氷の洞窟

 今日は雪こそちらついてはいるものの雲の向こうに太陽が見えるくらいに雲が薄い。それに風もほとんどない。今の時期、このあたりではかなりいい天気と呼べる天候だ。

「今日はいい天気ね。わたしたちの新しい探検にはうってつけの日!」

「え、新しい、ですか?昨日も探検したじゃないですか」

「ふふん、毎日が新しい探検だよー。そう思った方が楽しいのよ?昨日と同じことが起こったとしても、それは今日は昨日と同じ繰り返し、という意味ではないの。今日新しく同じようなことが起こっただけなのよ」

「そういうものなのですか……?なんだかよくわからないです」

「まあ、魔法使いの心得ってやつよ。そんなことより!今日は洞窟探索よ!絶対何かある予感がするわ!」

 例の洞窟は、わたしが見たことのあるどの地図にも記載されていなかった。念のため、尖塔に帰ってから尖塔群にある地図をすべて取り寄せて調べたけれど、やはり載っていなかった。どうやら前人未踏の洞窟ということになりそうなのだ。そのことが判明したとき、マヤ先生はわたしよりはしゃいでいた。

「マリアちゃん、こっちだったっけ?」

「えっと、そっちじゃなくてこっちです」

 この数日、マヤ先生と行動を共にしていてわかったことがある。マヤ先生は俗にいう方向オンチというやつだと思う。何度か行ったところでも、まず戻ってくることができないしもう一度行くこともできない。なのでわたしは地図を持参して道案内の役目を買って出た。洞窟の位置は昨日地図に書き込んでおいたので今日は迷わずに最短経路で洞窟についた。

「よっし、迷わずに着いたーっ!マリアちゃん、ナビありがとね!」

「いえいえお安い御用です!でも、改めて見ると不思議な場所ですね」

 洞窟のある場所は周囲の地表から百メートル、いや百三十メートルほど窪地になっている。窪地の底には雪が吹きだまっており、風はないがしんしんと寒い。とても背の高い木が、窪地の底から地表の木と同じ高さまで伸びていて、空からは窪地になっているとは分からなかった。

 氷の洞窟は、入り口の幅は60メートル、高さは100メートル程あり、入り口からは奥がどこまで続いているのかわからないが、かなり深そうだった。氷が木々の間を縫って落ちてきた光を受けてきらめいていて、とても厳かな雰囲気をたたえていた。見るからに「何かありそう(マヤ先生談)」な感じがした。ぼんやりと光って見える洞窟が来訪者を誘っているようだった。

「じゃあさっそく洞窟を探検といきましょうか!」

「はいっ!準備は万全ですわ!」

 わたしは外の世界に触れてからドキドキしっぱなしだった。毎日が楽しくて新しくて素晴らしかった。だけど今日はきっともっと素敵な日になるに違いない。なにせ前人未踏の場所を探検するのだから。しかも氷でできた洞窟。ワクワクしないわけがない。

 マヤ先生はそんなわたしの様子を見て優しく目を細めた。

「ふふ、マリアちゃんが楽しそうでよかったわ。さあ!行きましょう」

 興奮しているのが表情や素振りに出ていたようで、ちょっと恥ずかしい。昔から感情を隠すのは苦手ですぐ顔にでてしまうのは自認している。せめてもうちょっとスマートな立ち振る舞いが出来るようになりたい。

 洞窟に一歩足を踏み入れたところでマヤ先生がふいに立ち止まった。

「……あ、ちょっと待って」

 マヤ先生の胸のペンダントが震えている。マヤ先生はペンダントに魔法の杖を当てるとしばらく独り言を言いはじめた。

「……え、もうそんなところ……途中までおくってもらった?……ああ、ほんと……そうだったわね」

 誰かと話しているみたいだ。

「マリアちゃんゴメン。ウチの娘、もう近くまで来ちゃったみたい。すぐ近くに一人でいるみたいだから先に迎えに行ってもいいかしら?」

「えっ、娘さん一人でいらっしゃったんですか⁉︎わかりました、では一旦引き返して……」

 とはいうものの、わたしの意識はもうすでに氷の洞窟に釘付けだった。あとほんの少しだけど娘さんと合流してから何を話せばいいのかわからないし、心の準備ができてなくて怖い。

