戦闘
わたしは本当に魔法が使えないのだろうか。仮に魔法が使えたのなら……お父様も尖塔からの外出を許してくれるかもしれないし、兄様たちもわたしに一目おいてくれるかもしれない。
馬鹿な考えだ。自分に都合のいいように解釈している。夢をみている。
でも試してみる価値はある。もし試して失敗しても本当に魔法が使えないことがわかるだけで今と変わらない。失うものは何もない。リン先生だっていつも実験で確かめることは重要だと言っている。知識として知っていることと体験してみることは大違いだと。それに魔法が使えないのだと身にしみればこんな空しい夢想を二度としなくてすむようになる。
おそるおそる差し出された箒に手を伸ばしてみる。
レイ様の使う箒はマヤ先生の箒とは大分趣きが違う。長さはレイ様の身長よりすこし短いくらい。マヤ先生の箒は直線が多く採用されていたが、レイ様の箒は曲線が多く造形が美しい。触るのも躊躇われるくらいの存在感だ。わたしなんかが触ったりしたら爆発したりとかしないだろうか。さっきまで触るどころか乗っかってたのだけれど。
おっかなびっくり手を伸ばすわたし。
「そんなに構えなくても大丈夫だって!ささっ!」
おそるおそる箒に右手で箒の柄に触れてみる。すべすべしていて心地よい。少しくらいなら試してみても大丈夫、じゃなかろうか。
左手も柄にかけ箒にまたがろうとしたその時、するどい雄叫びが響き渡った。
「ひゃっ!わたし変なところに触ってしまいました⁉︎」
あたりを見回すと洞窟の入り口で雪が舞い上がっている。レイ様は洞窟の入口を鋭い視線で睨みつけて言った。
「違う!さっきのモンスターだよ!」
箒は間の悪いことにわたしが持ってる。
「マリアちゃんはさがってて!」
わたしは言われた通りに森の木陰の方に走って逃げる。ここまで追いかけてくるなんて意外と根性がある、というか執念深いモンスターだ。レイ様はモンスターとわたしの間に立ち塞がるようにして陣取り、腰から短めの綺麗な杖を取り出して構えた。
「攻撃魔法はあんまり得意じゃないんだけどっ!」
レイ様の振った杖の先から光の線が幾筋も放たれ、銀色のゴリラへと襲いかかる。モンスターも素早くそれに反応して回避行動をとった。雪原に光の線が降り注ぎ、厚く積もったパウダースノーが派手に舞い上がった。宙に舞い上がった大量の雪はキラキラと太陽の光を拡散した。
「!」
その雪と光が銀色の体毛に覆われたモンスターの姿を隠してしまったのだ。あたり真っ白な光で何がなんだかわからない。
そして、光の中から突如として巨大な白い塊が現れた。
「っ!」
ゴリラが大きな雪玉を投げたのだ。レイ様は杖をふり雪玉を粉々にする。細かい雪が舞い上がり視界が更に悪化してしまった。そして死角からレイ様と同じくらいの大きさの雪玉がレイ様を襲う。
「わぶっ」
雪玉はレイ様にモロに直撃した。レイ様は数メートル吹っ飛ばされて雪の上を転がって行く。
「レイ様っ!」
わたしは思わず叫んで木陰から飛び出した。モンスターと目があう。モンスターはこちらを見据えた途端、ヨダレを垂らし始めた。さっきより酷い臭いがこちらまでただよってくる。
これはまずい。非常にまずい。
まずモンスターの目つきがおかしい。夏至祭の集まりの時に、わたしに一緒にお風呂に入ろうと言ってきた兄様と同じ目つきと同じな気がする。あの時はリン先生が助けてくれたが今はリン先生はいない。
わたしに戦う術なんてない。とにかく逃げないと。
わたしは踵を返して走った。しかし、雪に足を取られてうまく走れない。
気持ち悪いモンスターは、その巨体に似合わない俊敏さで、わたしの方にむかって大きく跳躍した。先ほどまでわたしが隠れていた木をなぎ倒して着陸した。
「キャッ!」
折れて飛んでき丸太が頭にあたり、わたしはそのまま雪に押し流される様にして吹き飛ばされた。わたしはかたく目を瞑って衝撃に備えたが、幸い厚く積もった雪のおかげで痛くはなかった。それでも服のあちらこちらから雪が入ってきて、あまりの冷たさに息が止まるかと思った。わたしは仰向けに雪にすっぽりと埋まってしまったようだった。
わたしがゆっくりと目を開くとモンスターがわたしを見下ろしていた。
今度こそダメかもしれない。
心でいくらそう思っていても身体はしびれていて指一本動かない。
「ウグィ……ウグフフ……ウグィフハハハ……」
モンスターは気持ち悪い声をあげて笑いだした。
意識の焦点がうまく合わない。
寒い、怖い、気持ち悪い、怖い、早く逃げないと。
それらの言葉だけがわたしの心の中をループしていた。視界が外側からだんだんと狭まってくる。眠くて目が開けていられない時みたいな、気を抜くと眠りに落ちてしまうような感じさえする。視界の焦点もあわなくなってすべてがぼやけてみえた。
幻覚だろうか。
ゴリラに脚がもう一本生えてきたように見える。脚じゃなくて腕?そんなのどの図鑑でもみたことがなかった。
モンスターがゆっくりとこちらに近づいてくる。臭い。
モンスターはわたしの匂いを嗅いでもう一度気持ち悪い声で笑うと、わたしの胸元に向けて鋭い爪をのばしてきた。
来ないで。わたしに触らないで。
寒い。意識が遠のく。瞼が重く閉じそうだ。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
瞼越しにでも太陽が輝いているのがわかる。その太陽が突然、輝きが増したように思えた。白く輝き、赤く滲んで明るくなった。顔が暖かい。
精一杯目を開け薄めで熱源の方をみる。人影がぼんやり見えた。マヤ先生?わからない。でもその影は怒っている。激烈に怒っているようだ。さらに空が明るく赤くなった。
しかし、わたしはそれ以上、瞼を開けていることが出来なかった。
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