マリアとレイ
わたしの案内により、わたしたちは迷わずに洞窟の外まで出てくることができた。
外にでると雪は止んでいて風もない。雲の切れ間から珍しく太陽が出ていた。洞窟の中にいたのは、時間にしたらそんなに長くなかったはずなのだが、太陽と外の空気が懐かしく感じた。
「はい、到着~!すごいねマリアちゃん、本当に迷わないで出れたよ」
レイ様は洞窟前の開けた場所にふんわりと降りたった。
レイ様に力一杯しがみついていたので身体中がゴワゴワだ。地面に降りると掴まれてた方の脚が痛み、立つのがやっとだった。でも思いっきり上半身をのばす。
ああ、生きててよかった。まだ信じられない。でも身を刺すような寒さが現実感を与えてくれる。
そんなわたしの肩をレイ様はちょんちょんと叩いた。
「マリアちゃん服破れちゃってるよ。あの……それで……あの胸がね……そのね」
「っ!」
なななななんてこと!急いで破れたコートの残りを引っぱって隠す。
「ごごごごごめんなさいごめんなさい!初対面であるレイ様にお見苦しいものを……」
「ややや、そんなそんな!その、マリアちゃん胸大きいっていうかすごい女の子っぽいっていうか!羨ましいくらいだよ!って、そうじゃなくて……」
レイ様もなんだかパニクってるみたいだ。
「やだ何言ってんだろわたし……」
レイ様は両手で真っ赤になった頬をおさえている。
わたしはなんとか余った布をあつめて止めて寒くない程度には身なりを整えた。
並んで立つと、レイ様はわたしより背が頭一つ高くスレンダーだ。グレーのシンプルなコートに身を包んでいて、全体的に落ち着いた装いなのだが、よく見ると小物入れなどにマヤ先生の趣味に合いそうなロリロリしい意匠が施されている。しかし、それがワンポイントになっていて可愛らしい。
「お母さんと連絡とるね?途中で二手にわかれたんだ。すぐ済むからマリアちゃんは暖かい飲み物でも飲んで体あっためててね」
レイ様はバッグから水筒を取り出し、熱めのココアをわたしに分けてくれた。疲れて冷えた体を甘いココアが温めていく。わたしが飲んだあと、レイ様は同じカップに自分の分のココアを注ぐとフーフーと息を吹きかけてココアを冷ましている。レイ様は猫舌なのだろうか。唇を尖らせて息を吹きかける仕草がかわいい。
レイ様はココアを飲みながらペンダントに何度も杖をあてた。
「返事がないなぁ……どうしたんだろ。お母さん絶対迷ってるよねー。お母さんって破滅的な方向オンチなんだ。出発した建物が見えなくなるくらい遠くに行くだけで何故か帰ってこれなくなっちゃうの。だからこういう迷路みたいな洞窟とか絶対迷ってると思う」
なるほど。だからマヤ先生は最初のうちは尖塔が見えるところまでしか調査につれていかなかったのか。遠くまでは行けないって言ってたから何か規則があるのかと思っていた。
「すぐ探しに行ったほうがよいのではないでしょうか?マヤ先生がどんどん奥に行ってしまって洞窟から出られなくなっては大変ですし……マヤ先生がモンスターと鉢合わせてしまう可能性も……」
「あー、大丈夫大丈夫。お母さんの魔法はすごいから出てこられないってことはないと思う。モンスターと鉢合わせても、まあ……問題ないかな。それに経験上、わたしがお母さんを迎えにいくとだいたい裏目にでるんだよね……だからここで待ってるのが一番いいと思う。お母さん気が短いからすぐ出てくるよ、きっと」
「それならよいのですが……」
一瞬、早くここから離れて誰か人を呼びに行った方が、とも思った。しかし、わたしは本来なら外に出てはいけないのだ。ただのペナルティではすまないだろう。それに誰に助けを求めたらいいというのだ。全てに無関心なお父様?それともあの兄様たち?助けてくれるはずもない。レイ様は落ち着き払っている。さっきもあの大きなモンスターを軽々と手玉にとっていたし、わたしほどあのモンスターに脅威を感じていないのだろう。
レイ様はのんびりとココアをすすっていた。全然心配してなさそうだ。わたしもあんまり心配しない様にしよう。外のことは外を知っている人に従おう。外にでれば外の人に従え、だ。うん、語呂が悪い。
