第27話 盲目少女と飛べない翼
前回のあらすじ:ついに丘の頂上に辿り着いたナナオたち。そこで待ち受けていたものとは、一体…
丘の頂上は、月が蝕まれたように暗かった。
曇っているのか?最初はそう思っていたけど、それは違っていた。星空を遮るように空を覆う大きな影。雲の様に見えた影の正体、それは巨大な気球のようなモンスターだった。
『"ふわンガ" があらわれた』
まあいると思っていたよ、ボスモンスター。ご丁寧にアナウンスまでしてくれて。
こんな重要そうなNPCを登場させておいて、目的地に着いたらはいクリアってんじゃ少し味気ないしな。ただこっちも登山で疲れているんだ、できるならちゃっちゃと済ませたいなあ。
「頂上に着いた?星、見える?」
山道を登り切ったことに気づいたアイが、期待を込めた表情で私たちに尋ねた。
「うーん、ちょっとまだ見えないかな。」
「曇ってるの?」
「まあ。そんな感じかな。でも、すぐに見えるようになるからもうちょっと待ってて」
「うん、わかった!」
カルナの説明に、アイはけなげに答える。
ふわンガと呼ばれたモンスターは、ぼこぼこと雲のような形をしている。その体長はぱっと見でも50メートルはあるであろう。よく見ると、カーキ色の身体のそのあちらこちらからヒゲのような触手が生えている。
なるほど、ふわふわと浮いているから『ふわ』、モンスター要素を語感で醸し出すための『ンガ』、合わせて『ふわンガ』というわけか。
ふわンガは上空200メートル程の位置に陣取り、その名の通りふわふわと上下に身体を揺らすぐらいで、なにかアクションを起こそうという気配は感じられない。
「うわー、僕こういうの駄目なんだよねえ」
「リヴァイアちゃん、どうした?」
「気づいてないの?ほら、よく見てみなよ」
リヴァイアちゃんに言われた通りにふわンガをよく見たが、直後にその行動を激しく後悔した。
「あー、確かに。私もだめだわ」
ふわンガの身体の表面に現れたのは、大量の
巨大な点々が密集している。いわゆる蓮コラってやつだ。
遠目で見ると目玉がぶつぶつとしていて、集合体恐怖症の人にとってはたまったもんじゃない。誰だよこのモンスターをデザインした奴は。
あ、目玉を動かすのだけはやめて。本当にやめて。
「うげぇ。僕ちょっと本気で気分悪くなってきた。いったんログアウトしてくる」
「そんなに!?」
「ずっと直視してたもんだから…」
「ばかじゃん。目を逸らしなさいよ」
「逸らそうとしたけど、つい気になっちゃって目が離せなかったんだ…。悲しいかな、人間という生き物は、怖いものや気持ち悪いものに対して情報を得るため目視し続けようとする本能が備わってるんだよ」
「それで気分悪くしてたら本末転倒だな」
こんな理性の負け方初めて見た。
「げーげー言ってますけど大丈夫ですか?」
「お姉ちゃんたち、大丈夫?」
またかこいつらはと呆れた顔のカルナと、心配そうに声えを掛けてくれる愛くるしいアイ。
「カルナさんはああいうの大丈夫なの?」
「たしかに趣味のいいデザインとは言えませんが…別に怖くは無いですよね?おめめもハイライトが入っててパッチリですし…」
「駄目だナナオ君。彼女とは分かり合えないみたいだよ…」
どうやらリヴァイアちゃんの言う通りみたいだ。目のデザインなんて関係ないんだ、目の存在そのものが悪なんだよ。
羨ましいなあ。集合体なんて探さなくても日常生活でいくらでも目にしてしまうからな。
「その体質、当たり前だと思わない方がいいよ。ちゃんと神に感謝しないと」
「仰々しいですねぇ。あの目を怖がらないのが特別みたいな言い方をしてますけど、DDRさんも別に平気そうじゃないですか」
本当だ。DDRは仁王立ちのまままっすぐふわンガを睨みつけている。その眼には、恐怖や嫌悪の感情は一切宿っていない。DDRも”選ばれしもの”だったか。
そんな畏敬の念を抱いていると、DDRが反応してきた。
「いやいや、俺も一応気持ち悪いと思っているぞ」
「え、そうなの?全然そんな風には見えないけど」
「…URLトラップに引っ掛かって大量のグロ画像を見てしまったことがあって、…それに比べたらマシかなって。…生きのいいベーコンよりは気持ち悪くないよ」
「お、おう。それは…気の毒に」
…生きのいいベーコンってなんだろう?ものすごく気になるんだけど。あとで検索してみようっと。
そんな私たちの和気藹々としたグロトークに横槍を入れるかの如く、バチチと虫の羽音のような音が鳴り響く。音の発生源は言うまでもなくふわンガからだ。
ふわンガの体表に生えている触手、その触手の内の一つが青白い光を発している。──電撃か!
