夏至祭にて
「おいマリアぁー?」
過去一番に最悪だった夏至祭はこの一言からはじまった。
私が静かに食事していると向かいの席に座っていたの三十代の太った兄様が立ち上がって近くに来ていた。その兄様は少しどころではなく、かなり酔っているようだった。
「お兄様……」
「なにがお兄様、だよ?きどりやがってよぉ……。ずっとあの尖塔にひきこもっていいご身分だよなぁ?たまに出てきた時くらい兄に奉仕しろっつうんだよ、魔法も使えないこの穀潰しが……」
兄様はそう言いながら、わたしの肩に手を回して顔を近づけてきた。息が臭い。
「お兄様、お酒はすこしお控えになった方が……」
「うるせえよ。こんなど田舎の年寄りばっかりの城に閉じ込められてるんだ。飲む以外になにしろってんだよ」
肩にのしかかってきて重い。ただでさえ兄様は太っていて、わたしの六倍くらいの体積がある。
「やめてください、重いですわ」
「重くなんかねぇよ、失礼なやつだなお前は……あ?マリアお前、いっちょ前に育つところは育ってきてるじゃねえかよぉ?なぁ?」
「ちょっ、やめてください!お兄様!」
兄様は無理やりにわたしの躰をまさぐろうとしてくる。
「やだ!やめて!やめてください!」
わたしが声をあげても誰も気にする素振りも見せない。給仕たちも壁にはりついたまま目線を落としている。そもそも止める気があるならもっと早いタイミングで止めに入っているだろう。兄様たちにいたってはニヤニヤとこちらをみているか、完全に無視しているかのどちらかだ。
「別にいいじゃねぇかよなぁ?少し触るだけだって……」
「やめて……ください!」
ふりほどこうと暴れた時、グラスにあたって手が当たって隣にすわっていたさらに年上の筋肉質の兄様にワインがかかってしまった。
「おい!なにしてくれるんだよ!これ特注品なんだぞ?あーあ」
首にかけていたナプキンを乱暴につかんで投げ捨てると、音を立てて椅子をひきこちらを向いた。
「はしゃいでんなよデブ!お前が大人しく飯を食わねーからこんなことになるんだよ!大人しく席につきやがれ!」
そう言うと先ほどまでわたしにつっかかって来ていた太った兄様を小突いた。少し押されただけに見えたが太っているせいかゴロンとバランスを崩して床に転がってしまう。
「だらしねえなぁ……ってかお前はもう部屋に戻れ!消えろ!」
太った兄様は恨めしそうな目でもう一方の兄様を睨みつけながらすごすごと退散した。
「なんだあの目つきは。年長者の言うことは聞くのが当たり前だろうに。懲罰が必要かもなぁ……」
そうなのだ。この尖塔では理由さえあれば年長者が懲罰を課することができる。懲罰の内容は自由だ。だから誰も滅多に能動的に動こうとしないし、自分が被害を被った時、特に年下から迷惑を被った時は居丈高になるのが常だった。
「なあマリア、お前もそう思うだろ?罪には罰が必要だよな?悪いことしたちゃんと悪いことだと我々のらせる。そうじゃなきゃこの狭い尖塔で人が何人も暮らすことなんかできやしないもんな?」
筋肉質の兄様は袖をまくり、太く筋肉質な腕を見せつけるようにして組み、わたしを見下ろした。この兄様は身長が高く、体格もよく、そして毛深い。私が立っていたとしても見上げるようだった。袖を捲り上げた腕は銀色の毛がもじゃもじゃと生えており野性味が溢れていた。
怖い。
あまりの威圧感にわたしは思わず目を伏せた。
「おい、どうなんだよ!年長者が聞いてんだよ!さっさと答えろ!」
「は、はい……その通りだと……思います」
「そうだよな。わかってりゃいいんだよ」
兄様は満足そうに首を縦に振る。
「デブは後でシメておくとして、だ。さてマリア、この服を汚した罪に対する罰はどうするかなぁ?せっかくの服が台無しだもんなぁ……おまえのせいで、な!」
……きた。
筋肉質な兄様は嗜虐的な笑みを浮かべながらジロジロとわたしを舐めまわすように見た。
「そういやさっきデブがマリアの発育がどうこう言ってたが……確かにいい感じにそだってるじゃねぇか。これはこれで懲罰が必要なくらいだなぁ……おい」
わたしの胸元で視線を止めると笑みを深めて言った。
「そうだなぁ、おれはお前のせいで汚れた服を着替えてなきゃならん。ついでに風呂に入る必要もあるだろうな。マリア、お前も風呂入るの手伝え」
「え……?」
ちょっとなにを言っているかわからない。お風呂は男女別に入るもののはず。
「なーにが、え、だよ。風呂でおれの体洗うのを手伝うんだよ。お前が汚したんだから責任とってお前が洗うのは当たり前だろうが。もちろん風呂に入るんだから服は脱ぐんだぞ?それも当たり前のことだよな?せっかく大きく育ったんだから役に立ててもらおうか。念入りにあらうんだぞ?」
