魔法生物学
「はい~、じゃあ今週から魔法生物学に入っていきます~」
リン先生はいつもの調子で授業を開始した。
「では基本的なところから~。普通の生物と魔法生物の違いはなんですか~?」
一応予習はしてきてある。別に面白そうだからとワクワクしてのことではない。予習復習は淑女の嗜みなのだ。
「一番の違いは生来の魔法的な要素を持っているかどうかです。魔法を使える生物はもちろん、魔道具の材料になる魔力を蓄えた部位をもっている生物も魔法生物に分類されます。それ以外は普通の動物です。また魔法生物の特徴として魔力の強さは同一種族の中でも個体差が大きいというところです」
「いいですね~。最新の学説をしっかり予習してありますね~!世の中には魔法で姿を作り変えられた生物を魔法生物と呼ぶ人たちもいますが、それは間違いなんですね~。では魔力を蓄えた部位は何に使われますか?」
「部位によってことなります。消化器官に魔力を蓄えている生物は大抵、通常の消化器官では消化できないような食物も消化することができます。筋肉などに魔力を蓄えているものは通常発揮できる筋力よりも数段上の力を発揮することができます」
リン先生は満足そうにうなずいた。
「さすがお嬢様です~。ではここで問題です」
そう言うと用意してあったバットの蓋をあけ、中から一匹の魚をとりだした。見覚えがある魚だ。たまに食卓にあがることがある。
「この魚は窓の外にみえる湖に生息するキタレイクトラウトです~。夕食でなんども食べてますね~。ムニエルが美味しいんですよね~」
じゅる、とよだれの音が聞こえそうな顔で魚をみつめるリン先生。
「先生、まだ夕食には時間があります……」
「おっといけない~、よだれが……。えっと~実はこの魚、魔法生物なんですよ~」
「……え?そうなのですか?図鑑ではただの魚と……」
リン先生はチッチッチッとたてた人差し指をふった。
「常識を疑え、です~。常識とはみんなが思う『おそらくこうだろう』であって真実とイコールではないかもしれませんよ〜?」
ふいに魚を宙に放り投げるとナイフで目にも止まらぬ速さで三枚おろしにした。もう見慣れてしまったが、そういえばリン先生はこういう技術を一体どこで身につけたのだろう。解剖を何度もしていれば誰もがこれくらい手際良くなるのだろうか?
「あ、お嬢様はまだご自分のナイフ持っていなかったですね~。あとでこれプレゼントいたしますね~。わたしが作った特製ナイフで切れ味抜群なので取り扱いには注意してくださ~い」
リンはナイフをくるりと回してテーブルの上に置いた。すごく得意そうな笑みを浮かべて。
「血液に魔力がやどってるんですよ~。ここよりもっと北の方の一年中氷に閉ざされるようなところに棲む魚は体内にアルモニアなどの物質が入っていて体が凍らないようになっているのはご存知ですか~?あれは臭くて食べられないんですが、キタレイクトラウトは冬の間、とくに冷え込んだ時などに血の中の魔力が働いて凍らずにすむわけです~。臭くないので美味しくいただけますしね~!」
「普段食べてる魚が魔法生物でしたなんて……」
「図鑑にのってないのは、わたしが発見したからです~!ふふん!このあたりでは魚は必ずすぐに血抜きする習慣があるので誰も気がつかなかったんでしょうね~」
「すごい!大発見です!はやく王都に報告しましょう!図鑑が書き換わるなんて素敵です!」
「いや~、それが王都の学会とは昔ちょっと一悶着ありまして~……いずれ時が来たら報告します~、気が向いたら」
「そう……ですか……。とても素敵なことだとおもったのですが、リン先生がそうおっしゃるのでしたらわたしにどうこういう資格はありません。はしゃいでしまってすみません」
いつも読んでた本にリン先生の名前が載るなんて、とっても素敵なことだと思ったのにリン先生は全く興味ないようだった。自分だけ盛り上がってしまってちょっと恥ずかしい。
「ともあれ、学説というのは暫定的なものなのです~。なんでも鵜呑みにしてはいけません~。お嬢様はとても優秀なかたですが、優秀な方ほど理屈が通っていれば疑わないということがありますので注意なさってください~」
お嬢様は私みたいに優秀ですから、とリン先生は笑いながらつけたした。
それからも講義は続いた。
内容が一般教養から魔法生物学へと変わったがいつもの勉強だ。大体同じ毎日が少しずつ細部を変えて繰り返されていく。平坦だが日々に少しずつ波打つ感情とうまく付き合いながら、こんな日々が続いていくのだと思っていた。
しかし転機がおとずれることになる。
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