別れ
昨日の夜、リン先生が帰ってきた。両手に大きな荷物を抱え、肩には雪が乗っていた。
「ただいま戻りました~」
「わぁ~その喋り方!リンだー!久しぶりじゃーん!」
マヤ先生はリン先生に見るなり抱きついてくるくると回りはじめた。
「お久しぶりです~。先輩、歳とったはずなのに全然落ち着いてないですね~。流石です~……あと苦しいです~」
「ごめんごめん、あんたこそ変わってない……ね?いや、よく見るとちょっと?っていうかかなり?太った気がするけど!」
「先輩久しぶりの対面でいきなりそれは失礼ですよ~?礼儀にかけるところも昔のままなんですか~?」
「うるっさいわね。あんただって久々に話してもやっぱりイラッとするその喋り方は変わらないじゃない!まあそんなことはいいわ……でどうだったのよ?お母さんの具合いは?」
「ん、母ですか~?まあ、いい感じになったと思いますよ~」
リン先生にしては歯切れの悪い返答だったが、マヤ先生はそれを気にする様子はなかった。
「それならよかったわ!とりあえず一杯やろうよ」
「そういうと思って買ってきましたよ~。先輩の好きなお酒、グレンクリムゾン。まさか好きな銘柄変わったとか言わないですよね~?」
「わーっ!変わってない変わってない!リンあんた最高だわ!」
「まったく相変わらず単純な人ですね~」
リン先生は大きな荷物から緑色のボトルを取り出した。封を切った緑のボトルから燃えるように真っ赤な液体がグラスに注がれる。少し粘度のある液体が氷を泳がせる。二人は軽くグラスを持ち上げ乾杯し、一杯目を一気に飲みほした。
「うひゃー、喉が焼けるっ!やっぱり最高だわコレー!」
「それでどうでした~?わたしのいない間に先輩まさかひと暴れしたりしてないですよね~?」
「えっ。……あー、まあそんなには……ね……?」
リン先生は苦笑いした。
「あきれた人ですね~。全然丸くなってないじゃないですか~。念のため塔の監視システムに細工しておいてよかったです~」
「信用ないなー。まあ、アレよ、不可抗力だったのよ。変態モンスターが出たんだから」
リン先生の顔色が変わった。
「モンスタ~?……先輩、まさかお嬢様を連れて外へ出たのですか~?」
「あれ、わたし外に出たなんていったっけ~?ははは」
「普通に考えてこの尖塔内にモンスターが出るわけないです~。まあ外に出るなとは先輩には言いませんでしたし、想定内ですけど……そのモンスターってゴリラなやつじゃないですよね~?」
「おー、それそれ!この辺の名物モンスターなの?」
まさか。図鑑を丸暗記している私が初めてみるモンスターだったのだ。この辺りに生息しているのではないはずだ。
「いえ~、この辺りのモンスターにゴリラっぽいのはいませんよ~」
「え、じゃあなんでゴリラだって思ったの?」
「当てずっぽうですよ~、わたし昔から勘が鋭くて予想を当てるの上手かったじゃないですか~」
リン先生は笑いながらグラスを呷った。
「んー……」
マヤ先生は何か引っかかったのかリン先生を鋭く睨みつけた。リン先生はそれに気がついていないのか、のんびりとお酒を注ぎたしている。
「あんたね……まさかとは思うけど……」
「ん~?なんですか~?」
二人の視線がぶつかり、俄かに緊張感が漂う。
しばらくしてマヤ先生はわたしとレイ様をちらと見やった。そして、ふっと鼻を鳴らした。
「……まあいいわ。幸い大事にはいたらなかったし。頭にはきたけどね!さあさあ!もう一杯行くわよ!」
「そうしましょ~」
一瞬、なにやら不穏な空気になったのは気のせいだったようだ。二人はグラスに真っ赤な液体を注ぎあうと、また一気に飲みほした。
先生たちは本当に仲がよかったようだった。二人はそのまま遅くまで楽しそうに喋って飲みまくっていた。
そして翌日。マヤ先生とレイ様が帰る日がやって来た。
外はいつものように朝から灰色の雲が垂れ込め、雪が静かに降っている。
「あー、頭いたい。飲みすぎたわ……」
「わたしもです~。先輩と飲むとなんでいつもこうなってしまうんでしょうね~」
マヤ先生とリン先生は頭をおさえている。
「リン、いつものアレないの?」
「あー、二日酔い用の薬ですか~……?ここに来てからはハードに飲む機会がなかったので作ってません~」
「あの酒豪で酒乱の酒好きで知られたリンが飲まなくなるなんてね……そういえばあんた、昨日は吐きもしなかったし脱ぎもしなかったわね」
「嗜む程度には飲んでますよ~。先輩サラッと誤解されるような発言しないでください〜。わたしだっていつまでも学生じゃありませんから~」
リン先生がそんなに酒好きだなんて初めて知った。リン先生はマヤ先生の前だと素直になるらしく、ちょっと面白い。
マヤ先生はのろのろと、帰り仕度をはじめた。
「ちょっと!お母さん!ちゃんと準備しないと凍えちゃうよ」
