準備
マヤ先生とレイ様が去って一カ月が経った。
レイ様が通う魔法学校の来年度の授業が始まるまでもう二ヶ月もない。
魔法学校に行きたい、わたしは風邪から完全に回復するとすぐにリン先生にそう相談した。
わたしはここにいてもいなくてもいい存在だ。リン先生が辻褄を合わせてくれさえすれば、新年のご挨拶の時だけ帰ってくればバレないはずだと思った。
「う~ん、そうですね~。ここを抜け出す件は確かにわたしが誤魔化せばなんとかバレずにすむと思いますが~……それをクリアしたとしても他に問題が二点あります~」
「問題?」
「魔法学校に入るには入学試験に合格しないといけませんよね~。魔法学校の入学試験は学科と魔法実技があります~。学科重視の試験形式で受験すれば魔法実技は最低限のものだけで済むんですね~。試験全体の難易度だけで見れば決して難しくはないのです~。でもお嬢様の場合はお学科は楽勝だと思いますが~……問題は魔法実技です~。魔法は一度も使ったことないですからね~」
「そうですよね……魔法の学校ですものね……魔法が使えない生徒が入学できるとは思えません。わたしに魔法の才能がないのはお墨付きですし……。わたし、たとえ魔法学校に入れなくてもレイ様のいる町に住んでみたいです」
わたしの言葉にリン先生は首を傾げ苦笑いをする。
「う~ん、魔法学校のある王都に行くなら魔法学校に入っていただかないと困ります~。お嬢様はどこにいても勉強はしていただかないと~。お嬢様の義務、ですからね~」
そうか。自習すれば、と思ったが師もおらず、文献にあたれる環境もないのでは復習しか出来なさそうだ。やはりダメなのだろうか。リン先生はうつむくわたしの顔を覗きこんだ。困ったように笑っている。
「ふふふ~、なに落ちこんでいるんですか~?人の話は最後まで聞くようにといつも言ってますでしょう~?メールと問題文は最後まで読め、ですよ~」
人の話を先回りしてしまうのはわたしの悪い癖だ。
「お嬢様の認識はすこし間違っています~。どちらかと言うとお嬢様は魔法の才能はある方だと思いますよ~?血統だけでいえば折り紙つきなはずですし~」
「えっ」
初耳だった。幼い頃より色んな人に魔法の才能がないと言われてきたのだ。
「わたしについてくださった家庭教師の先生方はみんな魔法の才能がないから魔法はやらないのだとおっしゃっていましたわ。リン先生だってわたしに魔法は教えてくださらなかったじゃないですか……」
何度も何度も繰り返し聞かされてきた言葉だった。
「わたし、一度でもお嬢様に魔法の才能がないなんていいましたか~?」
わたしはハッとした。確かにリン先生の口からは、その言葉を聞いたことがなかった。リン先生は魔法の授業をしなかっただけだ。わたしはそれが当然だと思って何の疑問も持たなかった。
「ふふ~、気がつきましたか~?わたしはたったの一度だって言ってませんよ、そんなこと~。仮にも魔法を、いえ、学問を探求する者が確実な事実と反することを言うなんてありえません~」
手をヒラヒラと振りながらリン先生はこともなげに言いきった。あなたには魔法の才能があります、と。
「ですが……いきなりそんなことを言われても……」
思い返してみれば確かに、リン先生がわたしに魔法の才能がないと言ったことは一度もない。他のことについて話すときも、リン先生は遠回しな発言をすることはあっても、嘘をついた事はなかった。
ということは……。
わたしにも魔法が使える?
