モンスター
小さな足場を利用してやっとの思いで段差の上によじ登った。
しばらく時間、地面に伏せてすごすことにする。洞窟内はとても静かだ。
十五分以上はたった気がする。
大丈夫……っぽい?
時間が経っても洞窟内は静かなままだ。あの大きな生物はどこかの分かれ道で別の方向に行ったのだろうか?ここまでついて来てくれて私に気がつかずに通り過ぎていってくれたらそれがベストなのだが。
怖いけれど、このままここに居続けるわけにもいかない。寒さがひどくて手がかじかんで来たし、トイレにも行きたくなってきた。段差から降りて元来た道を引き返してみよう。
登る時は必死だったから気にしなかったが、岩の表面に凹凸が少なくて取っ掛かりが少ない。登るよりも降りる方が大変なことに今さら気がついた。さすがに一気に飛び降りるのはちょっと無理そうな高さだし、ここは身体を岩側に向けて慎重に降りるしかない。
まず左足をゆっくりおろして、つま先で足場になりそうなとっかかりを探す。早くしないと。そう焦るほどに足場が見つからない。やっとのことで一歩目の左足の足場を発見できた。大丈夫、これを繰り返していくだけだ。次は右足……。
そーっと伸ばした右足を急に何かに掴まれた。心臓が止まりそうになる。
「キャッ!」
声をあげた瞬間、掴まれた右足をすごい力で引っ張られて体が宙に浮いた。天地が逆さまの宙釣り状態になる。そのとき、初めてモンスターの姿が見えた。体長は三メートルくらいだろうか。全身が銀色の体毛に覆われているが、すごい筋肉だ。口には鋭い牙がズラリとならんでいる。図鑑で見たことがあるゴリラという生き物に似ていた。銀色の大きなゴリラだ。
目の前でモンスターが大きく咆哮した。低い大音声で服がビリビリと震えた。耳が痛い。唾が周囲に飛び散り、わたしの顔にもすこしかかった。何より鼻が曲がりそうなほど息が臭い。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!)
えっ、わたしもしかしてこのまま食べられちゃうの?あの牙で?
なんとか助けを呼ばなきゃ。でも誰を呼べばいいの?とにかく何かしないと!
口を開いたが声が出てこなった。喉がつまったように息ができない。モンスターがわたしを食べようとして口に運ぶ。鋭いキバが迫ってくる。
モンスターのキバにわたしの頭が砕かれようとした時、マヤ先生からかけてもらった結界石のペンダントがまばゆい光を放った。赤い光はわたしを噛み砕こうとしていたモンスターの牙を押し返す。そしてモンスターの牙の数本を少しかけさせたところでところで光が消え、結界石はヒビだらけになってしまった。
モンスターは欠けた牙が痛かったのか、わたしの足を掴んでいるのと逆の手で口元を抑えた。そのとき、運悪くモンスターのわたしの顔ほどもある爪がコートに引っ掛かってしまった。次の瞬間すごい力がかかりコートが引き裂ける。
「きゃあっ!」
マヤ先生が縫ってくれた黄色のコートとその下に着ていたゴスロリ服の一部がちぎれとび、鎖骨のあたりの肌が露出した。
「~~っ!」
わたしは産まれてこのかた、乳母以外の人、いや生き物に首から上と手足以外の肌を見せたことなんてないのに!モンスター相手とわかっていても咄嗟に手で隠してしまう。
わたしのその仕草を見て銀色のゴリラの様子がさっきまでとは一変する。わたしを上から下までジロジロと舐めるように見はじめた。そしてゴリラの口元に下卑た笑みのようなものが浮かぶ。モンスターなのにヒトみたいな表情。鳥肌が立つような笑みだった。
気持ち悪い。ゴリラだけどこれはいやらしい目つきだ!急激に怒りがわいてきた。
「このっ!」
わたしは腰ベルトからナイフを取り出す。リン先生が砥いでくれた特製解剖ナイフで斬れ味は折り紙つきだ。わたしの足を掴んでいるモンスターの手の指と爪の間に思いっきりナイフを突き立てる。
