夕食2

「あの時は本当にありがとうございました。リン先生があのとき料理を運んできてくださらなかったらわたし……」

「いいえ~たまたまですよ~。あの時はなんでも人手が足りないとかで急に給仕をやるようにと言われましてね~。慣れないものですからあのような失態を~……あははは。でもよかったです~、お嬢様のピンチをおすくいできて~!まったくあの愚物ども……じゃなかった~、お兄さまたちも困ったものです~」

 リン先生は口元をおさえながら控えめに笑った。

「でもなんでお兄様はスープを被ったあとは大人しくなったのでしょう?リン先生にも大声でお怒りになるかと思ったのに」

「さあ~、私にはわかりませんね~。わたし特製のスープが食べられなくてショックだったんじゃないですか~?」

 リン先生はわからないという。わたしにも理由がまったく思い当たらない。

「リン先生は本当にあの後、お兄様に酷いことされなかったんですよね?わたしのせいでリン先生になにかあったら……」

「前にもいいましたが何にもありませんでしたよ~?だいたいあんな脳味噌が猿レベルの筋肉達磨……じゃなかった~、あのような知性が少々劣ったかたに最高級の知性を持つわたしがどうこうされるわけありませんわ~。今頃はあのかたも反省してご自分の知性にふさわしく猿のように四つ足で雪原でも歩きまわったり吠えまくったりしてるんじゃないですか~?」

 なんちゃって、と軽く舌を出してみせるリン先生。

「もう!リン先生ったらいくら冗談でも酷いですよ?」

 わたしを元気付けようとしてくれているのだろう。

「あの人たちはどうしてお嬢様に対して優越感を持てるのか不思議ですね~。お嬢様と比べても何一ついいところなんてありはしないのに~」

 リン先生はそう言ったが、わたしには思い当たる節がたくさんあった。

「そうでしょうか……?一族の中でわたしだけ魔法が使えません……封印魔法でこの土地を治めている一族なのにです。穀潰しと言われても仕方ありません。それに本来なら男性しか生まれないはずの家系なのにわたしだけ間違って女に生まれてしまって……力もなく、なんの役にも立たない……」

 わたしはうつむく。あの時の屈辱と恐怖が脳裏に蘇る。どんなに力を振り絞っても抵抗できない絶対的な腕力の差、体格の差。誰も助けてくれない絶望感。心の芯が冷えていく。

 自分は劣った存在である。そのフレーズが思いだされた無力感と絡み合って胸の奥の方にまで沈んでいくような感じがした。

「お嬢様、それは違います」

 いつものんびりと少し高めの声で喋るリン先生が急に一段低い声音で話したのでびっくりして顔をあげる。リン先生はフォークとナイフをおいてこちらをまっすぐみていた。

「お嬢様、もう一度言いますが、それは違います。この尖塔、あなたがたの一族においてもっとも優れているのはお嬢様です」

「リン先生……?」

「まぁ~?普通に考えまして~、あのぶくぶくに太った連中よりお嬢様のほうが細くて~頭もよろしくて~」

 ちょっとバツがわるかったのかいつもの調子で歌うように言い始める。

「なによりお嬢様はとっても可憐ですわ~」

 あんまり急に褒められると恥ずかしくなる。

「もう、リン先生!冗談はそのくらいにしてください!それに……ふふ……ぶくぶく太ったは流石にあんまりですわ」

「他の人たちには言わないでくださいね~、わたし家庭教師クビになってしまいます~」

 あははは、とわたしたちは笑った。

「そうそう~、それで魔法学概論はいかがでしたか~?」

「ん~、王都では魔法の使用が一般的なのでしょう?重要な科目なのはわかりますが、わたしは魔法の素養がありませんし、いまひとつピンとこない感じがします」

 概論を軽く目を通したが、難解なイメージは受けなかった。筋は通っているし理屈もわかる。しかし、もし魔法が使えたら参考になるんだろうな、ということはわかるが魔法の使えないわたしには遠い昔に読んだお伽話のことのようだった。別の世界の、別の理の中で生きる人たちの話。それが今の自分には何の関係もない感じがして他人事というか、どうにも興味を強くもつことができなかった。

「なるほど~。来月からの授業は概論の部分は退屈なので飛ばして、魔法生物学に入ろうとおもっているのです~。魔法生物学は生物学の延長ですしお嬢様にも興味を持っていただけると思いますわ~。魔法が使えなくても作れる魔道具作成の実習も計画しています~。きっと面白いですよ~?」

 実習、と聞いてちょっと心が動いた。リン先生の実習は今まで何度もあったが、だいたいおもしろいのだ。しかも魔道具作成とはなんだか楽しそうだ。おもわず笑みがこぼれてしまう。

「あら~?ちょっと興味わきました~?」

「す、すこしだけ!少しだけです!」

「少しだけでも沸いたのならよかったです~」

 リン先生はそういうと残ったワインを飲み干し「おいしいですね~」とご満悦の様子だった。

 正直、とっても楽しみだ。

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