「あの……マヤ先生、わたし先にここで準備しててもいいでしょうか?この洞窟の入り口や材質について記録しておきたいので」

 初対面の人に会うあれこれを抜きにしても、初めて人が入る場所の探検なら記録には万全を期したいのは本当だ。マヤ先生はわたしの申し出についてしばらく考えていた。

「んー……絶対一人で中に入っちゃダメよ?調査は入り口だけ。見たところ生き物の気配はないし、このあたりには危険なモンスターはいないという話だし……んー。見知らぬ植物には注意してね?あと昨日みたいに熱中しすぎないこと」

「はい、今日は注意します。わたしも身の程はわきまえておりますし」

「絶対に約束よ?あ、そうだ。これを渡しておくわ。結界石のペンダント。リンが今回の報酬としてくれたのよ。念のためのお守りとして持っておいて」

 この前リン先生と一緒にカエルから作った結界石だ。流石リン先生、わたしが作ったものよりも結晶に濁りがなくて綺麗に作ってある。結界効果も数段上だろう。マヤ先生はわたしにペンダントをつけてくれる。顔がちかくてなんだか恥ずかしい。甘くていい匂いが鼻腔をくすぐった。

「これでよしっと。じゃあ急いで迎えに行ってくるわね。すぐに帰ってくるから!」

 そう言うとマヤ先生は箒で宙に舞い上がり、いままでに見たこともない速度であっという間に見えなくなった。わたしと乗っているときは速度を抑えていてくれたみたいだ。

 さて、さっそく調査開始だ。マヤ先生が帰ってくるまでどのくらい時間がかかるかはわからないけれど、せっかくだからこの氷の洞窟についてできる限り調べておかないと。そもそもこれは本当に氷なんだろうか?触れば冷たいし、氷っぽいことは氷っぽい。でも透明過ぎる気もするし、何より表面がなめらかすぎる。サンプルをちょっと持って帰ってリン先生が帰って来たら見てもらおう。いいお土産にもなるし。氷というものはどこにでもあって稀少価値はないはず。だから多少は採取していっても問題ない、と思う。たぶん。

 わたしは道具がつまったロリロリなバッグを雪の地面に置き、研究セットの中からロックハンマーを取り出した。ロックハンマーで氷の洞窟の壁面を少し叩く。しかし小さな傷一つすらつかない。

「?」

 すこし弱すぎたのかな。次は結構強く叩いてみた。が、少し跡が着いただけだった。なんて硬い氷なんだ。

「んー、氷って寒さで硬さ変わったっけ?」

 あまりにうまくいかないのでちょっとイライラしてきた。よーし、今度は思いっきりぶっ叩いてやる。できるだけおおきく振りかぶって……。

「このっ!」

 反動でちょっと手が痛くなったが、その甲斐あってゴロッと大きめの欠片が砕けて落ちた。手に取ってみると宝石みたいに煌めいている。思ったより大きく取れてしまったが、ギリギリでなんとか採集瓶に収まりそうなサイズだ。

 手袋をはずして手にとってみると、冷たいことは冷たいがどうにも変な感じだ。しっとりとして手に吸い着く。

「本当に氷?ガラスっぽい岩なのかな?」

 氷の洞窟のカケラを光にかざしてみる。入射角を変えるたびに内部の気泡とも傷ともつかないものが光を反射してキラキラと煌めいた。こんなにキレイなのに氷に価値がないなんて不思議だ。まあ溶けちゃうんだからしょうがない。リン先生が帰ってくるまで冷暗所で保管しておけば溶けないでとっておけるだろうか。

 あまりにもキレイなので、いつまでも眺めていたかったが、手の熱で溶けてしまってはいけない。採集瓶にしまっておく。

 リン先生にプレゼントしたら喜んでくれるだろうか。そういえば今まで、リン先生に何かをプレゼントしたことがなかった。わたしから誰かにあげる初めてのプレゼントだ。まあ、ただの氷なんだけど、こんなにキレイだし。

 その時だった。

「グルッ……」

 どこかで大きな獣のようなものが低くうなったような気がした。

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