いくら兄様といえど一緒にお風呂にはいるとかありえない。なんかこう、普通じゃない気がする。
「お兄様それは……」
「あ?嫌だっていうのか?断る権利はお前にはないんだが……じゃあ、あれか?鞭打ちの懲罰のほうがいいか?そういえばお前は鞭打ちはまだ未経験だったな」
意外そうに片眉をあげた。そして再び嗜虐的な笑みを浮かべた。それも先ほどよりも深く。
「あれは痛いぞぉ~?服も破れるし皮膚が裂けて血が噴き出る。お前が気を失うまで何発耐えられるか試してみるのもいいな。楽しい懲罰になりそうだ」
どうしよう……。
どっちも絶対嫌だ。
「くはっ……そそる顔しやがって!父様!俺たちはここら辺で失礼します!今月もどうかご健康に!」
大声で退室を宣言するも、誰も興味を示さない。会話をしている兄様たちは会話を続け、静かに食事を続けている兄様たちは食事を続けている。父様にいたってはこの会食がはじまった時と同じくテーブルに目線を落としたまま微動だにしていなかった。
「つってもあれか、若いんだから傷モノにするにはまだ早いな。やっぱり風呂で奉仕してもらうか!お前もそろそろそういうの覚えないとな!おら、行くぞ!来い!」
わたしの腕を強引に掴んで引っ張る。皮膚に兄様の指がくいこんで痛い。
「やめてください!お兄様!謝ります!謝りますから!」
兄様はフンッと鼻を鳴らすと強引にわたしを引っ張った。わたしは椅子から落ち、床を引きずられていく。力いっぱい抵抗しても引きずられる勢いは少しも緩まない。止まらない。
「お兄様!許してください!痛いっ……痛いです!」
わたしが叫んでも、会食に参加している他の兄様たちはもちろん、壁際に控えてる給仕たちも無反応だった。掴んでいる手を振り解こうにもびくともしない。
「あはははっ!いい反応だな、こりゃ楽しみだぜぇ!」
目の前が暗くなっていく。
大広間のドアの前まで来た時だった。ドアが向こう側から勝手に開いた。
「スープをお持ちしました~」
そこにいたのはリン先生だった。片手にスープののったお盆を持っている。なぜここに?家庭教師は給仕として働くことはないはずなのに。
「おっとっと~?」
リン先生が部屋に入ろうとした瞬間、足を自分のもう一方の足に引っ掛けバランスを崩してしまった。
スープが入ったボウルが宙を舞う。
「おわっ」
何かの冗談みたいに綺麗な放物線を描き、筋肉質な兄様の方に向かってとんでいくスープボウル。
兄様は頭から真っ黒なスープが被ってしまった。
「あら~!大変ですわ~!すぐにお風呂にお連れします~」
リン先生は口元に手をあてて驚いたポーズをとると素早く兄様の背を押し、大広間から外に出そうとした。
「リン先生……」
「あら?お嬢様もいらっしゃいましたか~?お洋服は汚れていませんか~?」
リン先生はパッと明るい表情をつくってわたしに問いかけた。急にホッとして力が抜ける。
「ええ……わたしは大丈夫です」
「それならよかったです~。わたしはこの人を連れて行きますので、お嬢様もこんなところはさっさと抜け出して……じゃなかった、そろそろお暇してご自分のお部屋でおくつろぎくださいな~」
そういうと兄様を連れてさっさと大広間を出て行ってしまった。なぜ兄様が何の抵抗もなく連れて行かれたのかはわからない。激昂してリン先生を処刑するといってもおかしくない場面だったように思う。あの時黒いスープの下に見えたお兄様の目には生気が全く感じられなかった。急に大人しくなりリン先生に言われるがままに退出していったのだ。
その後、わたしは言われた通りに自室に戻り、椅子に座り毛布にくるまった。寒いわけではなかったが、先ほどまでのことを思い出すと震えが止まらなくなったのだ。たまにこういう理不尽にあることがある。過去にも思い出したくもないような嫌な目にあった。髪の毛を引っ張られたり、頬を張られたり、床に押さえつけられたりもした。しかし、今回みたいなわたしを女としてみるようなのは初めてだった。お腹の底からざわつくような嫌な感じだ。落ち着かない。不安だ。
リン先生がわたしの部屋にあらわれたのは約一時間ほどたったあとだった。鼻歌をうたいながら、どこか満足げな笑みを浮かべてさえいた。
そしてリン先生は普段どおりの調子で「さて~本日の授業を開始しますよ~」といいながら何事もなかったかのように授業を開始したのだった。筋肉質の兄様の話は二度と耳にすることはなかった。
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