第33話 仄暗い孔の底から

「で、話って何ですか?」


 カルナが素っ気なく私に聞いてきた。


 星見台の丘を下り、アイを家まで送り届けた後、私はこっそりとカルナを呼び止めておいた。欲望の魔女が残した「星に手を伸ばせばうんぬんかんぬん」という謎解きの解を出すためだ。この魔女の言う星とは、私たちが今まさに住んでいる惑星ほし、地球のことではないかと睨んでいる。その仮説が合っているかどうかを検証しようって話だ。

 ちなみにリヴァイアちゃんとDDRの二人には気づかれないようにしてある。この謎解きにどれだけの価値があるかまだ分からない以上、あまり他言したくない。リヴァイアちゃんには話しておいた方が良いだろうけど、横にDDRがいるからなあ。今回は共闘という形になってしまったけど、本来なら彼は敵側の人物だ。

 まあ気付かれるもなにも、二人はクエストが終わるやいなや、疲れたと愚痴を吐きながらログアウトしていった。結構長いクエストだったもんなあ。

 そういやクエスト報酬の確認がまだだったな。早めにしておかないと……


「話って何ですかって聞いてんだろうが」


「痛ぁい!!」


 業を煮やしたカルナの前蹴りによって、文字通り腰を折られた。


「なに私を無視してグダグダと読者に現状説明してるんですか。そんなもん手短に済ませてくださいよ」


「君ってそんなメタネタを言う人だったっけ!?」


 読者って何さ。私にはちゃんと壁が四つ見えてるよ?

 あまり話を脱線させないでくれよ、とにかく情報共有だ。


「話っていうのは、欲望の魔女の謎解きのことだよ。あの星ってのは……」


「説明は大丈夫ですよ、読みましたから」


 ……読んだ?どういうこと?


「読んだって……心をか?」


「いえ、地の文をです」


「地の文ってなんだよ」


 地の文ってなんだよ。

 色々と尋ねたいけど、あまり深く突っ込むと世界が根底から崩れそうな予感がするからやめておこう。

 何にせよ、情報共有ができているのなら話が早い。さっそく検証に移ろう。


「さて、魔女曰く手を伸ばせとのことだけど……」


「単純に地面に手を突けばいいんじゃないですかね」


「普通に考えるとそうだよなあ」


 物は試しだ、カルナの提案に従い手を地面に伸ばしてみる。

 さてさて、何が出てくるのやら。


「………………」


 うーん、特に何か起きる気配はない。仮説は間違っていたか?それとも、手を伸ばすの解釈が他にもあるのか。

 あれこれと次の手を考えていると、同じく地面に手を突いているカルナが話しかけてきた。


「ナナオさん、感じませんか?」


「感じるって、何を?」


「疲労感です。地面に魔力を吸い取られているような……」


 疲労感?そんなの感じなかったぞ?

 とりあえずもう一回試してみようと再度地面に右手を置く。

 全ての意識を右手に集中すると、魔力がゴキュゴキュと手から地面に流れ出ていくのが微弱ながらも感じられた。


「本当だ、確かにちょっと力が抜けていくな」


 私がそう言うと、カルナは驚いた表情で反論してきた。


「ちょっと!?私はごっそり体力削られていってるんですけど」


「たぶんあれだ。ここんとこ徹夜続きでもともと体力0なんだよ」


「……それは、大変ですね。ご自愛ください」


 なんで言葉では労っているのにそんな白い目をしているの?


「まああなたの体調はどうでもいいんですよ。疑問が一つあります」


 あっけらかんとカルナが言う。

 私としては、私の体調はどうでも良くないんだけど、疑問とは?


「私は星見台の丘での戦闘で何回も手を地面に突いています。しかし、そのときはこんな現象は起きませんでした」


 カルナの防御魔法ゴールドシールドは、その両手を地面に着けることで発動する。あのときはアイを守りながら戦っていたから十数回は発動させたはずだ。

 私も死体を埋める際に地面の奥深くまで掘ったが、とくに肉体的な疲労感は感じなかった。


「となると、場所によって力を吸い取られる場所と取られない場所があるってことだな」


 そのとおりだと言うようにカルナはコクリと頷く。


「ほかの場所も調べてみる必要がありますね」


「そうだな」


 力が地面に吸われているのはわかったが、今の段階で判明しているのはそれだけだ。恐らく地下に魔法少女をどうにかする機械的なのがあるんだろう。しかしながら、ここら辺には特に地価に降りれそうな場所は無い。

 これはひたすら手を汚しながらローラー作戦するしかないなあ…。



 時間がかかるだろうと考えていた探索パートだったが、存外にも早く終わった。一発目でを引くことができたのだ。

 魔法少女たちの拠点、私立星蘭中学校。街のど真ん中に悠然とそびえ立つガラスの城の、すぐ裏側の道にその源泉はあった。とりあえず学校を中心に探索しようというカルナの提案が功を奏した。