「わかってるわ……けど頭が痛くて」
「もー、情けないなぁ。しっかりしてよね!」
「いや~、あの歩く人間凶器と呼ばれた先輩が娘さんに怒られる姿が見れる日が来るなんて~。長生きはするものですね~」
「ちょっとリン!あんたこそ子どもの前で誤解されるようなこと言うのやめてちょうだい。失礼しちゃうわ!」
人間凶器……。学生時代のマヤ先生にいったい何があったというのか。
「マリアちゃん、それじゃあね。先生らしいことはあんまりできなくてゴメンね。でも結構楽しかったでしょ?わたしは楽しかったわ!」
「はい、マヤ先生。楽しかったです!本当にありがとうございました」
本当に本当に楽しかった。それこそ夢のように。
マヤ先生はにっこりと笑うと会った時と同じように右手を差し出した。マヤ先生との二回目の握手も力強くて暖かかった。握手しおわるとマヤ先生は名残りを惜しむ様子もなく大きな荷物を階下に運びはじめた。サバサバした感じがマヤ先生らしい気がする。帰りも来たときと同じように徒歩で城門から出て行くらしい。マヤ先生の箒は大きくてかさばるからという理由で、さっき窓からの遠投していた。魔法かどうかはわからないがとてつもなく遠くまで飛んでいったのだ。驚いたわたしには「遠隔操作ができるからこれでいいのよ」と言っていたが、驚いた理由はそこではない。飛距離がおかしい。リン先生は「馬鹿力は健在ですね~」と呆れてた。え、まさか腕力だけで投げたの?魔法を使ったんじゃなくて?
わたしはまだ荷造りをしていたレイ様に近寄った。
「あの、レイ様。本当に色々とありがとうございました。どうぞこれをお持ちになってください」
わたしは手包みをレイ様に渡す。
「わっ、ありがとう!」
レイ様のその言いまわしがマヤ先生ととても似ていたので、思わず笑ってしまった。こういうところを見るとやっぱり親子なんだなって思う。
「これはわたしが精製した結界石です。一回しか使えませんしリン先生が作ったものより品質も悪いんですが……レイ様を守ってくれると思います。お二人には本当に良くしていただいたのに他にお渡しできるものが何もなくて……」
「ありがとう、マリアちゃん!かわいい!大事にするね!」
レイ様はそう言うとわたしを抱きしめてくれた。誰かに正面から抱きしめられたのは産まれて初めてだった。ちょっと息苦しくてあったかくてふかふかしてて気持ちいい。というかレイ様気持ちいい。顔が熱くなる。
「いつかまた一緒に遊ぼうね!今度はキャンプしながら遠くまで行くの。その時までにはどんなモンスターが出てきてもマリアちゃんをバッチリ守れるようになっておくね!」
レイ様は小さな声でわたしに耳打ちした。中性的な声が耳をくすぐる。また会いたい。レイ様と一緒にどこか遠くへ行く。夢のような提案だった。
「はい、是非ともご一緒させてください!」
「約束ね!それまで楽しみにしてる!」
二人の出発の準備が整ったようだ。
「じゃあ、リン、元気でね。わたしもいいリフレッシュになったわ」
「そういってくれるとありがたいです~。本当に助かりました~」
「あー、一応言っておくけどあんた、マリアちゃんにはよくしてあげるのよ。リン、あんた学生の時みたいな適当なことやったら、わたし怒るからね」
「あはは、わかってますよ~。先輩が怒るとシャレになりませんからね~」
なんでも学生時代にリン先生のイタズラにマジギレしたマヤ先生は校舎ごとリン先生を魔法で吹き飛ばして学校長に大目玉を食らったことがあったらしい。昨日飲みながらそんな話をしていた。リン先生はいつものようにヘラヘラと笑っていたが、ふと真面目な顔になって言った。
「それにわたし、これでもお嬢様のこと結構気に入ってるんですよ~」
マヤ先生はリン先生の言葉を聞いて「まあそんな気はしてたわ」と微笑んだ。リン先生がわたしのことをそんな風に言うのは初めてだった。なんだか気恥ずかしかった。
「じゃあ、行くわ。見送りはここでいいから。二人とも元気でね」
「はい。ありがとうございました」
「道中お気をつけて~。特に迷わないようにしてください~」
「あはは、わたしがついてるから大丈夫ですよ!リンさん」
「レイさんは出来た娘さんですね~。どうして先輩からこんなまともな子が生まれたのかとても不思議です~。私の魔法生物の遺伝の研究もやりなおす必要がありますかね~」
「リン、あんた……」
リン先生とマヤ先生は最後の最後まで言いあっていた。
「マリアちゃん、リンがふざけたことやったらわたしにコッソリ教えるのよ?じゃあね!」
「マリアちゃん、また会おうね!バイバイ」
二人はそう言うと手を振りながら尖塔の階段を降りていった。来た時にくらべれば、静かな別れだった。
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