魔法学校
今夜の夕食は白身魚のオーブン焼きと海藻のソルトスープ、雪原野菜のサラダだった。
みんなで囲む食卓は楽しい。リン先生との二人きりの食卓も楽しいけれど、それとはまた違った楽しさがある。普段のメニューもいつもよりおいしく感じるのだった。マヤ先生とレイ様は本当に仲の良い親子で、わたしとお父様とでは考えられないような、いわば友達みたいな関係みたいだ。気軽になんでも言いあえるのは少し羨ましい。そうマヤ先生に言うと「レイが話さないことだってあるわよ。多分そっちのが多いくらいだわ」と言われてしまった。レイ様は「だってお母さんに相談しても気合いとか力でなんとかしようとするんだもん」と文句を言っていた。
夕食後、マヤ先生はデスクワークにまた戻っていった。
わたしとレイ様はお茶を飲みながらダイニングテーブルでくつろいでいた。レイ様の普段の生活などの話を聞いていた。
「では、レイ様は魔法の学校に通われていて、いまは冬休み中という事なのですか」
「うん、新学期の前は学校のシステムが休眠しちゃうの。部活に入ってる人たちは休み中も忙しいらしいけど、わたしは特に入ってないから」
部活、なるものが学校にはあるらしい。なんでも、部活とは同好の士が集まって一緒に研究をするというもののようだ。なかなか画期的なシステムだと思う。
「魔法学校の講義はどんなことをするのですか?」
「うーん、講義は学科と魔法実技があるんだ。学科の内容は今マリアちゃんのしてる勉強の方が難しい、というかハイレベルだと思う。魔法実技は必修のものに加えて専攻を選んで受講するのよ。わたし今年は料理系の専修をとってたんだ。好きなの、料理。あんまり上手じゃないけど……」
天は二物を与えずというが、レイ様は一体いくつのギフトを天から授かっているのだろう。わたしなんて魔法はおろか、塔から出ることすらできない。
「見せていただいたダンスもすごくお綺麗でしたし、魔法も箒も使える。そのうえ料理までできるなんて!」
「あ、いや料理はね……ゴニョゴニョ……ふふ、でもありがと。踊りは小さい頃からやってたし、箒は必要に迫られてだし、魔法はお母さん仕込みなだけだよ。学科の成績はそんなによくないんだよね……」
「学科はわたしでもできるのですから、なんとでもなりますわ。わたしはレイ様が羨ましいです。わたしには特技と呼べるようなものはありませんもの」
「えー、そんなに勉強できるのに?十分すごいと思うけど……」
「あまり実際の生活に役立つとは思えません」
「んー、役に立つかどうかはマリアちゃん次第なんじゃないのかなー。なにかの研究職につけば毎日使うじゃん。それに生活の役に立つかなんていったら、それこそわたしの踊りなんて滅多に役に立たないよー。お祭りの時にかりだされるばっかりで損な役回りだよ」
レイ様が周囲の人に必要とされて踊るのは年に数度くらいなのだそうだ。何かの儀式で踊りを捧げるらしい。さっきの踊りもそれらのうちのひとつなのだろう。他の踊りも是非見てみたい。
「最近踊ったのはどんな踊りなんですか?」
「最後に踊ったのはさっきのやつかな?秋に収穫祭があったからね。その時は短いバージョンだったけど。次に踊るのは学校の新学期の始業式かな?」
「始業式というとこれから学校を始めますっていうものですよね?踊りがあるんですね……」
始業式というものについては小説などで読んだことがあるので知っている。だいたいにおいて退屈なものとして描かれていることが多く、踊りのような要素が入るのは聞いたことがなかった。
「他の学校に通ったことないからわからないんだけど、ウチだけなのかな?踊りで一年のカリキュラムを占うっていうか、休みに入って眠っちゃった学校のシステムを起動させるの。学校自体が古代の魔道具だから色々めんどくさくて」
色々な儀式があるものだ。
他にもレイ様から魔法学校について色々なことを聞いた。学校は複数の魔道具の集合体であること、学校自身がカリキュラムを作成することや街の人が先生になったりすることなど色々だ。
「そうそう、魔法学校にはね、学科と実技の講義以外に生徒たちだけで行う課外演習があるの。毎週末に行われるんだけど、そこでは色々な学年の人たちと一年間一緒のチームを組んで、与えられた課題に挑戦するんだ。実際の問題を解決するのには思わぬことが役に立つことって結構多いよ」
「へえ、そんなこともやるのですね……」
「むしろそっちがメインって感じかな。強制ではないんだけど、何度かは参加して単位を取らないといけないし、チームが組まれるからあんまり休む人はいないかな」
「課外演習は魔法学校の外でやるのですか?」
「課題内容によるけど、ほぼ魔法学校の外だよ。魔法学校の裏手には広大な森が広がってるの。ほとんどはその森が舞台かな~。イメージとしては今回マリアちゃんとお母さんがやったみたいなのを、毎週末に泊まりとかでやる感じかな。〇〇の採集とか〇〇を作成とか〇〇に到達とか〇〇を討伐とか、そういう課題が多いし」
