幕間 XXXY

 ピュアミーのマップ北部に位置している星奈市民病院。その屋上で、腰を掛け密談する魔法少女プレイヤーが二人。どちらも階下でかっぱらってきたナース服を着こんでいる。


「ははっ、ドンピシャだ」


「おっ、どうしたヘルムフリート?当たり魔法ツモったか?」


「ああ、さすがここの入院患者がクエスト主なだけある。狙い通り、超優良回復魔法を手に入れちゃったよ」


 ヘルムフリートと呼ばれたプレイヤーは、手元にメニュー画面を開き、今しがたクリアしたクエストの報酬を確認している。新たに覚えた魔法の欄には『ドラゴニックメディカル』と書かれている。


「対象を回復しながら耐性と他の味方全体のステータスを上げる魔法、か。笑えるくらいに強いな。ゲラクモの方はどうだ?」


 上機嫌なヘルムフリートに対し、ゲラクモと呼ばれたプレイヤーは渋い顔だ。


「『Xアナライズ』、毒効果のあるアナライズか……、しょっぱいなあ。まあでも、こっちは面白そうだ」


 そう言いながら取り出したのは、一本の手術用のメス。もちろんメスと言っても実際に手術を行うわけではない。このメスも立派な戦闘用の武器だ。

 メスをかざし、なめまわすように観察する。


「効果はまだ特にないけど、説明文によるとこいつは進化の余地を残してるらしい。感じ的にレア報酬っぽいぞ」


「なるほど。となると俺の仮説はやはり正しかったな」


「……仮説?」


 間の抜けたゲラクモの問いに、ヘルムフリートはハァと分かりやすいため息をついてみせる。


「前に言ったろ?NPCクエストは、標準ルートではないより難しいルートでクリアすると、その分報酬もよりレアなモノになるっぽいって。今回のも、わざわざ手術ルートを選んだから良い報酬が貰えたんだ」


「そんなこと言ってたっけ?」


「言ってたよ、ちゃんと聞いておけ。それとあと一つ、報酬は、クリア時の参加メンバーが多いほど貰える報酬の種類も多くなる。ソロでクリアしたときよりも品揃えが良い。まあその分、目当てのモノをツモる確率は低くなるが」


「ああ言ってたね、そんなこと。いやあ、それよりも大事なことが気になっていてね」


「大事なこと?」


 途端、真剣な眼差しになったゲラクモに呼応し、ヘルムフリートは真面目に聞き返す。まだ何か見落としていたかと。


「ほら、あの依頼主と同じ病室に居た女の子だよ。あの子のことがずっと気がかりで気がかりで」


「……?」


 そんな女の子なんて居ただろうかと、ヘルムフリートの頭上に疑問符が出る。微かな記憶をたどっていくと、おぼろげながらにもなんとか女の子が居たことを思い出せたが、それでも顔すら覚えていない。

 ヘルムフリートが女の子のことを忘れていたのは仕方がないことだった。なぜなら女の子は、クエストとはなんら関わりのない、そこにいるだけのモブNPCだったからだ。


「あの子に気になることなんて何一つ無いだろ」


 例えその子に重要な設定があったとすれば、自分が見逃すはずがないという自負がヘルムフリートにはあった。それだけに、ゲラクモが何に気付いていたのかが気になる。もし俺が重大な見落としをしていたなら反省をせねばなるまい。

 そんなヘルムフリートの威圧的な目をものともせず、両手の指をくっつけポワポワさせながらゲラクモは答える。


「あの女の子ね、絶対にクエスト主のことが好きだよ!だってあの子、隙あらばチラチラとクエスト主を見つめてたからね」


「……………」


「あの二人、絶対に恋人同士になるべきだ。こっちでお膳立てしてあげてもよかったけど、さすがにそれは解釈違いかなって」


「……くそカプ厨が」


 ヘルムフリートは忘れていた。このゲラクモが、糞の煮詰まった恋愛脳を持つカプ厨だということを。

 ヘルムフリートはその唾棄すべき思想を早々に一蹴すべきだったと後悔した。


「酷いなあ、カプ厨に罪はないでしょ。それに、男という生き物は誰しも、生まれついてのカプ厨なんだよ?」


「んなわけあるか!俺の周りは普通の人ばっかだぞ」


「大半の男はいつしかカプ厨ではなくなってしまう。でもそれにはちゃんとしたきっかけがあるんだ」


「どんなきっかけだよ?」


 別に聞きたかったわけじゃあないが、聞かなくてもこいつは喋り続けるだろう。だから聞いた。

 ゲラクモは別に期待されてないにも関わらず、大きく間をおいて言った。


「少年ジャ〇プだよ。男はみんなジャ〇プ作品を読むようになる。そしてジャ〇プを読むと、男はカプ厨ではいられなくなってしまうんだ」


「……どういうことだってばよ?」


「だって考えてもみてよ。ジャ〇プ作品の主人公がヒロインとイチャイチャしてても萌えるか?ル〇ィが、ナ〇トが、〇護が、女キャラに腰ヘコヘコしてるとこ想像しても、こっちも腰ヘコヘコしようなるか?ならないだろ!要するにだ、ジャ〇プ主人公が少しでも視界に入ると、ちんちんがシナシナしちゃうんだよ……」


 何を言ってるんだコイツは?ヘルムフリートはゲラクモの論の半分も理解できなかったが、その勢いに気圧され黙ってしまった。


「我ながらサ〇デー読者で良かったと思うよ。サ〇デー主人公は……思わずこっちも腰を振ってしまう」


「ハァ……なんでジャ〇プ限定なんだ?」


「……なんでだろう?」


「そこを説明できないでどうするよ。俺はお前のことが理解できん」


「男女の恋愛なんて人類の命題じゃないか。まあでも、の君にはちょっと難しい話だったか」


 と、ゲラクモはケラケラ笑った。

 そんな煽りもスルーし、ヘルムフリートはハァと分かりやすいため息を吐く。


「お前と組んだのは間違いだったんじゃないかと思い始めてるよ……。おいゲラクモ、ちゃんと俺たちの目的は分かってるよな?」


「もちろん」


「目的は?」


「ゲーム内にロリを引き入れる。そのための環境づくり、ロリコンの存在を秘匿する情報統制」


「手段は?」


「最大で最小のグループ、いわゆるギルドを形成し、この世界を牛耳る」


「今やるべきことは?」


「誰よりも速く、ゲームを攻略する」


「よろしい」


 このゲラクモという男、普段は馬鹿なことしか言わないが、意外と思慮深い人間なのだとヘルムフリートは知っている。そもそもこの作戦を持ちかけてきたのこの男の方からだ。理解はしていないが、信用はしている。


「さあ、そろそろ行こうか」


 目的が目的だ、のんびりしている暇はない。

 二人が移動しようと立ち上がったその時だった。二人は階段に繋がるドアの陰に、一人のプレイヤーが隠れているのを見つけた。

 そのプレイヤーは、二人と目が合うやいな、


「あわわ、あ、あの、その、……ごめんなさーい!」


 と、慌てふためきながら飛んで逃げていった。


「……おい、あれって」


「……ああ」


 二人はそのプレイヤーの声に驚きを隠せなかった。

 水滴に包まれたようなあどけない滑舌、ラムネのような高い声色。それはまさに……


「「ガッ、ガチロリだーーー!!!」




 後の人々は口を揃えて言う。この邂逅が、ピュアミーにおける2つ目のターニングポイントだと。

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