「へへん、やっぱり私は正しいんですよ」


 目的地を見つけるやいなや、カルナは得意げに自画自賛状態になっていた。

 道の真ん中で、例によって地に手をかざすと、全身の毛穴から出てはいけない汁があふれ出るような感覚が。

 それだけじゃない、この地下にがいる。流れ出る魔力を介して、その生き物の息遣いや鼓動が聞こえてくる。それも、かなりの重圧だ。

 てっきり魔力吸収装置みたいなのが置かれていると思っていたけど、予想に反して総統ヤバいのがいるな。


「この感じ、恐らくボスでしょうね」


 カルナも同じように感じているようだ。

 ボスがいるなら好都合だ。なんせ謎解きなんかと違って倒してしまえばそれでクリアなんだからな。

 となれば残る必要な情報は地下への行き方だ。だがその行き方も大体の予想は付いている。

 首を90度右に回転させ、道路の先に目をやる。視線の先には一際大きなマンホールが、まるでここがダンジョンの入り口だと言わんばかりに不自然に設置されていた。 

 たしかマンホールは下水道に繋がっているはずだ。どう考えなくてもあそこから地下に降りろってことだろう。


「マン○ホール、か……」


「なんで間に○を入れたんですか?」


 もともと人が入るための設備だけど、当然ながら蓋が閉まっている。どうやって開ければいいんだろうか。開けるためになにか特別なアイテムがひつようなのか。

 などと考えながら近づいてみる。


「思えば、マンマンホールをこうまじまじ観察するなんて初めてだな」


「なんで2回言ったんですか?」


 ん?よく見たらご丁寧に取手がついてあるじゃん。しかも思っているよりも軽そうだ。これなら簡単に開くぞ。


「ぷにマンホール御開帳〜」


「ぷにってなんですか?」


 取手を引っ張るとと、ゴッと重い音が鳴り蓋が外れた。

 穴の中には光も届かず暗然たる空気が漂っているけど、ゲーム的仕様なのか奥の底まではっきりと視認できる。見たところ深さは10メートルあるかどうかっところだ。

 奥底を覗いていると、そこに住んでいるであろうボスの気配が、穴から流れ吹く風と共に身体に纏わりついてくる。なるほど、これが深淵を除くとき深淵がどうちゃらこうちゃらって奴だな。

 ボスがいるなら装備とか整えておきたいなあ。


「一旦ま〜んホールは閉めておこうか」


 手に持った蓋を穴に嵌め、ガコッと小気味好い音が響き渡る。


「ナナオさん、ナナオさん」


 と、チョンチョンと肩を叩かれる。振り返ると苦笑いしたカルナの顔があった。


「マンホールって呼ぶのやめてくれませんか?」


「なんで?」


 え?私なんか変なこと言ったか?

 そもそもマンホールは正式名称のはずた。それを呼び方を変えろだなんてどういうことだ?


「いえ、ちょっと…その、響きが卑猥なので…」


「小学生か」


 いきなりアホになりよったぞコイツ。

 マンホールでエロを連想するなんて、子どもでもしないぞ。カルナなんて頭の良さだけが取り柄なのにそれすら無くしてどうすんだよ。

 あー、睨むな睨むな。これ以上は言わないからさ。


「で、代わりになんて呼べばいいんだ?」


「日本語で呼びましょう、日本語で」


「えっ、マンホールに日本語なんてあるの?」


 初耳だ。


「はい。ええと、たしか……人孔じんこうって呼び方があるんですよ」


「人孔……」


 孔という漢字の成り立ちは、産道を通る子どもの姿から来ていたはずだ。

 人のあなと書いて人孔、か。


「なんかそっちの方が卑猥じゃない?」


「………………」


 あ、黙っちゃった。


「何を想像してるの?」


「何も想像してませんよ!呆れてるだけです!」


「おおう……、ごめんなさい」


「とにかく、ならば別の言葉を考えましょうよ!女だけが損しないような名前を!」


 別のと言われてもなあ。それならマンホールでいいと思うんだけど、なぜカルナはそこまで嫌がるんだろうか?

 カルナはすでにやる気マンマンだし、長くなりそうだな。せめてなるべく無難な名前を付けよう。無難な名前を。







「───それじゃあボス戦に備えて一旦学校で装備を整えましょうか。尿道カテーテルにはその後で来ましょう」


「了解。ああそうだ、フェルミンとリヴァイアちゃんにもこの尿道カテーテルの場所伝えてもいいかな?」


「そうですね。なんなら早めに合流しちゃいましょう」


「じゃあ早速連絡してみるよ」


 さてと、

 なぜこうなった?

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