今回みたいなことを毎週毎週。すごい。楽しそう。
レイ様や同年代の方達と一緒に冒険したらどれだけ楽しいだろう。未知の課題を魔法を使ってクリアーしていく。少し想像しただけでも素敵すぎて頭がボーッとする。
「あー、わたし来年の専攻は料理やめて攻撃魔法にしようかな」
レイ様は目線を宙にむけて、独り言のようにつぶやいた。今思いついた、といったように。
「攻撃魔法を、ですか?」
「うん。わたし、今回マリアちゃんを守れなかったじゃない?今までは攻撃魔法ってあんまり好きになれなくて熱心に練習してこなかったんだ。でもさ、今回のことで、いざという時に暴力に負けちゃうのは嫌だなって思ったんだ。今のままの自分でダメなら変わらないとね」
レイ様はちょっと照れくさそうに笑った。
「変わりたいと思ったの、わたし」
「レイ様……」
「ほら、料理は一人でも研究できるし。それにお母さんは、ああ見えて軍のお仕事してるくらい強いの。だから娘のわたしも頑張れば、軍レベルとまではいかなくてもマリアちゃんを守れるくらいにはなれるわ、きっと」
レイ様はそういうとにっこり笑った。
こんなに素敵なレイ様でさえ変わりたいと思うのか。わたしにはちょっとショックだった。わたしはこれまで、自らを変えたいと強く思ったことがあっただろうか?そう考えたら居ても立っても居られなくなってきた。望めば何でもできるような希望に胸が膨らんでいく。
「わたしもっ!わたしも変わりたいです!もっと外の世界を見てみたいです……その……この塔から出て……」
しかし、そう言葉にして声に出してみると、そんなことは不可能な気がしてきた。膨らんだ期待がみるみるうちにしぼんでいく。
この塔から出る?
どうやって?
「あの、無理かもしれませんけど……魔法も使ってみたいですし、お友達も作ってみたいです……ほんと無理かもしれませんけど」
ダメだ、さっきまでのワクワクした気持ちは暗いふてくされた気持ちに変わってしまった。実際、どうしたらこの塔から出るなんてことを実現できるのか見当もつかない。塔から出れなければ友達なんてできるわけがない。
「えー、無理なの?わたしはマリアちゃんともっと仲のいい友達になりたいんだけどなー?」
わたしはハッとして、いつの間にかうつむいてしまっていた顔を上げた。レイ様はニコニコしている。レイ様は図鑑でみた魔獣、ネコみたいなつり目にイタヅラな光を湛えていた。
「試したことある?誰かに連れてってもらわなくても外の世界に出る方法だって何か方法があるかもしれないよ?たとえばマリアちゃんのロックハンマーで毎日壁を削ってみるとか。むかしそうやって牢獄から脱出した人のお芝居みたことあるよ。無実の罪で投獄された人が嵐の夜に、壁に開けた穴から外に出て、暗くてせまくて汚い土管の中を通った先で自由を獲得するっていうお芝居」
流石にロックハンマーで壁を破ってもしょうがない気がする。そんなことしなくても窓はあるし。問題はむしろ塔の高さと出たあとにどこに行くかということだ。冬は寒いから論外としても、例え暖かいときでも近隣の街までものすごく距離がある。
思案顔のわたしを見てレイ様は慌てて訂正する。
「いやいやいや、ものの例えだからね!本当に壁に穴を開けろって言ってるんじゃないよ。それに自分一人でなんとかしなくても誰か信頼できて頼りになる人に相談してもいいんだし」
それもそうだ。別に一人でやらなくてもいい。
もし、リン先生に相談したら、リン先生は協力してくれるだろうか?
「それにさ、マリアちゃんならきっと魔法だってやってみればできると思うよ?やったことないって言ってたもんね」
「これまでは試そうとしたこともありませんでした」
「試したことないなら無理かどうかはわからないよ。漠然と無理かもって思ってるなら、それと同じくらい漠然と出来るかもって思ってもいいはずじゃない?」
「そう、ですね……」
わたしには魔法は使えないと言い聞かされてきたが、誰もその証拠は見せてくれなかった。
「それなら出来るかもって思った方が楽しくない?」
変な言い方かもしれないけど、そう前置きしてレイ様は照れ笑いしながら続ける。
「だってさ、無理かもしれないけどやってみてさ、もし出来たら、出来ちゃうんだよ?夢みたいな夢が夢みたいな現実になっちゃうんだよ?それってすごいことじゃん!やってみようよ!」
そうだ。まだ何も試してなかった。ダメかも知れないけど出来るかも知れない。最悪ここから出られない事が確定して外の世界を旅する夢を見ることが出来なくなるだけで状況自体は今と大して変わらないのだ。
「わたしの夢はわたししか叶えられませんものね」
「おっ、マリアちゃんいいこと言ったー。それはまさに魔法使いの心得だよ!あたえられるだけに満足しちゃいけない。自分の夢は自分でかなえるんだよ!」
わたしは嬉しそうに微笑むレイ様を見つめて深くうなずいた。わたしはわたしの夢を実現するのだ。
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