「とりゃあっ!」
ナイフは何の抵抗もなくスルリとゴリラの皮膚にすべりこみ、切り裂いた。ゴリラは叫び声をあげ、わたしの足を掴んだまま振り回した。
「グッギャァッアァァッ!」
上下左右、前後ろもわからなくなるほど、めちゃくちゃに振り回される。
目が回って気持ち悪い。右足が足首からちぎれそうに痛い。
もうダメかも……。
そう思った時、突然洞窟内が光った。
わたしの足首を掴んでいた力がフッと緩み、わたしの身体は宙に投げ出された。ふわっと体が浮く感覚からすぐに重力でひっぱられる感覚に変わる。
あ、落ちる。
固く目をつむり、衝撃に備えて身を硬くする。が、衝撃はいつまでも来なかった。
地面にたたきつけられる代わりにふわっと柔らかい何かに包み込まれたのだ。
「大丈夫?怪我ない?マリアちゃんだよね?」
恐る恐る目を開けると、地面に叩きつけられるはずだったわたしは見知らぬ女の子の腕の中にいた。マヤ先生とお揃いの赤い髪の毛に、緩いウェーブのかかったボブカット。キラキラとした大きな瞳のつり目。
どうやら空中に放り出されたわたしを箒に乗ったままキャッチしてくれたらしい。
怒り狂ったモンスターがわたしたちを捕まえようと暴れだした。モンスターの大きさも相まって洞窟内はせまく、逃げ場はあまり無い。
「しっかりつかまってて!」
女の子は箒を巧みに操りひらひらとモンスターの腕をかわす。わたしは一生懸命女の子の腰にしがみつく。すごくアクロバティックな動きをしているにもかかわらず、マヤ先生の箒に乗っている時より怖くない。右へ左へ上へ下へと滑らかに変化する。モンスターの爪を交わし、腕の間を通り抜け、足の下をくぐり抜ける。
やがてモンスターはヘトヘトになり、ついには尻もちをついた。その隙に女の子は空中に静止し、モンスターの真上の天井についている無数の氷柱をめがけて杖を振った。杖の先から光が放たれ、氷柱を砕く。地面にへたり込んでいたモンスターめがけて大量の氷柱が降りそそいだ。モンスターは奇声とともに氷に埋もれ静かになった。
「ふぅ。これでしばらくは時間を稼げると思う。今のうちに外に出よう」
わたしをのせた女の子の箒はそう言うと、洞窟の出口への通路に飛び込んだ。
すごい、まるで魔法みたいだと思った。魔法なんだろうけど、なんというかかっこいい。
「今のうちに外に出よう。マリアちゃんはここまでの道順って憶えてる?」
「はい、覚えてます!」
「よかったー、じゃあ案内をお願いしていいかな?わたしちょっと自信ないんだよね、あはは」
女の子はわたしの道案内にしたがって順調に出口に向かう。後ろからモンスターが追ってくる気配はない。わたしたちをのせた箒は、わたしがさっき必死に走り抜けてきた通路を高速で翔け抜けていく。
「助けて頂いてありがとうございました。わたしはマリアと申します。歳は十四です」
「わたしはお母さん、じゃなかった、えーとマヤの娘のレイっていいます。歳は十五!マリアちゃんの一個上だね。よろしくね!」
マヤ先生の娘さんは歳上だった。マヤ先生の外見と、なんだか計算が合わない気がする。歳下よりはいいのだけれど。
「よろしくおねがいします、レイ様」
「えー、様付け?あの……様づけはちょっと……わっぷ、危ない!」
よそ見をしていて一瞬壁にぶつかりそうになった。レイ様は「とりあえず外まで出ちゃおう」と言いながら軌道修正をする。そして、広くなったり狭くなったりする洞窟内をいとも簡単にひらりひらりと通り抜けていった。
レイ様のライディングはすべてがスムーズだった。マヤ先生とは全然違う。今思えばマヤ先生のライディングはもっとこう、全てがダイナミック、というか大味だったのだ。箒で空を飛ぶのにも色々あるんだな、と思った。
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