夕食1
今夜のメニューは鹿肉のはいったホワイトシチューと魚のムニエルのようだ。赤い半透明のガラスで出来た食器に盛られている。
「いただきます!」
「はい、いただきます~」
まずはサラダから手をつける。雪原野菜と呼ばれる種類の雪の上でも育つ野菜のサラダだ。野菜が食べられるのは嬉しいが種類が少ないため、冬の間はほぼ毎日サラダはこれになる。口にいれるとほのかな甘みと苦味、そして雪の匂いが鼻に抜けた。いつもの味だ。
「お嬢様~、今日の勉学のノルマはちゃんと達成しましたか~」
わたしは毎日最低三時間は勉強するという義務を課されている。それは休日だった今日とて変わらない。午前中に自習という形でしっかり義務を果たしていた。
「ええ、読書の前に魔法学の概論を少しすすめました」
「ふふ、ずっとお昼寝されてたのかとおもいましたわ~。でもよかった、お嬢様に罰をあたえるのは心苦しいですから~」
「もうっ!昼寝じゃありません!」
義務を満たさなかった場合、わたしは罰をうけるとこになっている。一度も罰を受けたことはないので、どんな罰かは知らないけど。
「わたしが勉強の義務を怠ったことなどありませんでしょう?リン先生もわかってらっしゃるくせに」
「まあ物事には『もしも』や『まさか』ということがありますから~」
リン先生は事務的にそういいつつ、ワインをあおった。リン先生はお酒を飲んでも少しも頬が赤くなったり、態度が変わったりしない。わたしは飲んだことがないので、お酒についてなんとも言えないが、兄様たちはずいぶん酷い有り様になったりする。このあいだだって……。
「そんなにみつめて~……もしかしてお嬢様もワイン飲みたいんですか~?」
リン先生は「まだダメ」といわんばかりにワイングラスを隠してみせる。
「いえ、そうではありません。すこし年初の一族の顔合わせの時のことを思い出しまして」
「あ~、あれは酷かったですね~。お酒はああいう風に飲んだらいけませんね~」
月に一度この尖塔群をおさめるわたしたち一族のあつまりがある。先月のそれは本当に酷かった。思い出したくもないが、しっかりと記憶に刻まれている。
夏至祭。
年に一度、冬の長いこの地域において、短い夏の盛りに行われる夏至祭は冬に溜まった鬱憤を晴らすかのように盛大に行われる。普段は締め切ったままの城門もこの時ばかりは解放されるので、通りには祭りに合わせて訪れる行商人や観光客など人や店が飲食物やアルコールが振る舞われる。羽目を外す住民も多く大変な騒ぎになるのが常であった。
この夏至祭の時だけ、わたしはこの尖塔を出ることができる。ただ、出れると言っても自由に歩き回れるわけではない。親族で会食が催され、そこで普段は会えないお父様やたくさんのお兄様たちと会うのだ。まあ正直な話、この会食に出るくらいなら尖塔に篭ってる方がいいくらいだ。
会食はいつも尖塔群の中央にある、お父様が住まわれている中央塔の大広間で行われる。長い長い一本のテーブルの一番奥にお父様がすわり、三十人からなる兄様たちが年齢順に並んだ。わたしは定位置である末席だ。壁際には料理をサーブする執事やメイドたちが立ち並んでいる。室内ではあるが、夏至祭の賑わいが開け放った窓から聞こえてきており賑やかな感じがする。
お父様は基本的にお喋りにならない。わたしがまだ小さい頃は兄弟全員にそれぞれ声をかけていたのだが、だんだんと口数が減っていき、いつの頃からか兄弟たちと目をあわすことすらしなくなってしまった。
わたしの兄弟がが多い。女の兄弟はおらず、みんな年上で兄だ。我が家は代々「北の封印」なるものを守ってきた家系だ。わたしは「北の封印」がなんなのか知らない。お父様は喋ることすらほとんどないし、兄たちも兄たち同士では話している感じだが、わたしには家業や封印のことは話さないので詳しいことはわからない。しかし、どうやらその封印を守るには我が家の血統が重要らしかった。会食の乾杯の挨拶の時に兄たちの話の中でことさら「我が家の血が」と言っているのを毎年聞くのだ。
過去のどの世代も「もしも伝承者が途絶えたら大変!」ということで、保険として子供をたくさん作ってきたらしい。(それにしても作りすぎだとは思うが)特に現当主であるお父様は歴代の当主と比べても、特に厚く保険をかけたようで、子どもが何十人といる。わたしはその何十人もいる兄様たちの末っ子として生まれたのだ。
わたしはお父様が随分と高齢になられたあとで、思い出したように浮気してできた子だそうだ。兄様たちとは歳が十から三十くらい離れている。腹違いの子ということもあって、使用人たちは誰もかかわろうとしないし、兄様たちはわたしを何段も下にみている。わたしを産んだという母は、わたしが物心ついた頃にはこの城にはいなかったし、誰に聞いても、どこを調べても、わたしの生みの親についての詳しいことはわからなかった。
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