ビリビリというコミカルな効果音とともに、触手から放たれた電撃が空を裂いて襲い掛かる。
大丈夫だ、見た目に反してそんなに速くない。見てから回避余裕だ。リヴァイアちゃんもDDRも軽々と避けている。良かった、アイはカルナがしっかりと抱きかかえてくれていたみたいだ。
電撃の着弾地点を確認すると、舗装されたコンクリが少し焦げた程度。威力も大したこと無さそうだな。
触手は依然として、テスラコイルのごとく放電を続けている。
「やられっぱなしじゃいられないよなあ。…抜刀!」
確信した。このボスはそんなに強くない!思えば道中の敵も、数発攻撃を当てれば倒すことができた。欲望の魔女が強すぎただけで、適正レベルだとヌルゲーになるに違いない!
抜き身の仕込み杖を構え、ふわンガに向かって駆け出す。
「ちまちまと高い所から攻撃してきやがって…。こっちにも遠距離攻撃はあるんだよ!くらえ、シャドースラッシュ!!」
私が放った黒い斬撃は、一直線にふわンガに向かっていく!空を切り、夜を裂く一刃の影。…しかしながらその斬撃は、標的に当たることなく闇夜に消えていった。
「…あ、あれ?」
「射程足りてないじゃん」
まじかよ、あれ以上の遠距離攻撃持ってないよ?もうやれることないよ?見渡してもこれ以上あいつに近づけそうな場所もないし、撃ち落とせるアイテムも無さそうだし…、もしかしてふわンガが射程圏内に近づいてくるまでじっと待ってないといけないの?どこぞのワールドツアー竜みたいに?
「あれ?ナナオ君って空飛べないの?」
「え、空飛ぶ方法あるの?」
そういや初めてリヴァイアちゃん達と出会ったとき、二人とも飛んでいたな。そんな要素すっかり忘れていたよ。ということは、このボス戦は空を飛べること全低なのか。
リヴァイアちゃんが申し訳なさそうに手を合わせ謝ってくる。
「あー、先に教えておくべきだったね、ごめんよ。飛行魔法は体育館で取得イベントがあるんだ」
「じゃあ今からじゃ無理だな…。ふたりも空飛べるの?」
カルナとDDRに聞いてみたが、意外や意外、ふたりは飛行魔法を覚えていないらしい。
「たぶん私はナナオさんと一緒に行動してましたから。同じくらいしか魔法を覚えてないですよ」
「すまんな、体育館で取れるってのは知っていたけど、つい後回しにしてしまっていて…」
うーん、どうしよう。役立たずが三人になってしまったぞ。私だけがポンコツってのは嫌だけど、それ以上に三人ともポンコツなのもいい感じに劣等感を刺激される。
残念ながら、我々にやれることはなさそうだ。
「うーん、仕方ない!とりあえず僕だけで闘ってくるよ。君たち役立たず三人は、せいぜい頭捻って文殊っててくれ」
くぅ、正論過ぎて悪態に反論できないや。俺だって役に立ちたいよ。誰かに頼られる人間でありたかったよ。
リヴァイアちゃんは私たちに背を向け、意気揚々と飛んで行った。ちょっとかっこいいと思ってしまったじゃないか。
さあて、やることが無くなった!さっきのような放電攻撃も来る気配がない。どうやら空中にいるリヴァイアちゃんを警戒しているおかげで、地上の私たちに構っていられないらしい。
手持ち無沙汰でそわそわしていると、DDRが挙手をした。早速文殊ったみたいだ。
「俺、空飛べるかもしれない」
「ホントに?」
それが本当なら是非とも私にもやり方を教えてほしいんだけど。
「ああ、見てろ」
そう言うと、DDRはおもむろに黄金のガントレットを取り出した。
「あ、それは星座武器の…」
「ああ、『タウロス』だ」
星座武器が強大な力を持っているのはこの目で見たから知っているけど、それで一体どうやって飛ぶのだろうか?別に武器事態に飛行機能はついて無さそうだけど。
そんな私の疑問にDDRはドヤ顔で答える。
「タウロスの能力は膂力と腕力の強化だ。この力があれば、ガントレットを装備した腕でもう片方のガントレットを投げて、その投げたガントレットの上に飛び乗ることで、飛ぶことができるんじゃないか?」
「桃白白かよ」
自分が投げた柱に乗って飛ぶみたいな、んなアホなことできるわけないだろ。
「百聞は一見に如かず、まあ見てろよ」
「絶対失敗するわ」
「絶対失敗しますね」
私たちの忠告はどこ吹く風で、DDRは自信満々に彼が言った通りの手順でガントレットを投げ、見事飛び乗ることに成功した。
「ヒャッハー!」
「おいおい、本当に飛んじゃったよ」
「いやいや、明らかにおかしいですよ!」
「確かにカルナの言う通りだ。おかしいよ」
「なんで桃白白は鶴仙人の弟なのに舞空術が使えないんですか!おかしいですよ!」
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