レイ様の横顔はよく見るとマヤ先生によく似ていた。本当に親子なんだなあと思う。ただ仕草や表情がマヤ先生よりも柔らかくて線が細い。マヤ先生はもっと攻撃的というか強気な印象だ。わたしも家族に似てるんだろうか?少なくともお父様とわたしはあまり似てない。容姿で似ているのは髪の色くらいのものだ。性格は……どうだろう、お父様はそもそもほとんど会わないし喋っているところをみるのも数えるくらいしかない。一族の特徴である男性でもないし結界魔法も使えないし。お父様や兄様達と比べるなら、まだリン先生に似てる。髪の色は全然違うけど。
親子ってどのくらい似るものなんだろう?あ、でもレイ様とマヤ先生の箒の操縦は全然違ったな。
「レイ様の箒の運転、でいいのでしょうか?運転はマヤ先生とはずいぶん違う感じがしました。スムーズというか」
「あ、ほんと?わたし箒のライディングにはちょっと自信あるんだよね!わたしこれでも箒レースに出てるんだー」
「箒レース?箒に乗って競争するのですか?」
「そうそう。箒レースと言っても色々あるんだけど、わたしが出てるのは箒を使ってやる障害物レースかな。森とか街中とかでレースするの」
「なるほど」
たしかに箒に乗る人がたくさんいればその腕を競おうということにもなるだろう。
「他にはどんなのがあるのです?」
「ドラッグレースとかもあるよ。速くまっすぐ飛んで先にゴールした方が勝ちってやつ。お母さんドラッグレースならチャンピオンになったことあるって言ってた。あとは曲乗り大会とかかなぁ?空中で箒から一回はなれたり片足で立ち上がったり宙返りしたり。男の子に人気があるね」
「はー、そんな世界があるのですね……想像もつきませんでした」
「マリアちゃんもやってみたらきっとハマるよー!あ、わたしお菓子も持ってるよ?食べる?」
親子と言っても似てるところと似てないところがあるようだ。でもこの生き生きとしていて可愛らしいところはとっても似ている。
「レイ様はすごいです。わたしとあまり歳も変わらないのに一人でこんな寒いところに来たり、魔法であんな大きなモンスターを倒してしまったり……すごくかっこよかったです」
こんなにカッコいい人初めて見た。というかカッコいいという言葉の意味を初めて理解できたように思う。
「いやいやいや!全然すごくなんかないよー!ここまでくるのもお母さんの同僚の人に途中まで送ってもらったし、魔法だってお母さんと比べたら全然……まあ箒に乗るのはお母さんより得意だけど、それだってお母さんの箒のライディングがアバウトすぎるだけで……」
レイ様は顔を真っ赤にしつつ両手をふって謙遜した。
「マヤ先生のライディングってそんなにアバウトなんですか?」
「加速とか停止とか方向転換とかすごくなかった?わたしはちっちゃい頃にお母さんの後ろに乗せてもらっても、すぐに酔っちゃってダメだったの。だから早いうちに自分で箒に乗るようになったんだ。マリアちゃんは酔わなかった?」
箒に乗ったこと自体が初めてだったので何が普通なのか、そもそもわからなかった。
「わたしは大丈夫でした。びっくりはしましたけれど」
「あはは、そうだよねー。びっくりするよねえ。私は初めて乗せてもらった時は急加速で首が攣ったよ~。まだ小さかったからしばらくの間、首にコルセットつけることになっちゃってね~」
レイ様はなんでもなさそうに笑ってるけど、それ大丈夫だったんだろうか?
「あ、マリアちゃんは箒乗るの得意?」
ちょっと息がつまった。
「いえ、わたしは乗れません。魔法が使えないのです」
「えー、そうなの?わたしより魔法のセンスありそうな感じするけどなぁ。やってみたことないだけじゃない?」
「確かにやったことはありませんが……」
言われてみれば試したことはない。最初からできないといわれて今まで試してみる気にもならなかった。
「あ、じゃあちょっと試しに乗ってみる?わたしがやり方教えてあげるよ!」
レイ様は笑顔で箒を差し出してきた。
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