帰還
わたしたちは湖のまわりを小一時間かけてのんびりと周遊したあと、尖塔に戻った。窓を開けっ放しだったため室内には雪が吹き込み、積もっていた。
「あっちゃー、窓閉めて出ていかないといけなかったね」
マヤ先生は失敗失敗、といいながら頭をかいている。
「マリアちゃん、疲れたでしょ?」
わたしは首を振る。確かに軽い疲れは感じるが気分が高揚している。軽い疲労などむしろ心地よく感じた。
「さすがに若い子は体力があるわねー!それで初めての外の世界はどうだった?」
わたしはその言葉にハッとした。
「マヤ先生、今日はありがとうございました。なんて言ったらいいかわからないのですけれど……色々すごかったです。ほんとに……すごかったです。マヤ先生にはいくら感謝してもたりないくらいです」
本当になんてお礼を言ったらいいのかわからなかった。動物も植物も、既に死んだサンプルならば実験でたくさん触ってきた。でもどういう風に動くのか、どんな仕草をするのか、どのくらいの体温なのか、どんな鳴き声なのか、どんな毛のツヤなのか。知識としては知っていたけど本当は何もわかってなかったのだ。図鑑を読み、その内容を全て暗記していただけで、わかった気になっていた自分を思い知らされた。自分一人では生きた本物がどういうものであるか決してたわからなかっただろう。今日の出来事があまりに衝撃的すぎて、自分自身が別人に生まれ変わったような感じさえある。一言で言い表すなんてとてもできそうになかった。
「フフ、喜んでもらえたみたいでよかったわ。そうだ、せっかくだからわたしがいるうちにやること、何か目標決めよう?レアモンスターとか薬草とか高く売れるものを採集する!とか、貴金属の鉱脈を発見する!とか。あんまり遠くへは行けないんだけど、この辺でさ!」
マヤ先生のテンションも高くなっているようだった。
わたしはただ外を見て回れるだけでも楽しい。でも確かに何か目標を決めるのもいいかもしれない。マヤ先生のあげた目標の例が金目のものばかりなのは突っ込まないでおく。
「目標……ですか。何がいいですかね。うーん、この辺りで珍しいもの……そういえばこのあたりでしかとれない永久氷晶という非常に珍しい鉱石があるそうです。なんでも冷気を溜め込んだ石でどんなに暑いところに持っていってもずっと冷たいままなのだとか。あとは薬草でしょうか。ブラッドポピーもそうですけれど、このあたりには他にももっと高価な薬草が群生していることがあると聞いたことがありますが……」
「永久氷晶!名前がかっこいいわね!カイロの逆版って感じかな?うちの職場、夏はあっついから欲しいな~」
「発見はかなり難しいとされてます。わたしも現物は見たことなくって、図鑑でしか見たことがないです」
「ふむふむ、なんか宝さがしみたいでいいわね。じゃあ明日からこのあたりを探検しつつそのレアアイテムを探してみようか。授業内容はハンティング……じゃなかった、フィールドワークということで!」
「はいっ!」
「うん、いい返事!慣れるまでは少しずつやっていこうね。それまでにマリアちゃんも調査に必要なものがあったら言ってね~」
「わかりました!」
「準備が整ったら本格的な探検ということで少し遠くまでいってみましょう。とりあえず服だけはもうちょっとなんとかしよっか。そのままだとダボダボで動きづらいでしょ?」
わたしは初めて自分の姿を鏡でみた。絵本でみた雪男みたいになっている。
「そのコートとか一式全部マリアちゃんにあげるよ。今は丈だけ合わせるけど、暇みてマリアちゃん用に仕立てなおしてあげるね!家庭的な魔法はどれも苦手なんだけど唯一、裁縫魔法だけは得意なんだー」「なにからなにまでありがとうございます!」
「ははは、喜んでくれて嬉しいよー」
マヤ先生の少し照れた顔もとても綺麗だった。
一息ついたら二人のお腹が同時にグゥっとなったので夕食にすることにした。
この日の夕食は王都の定番料理だった。書き置きにしたがって料理を取りに行ったマヤ先生いわく、珍しくリン先生からのリクエストがあった、と料理番が言っていたそうだ。さすがリン先生、疲れてくるだろうマヤ先生を気づかって手を回していたに違いない。
「ちっ、リンのやつめ……」
「マヤ先生、どうかなさいました?」
「えっ、いや……なんでもないのよ?決してこの料理が苦手とかそういうんじゃなくてね?さっ、いただきましょう」
そう言ったマヤ先生の顔は少し引きつって見えた。
「?」
マヤ先生は無言で食事を進めていたが最終的に料理を少し残した。旅の疲れで胃が弱っている、とのことだ。
「マリアちゃんはリンがいない間は何食べてたの?ここから出られないんでしょう?」
「はい。わたしは非常用の缶詰を食べてました。一応、何かあったときのために備蓄があるのです。ただ……」
「ただ?」
「その缶詰がすごくおいしくなくて……。だからマヤ先生が来てくださって本当に助かりました」
「えー、またまたぁ!缶詰でそんなに不味いのなんて中々ないでしょう?」
「これなんですけど……」
わたしは缶詰の空き缶をマヤ先生にみせた。
「これ……。これってまさか料理番から支給されたの?」
「いえ、リン先生が買ってきたものですよ。以前はもっと別の缶詰だったのですがリン先生がこっちの方がいいとか言ってわざわざ遠方から取り寄せたそうです」
「リンが?」
マヤ先生は訝しげな顔をしている。
「ねえ、マリアちゃん。リンって今体重どのくらいかわかる?わたし今回の件も連絡だけでリンに直接あってないから最近のリンがどんな感じかちょっとわからないのよ」
「えっ。体重ですか?ちょっとわからないです」
「じゃあリン太ってる?」
「えっと……どうでしょう……」
「リンに遠慮なんてしなくていいのよ!太ってるのね?」
「ふくよかでは……あります。でもひと頃に比べれば最近は大分スマートになりましたが」
「ぷっ、ははは!へえー。人は変わるものねえ。わたしの知ってるリンはガリガリだったわ。そう、ちょうどマリアちゃんにメガネをかけてもっとガリガリにした感じ……髪の色は違うけど」
マヤ先生がわたしをジロジロと眺めた。
「そうういえばリンとマリアちゃんってどことなく似てるわよね」
「あー、よく言われます。リン先生が言うには同じ環境で同じ物を食べたり同じような生活をしていると顔が似てくるそうですよ」
「そんな。イヌやネコじゃないんだから……」
「イヌ!いまイヌといいましたか!ネコもそうですが、イヌもネコと対をなす魔性の獣だと読んだことがあります!一緒に生活していると似てくるってイヌやネコは変身できるのですかっ!?」
「マリアちゃんなんでそんなにイヌやネコの話題に食いつくの……?別に変身能力があるわけじゃないのよ」
それからわたしはリン先生の話はすっかり忘れて、マヤ先生に犬と猫の話を詳しく話してもらったのだった。
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