光明が差した気がした。
「ではわたしにも魔法が使えるのですね!」
わたしは嬉しくなって思わず叫んでしまった。
ん、でも待てよ。ならば何が問題なのだろうか。
「あのリン先生、魔法が使えるのなら入学試験は問題にはならないのではないでしょうか?」
「いえ、問題はここからです~。魔法の才能があることと、魔法を使うことは別物です~。歌の歌詞を憶えてちょっと口ずさめるようになっても練習しなければ上手に歌うことはできませんね~。まあここまではいいですね~?」
「はい」
新しい公式を習ったとき、理論はわかっても実際に練習しなければ使いこなせるようにはならない。魔法も同じということだろう。わたしもまさか練習なしでできるとは思ってない。しかし練習すればできるようになるのであれば練習すればいいだけなのだから問題はない。
「では、お嬢様はどうやって魔法を学ぶおつもりですか~?」
「それは……リン先生はわたしに魔法を教えてはくださらないのですか?」
「それがですね~、わたしはお嬢様に魔法を教えることは出来ないのです~」
嬉しくて熱くなった身体が急激に冷えていく。誰かに教えてもらえなければ、わたしには魔法のことなど右も左もわからない。
「どうして……わたし、何かリン先生の気に障るようなことをしてしまいましたでしょうか?」
リン先生は首を横に振った。
「そんなことはありません~。別に意地悪してるわけではないのです~。でも、ふふふ~、お嬢様はホントに可愛らしいですね~。これからはちょっと気をつけた方がいいかもしれませんよ~。わたし、嗜虐心をそそられ……ゴホッゴホッ!」
「?」
「オッホン~。前にわたしはルールに抵触しなければ大抵のことは何でも決められるという話をしましたね~。ルールというかお嬢様の家庭教師を引き受ける際に承諾した契約ですね~。ただ、契約と言っても普通の契約ではありません。強力な強制力を持った魔導契約なのです~。まあ簡単にいうとわたしがルールを破ると罰が下されるというものですね~。それで、この破ってはいけないルールの中の一つに魔法を教えることあるのですよ~」
初耳だった。
それでは歴代の家庭教師もみんなその魔導契約をしていたに違いない。
「おそらく前の家庭教師の方々はお嬢様に詳しく説明する代わりに、魔法は才能ないと答えたのでしょうね~。あ、そういえば家庭教師の引き継ぎのときに何か言っていたかも~」
引き継ぎのとき、眠くてあまり詳しく聞いてなかったそうだ。なんて適当な……。
それにしても、お父様は何を考えているのだろう。お父様自身も魔法使いで、お兄様たちも魔法が使える。わたしにも魔法が使える素質があるらしいのに、わたしにだけ魔法を学ぶことを禁じるなんて。それなのに勉強だけは義務付けられている。お父様がわたしをただのお荷物として考えているなら勉強をさせるのはおかしい。もしかして何かわたしの知らない裏があるのではないだろうか。急に不安になってきた。
「あの、リン先生。その契約とは具体的にはどのようなものなのですか?そもそも、わたしは一体何のために今まで勉強させられてきたのですか?」
「ふふふ、お嬢様~。気がついてしまいましたか~?」
リン先生は意地悪く笑った。
「契約は他にも色々ありますが、守秘義務があります~。だから、お嬢様に契約内容を詳しく説明する事は出来ないんですね~。とても残念ですが秘密です~」
リン先生は用意されていた文言を読み上げるようにスラスラと説明した。
「と、言われただけでは納得できませんよね~?」
リン先生は今までで一番真剣な眼差しをわたしにむける。
「はい」
「お嬢様にヒントを差し上げようとあげます~。わたしは今からわたしが話せるギリギリのところを話します~。本当にギリギリのところなので質問はされてもそれ以上は答えられません~。お嬢様は聡い方ですが、今から話すことを聞いただけですぐには真相には辿りつけないと思います~。なんせ魔法については何も知らないですからね~。いつか、魔法についても深い知識を得ることができたら、わかるかもしれません~。もっとも~お嬢様ならすぐにたどり着くかもですけど~」
どっちですかね~?とニコニコ笑っている。リン先生はわたしのお父様方と交わした契約についてはあまり関心がないのかもしれない。純粋にどっちになってもよさそう、というかむしろ私が秘密に気がつくのを前提に話しているみたいだった。
「さあ、心の準備はよろしいですか~?」
わたしは頷いた。
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