。そして魔法使いになった暁には私たちは対等となるのですよ。教師と生徒ではなく同じ魔法使いとして」
そんな日がくるのだろうか?魔法使いうんぬんは想像がつかないが、リン先生が先生ではなく対等な立場となることはもっと想像がつかない。リン先生は最初から今の今までわたしの完璧なる先生なのだ。そう、今までは。
なんだか今この瞬間に未来が変わった気がする。
「願わくはお互いの進む道の先で利害がバッティングしませんように~、ということですね~」
リン先生はいつもの口調に戻り、そう言って可愛らしくウインクをした。
その日からわたしの勉強と猛特訓の日々がはじまったのだった。
魔法の実技は難しいけど、今のわたしには目的があるから大丈夫。
頑張ろう。
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