第26話 盲目少女と知らないノリ

 前回のあらすじ:4人は泳ぐ。この電子の海で溺れないように


 目的地である星見台の丘が見えてきた。が、ここで一つ誤算が。丘が思っていたより大きい。もはや丘というより山だ。頂上までの道のりにも多数のモンスターが襲ってくるだろうし、これはめんどくさいことになるな。


「これだいぶ時間かかるな」


 そんな私の愚痴に対し、


「もしかしたらこのクエスト、一瞬で終わらせられるかもしれないよ」


 リヴァイアちゃんがいきなりそう言いだした。

 クエストが一瞬で終わるなんて、流石にそんな都合の良い話があるわけないだろう。初心者の私でもそれくらいは分かる。ただ、もしも本当にそんな都合の良い方法があるならどんなにありがたいことやら。もちろん本気にしてないが、聞くだけ聞いてやろう。


「何か策があるの?」


「まあ見ててよ」


 そう言いながらアイの方へ近づいていく。何か企んでいるような、そんなニヤついた顔だ。

 リヴァイアちゃんが咳払いを1つしてからアイに話しかける。



「着いたよアイちゃん!ここが星見台の丘の頂上だよ!これで君の願いがかなった、良かったね」


「やりやがった!コイツやりやがった!」


 騙す気だ!アイの目が見えないのをいいことに、こんな平坦な道の上を丘の頂上だと偽ろうとしてやがる。なんて外道な!


「おいおい、それはダメだろ!アイが信じたらどうすんだよ」


「え、本当に着いたの?やったー!」


「信じちゃったよ!」


 アイさん、勾配って言葉知ってる?リヴァイアちゃんの嘘にしっかりと騙されてしまってるよ。


「ごめんねアイちゃん、まだ丘の頂上に着いてないんだ。あの糞ボラは適当なこと言っただけで」


 カルナがすかさず訂正に入る。


「あ…そうなんだ…」


「ぬか喜びさせちゃったね」   


 哀しんでるアイを宥め、カルナはキッとリヴァイアちゃんを睨みつけた。まさに邪悪なものでも見るかのような目つきだ


「はは、ごめんね。言ったらダメだとは分かってたんだけど、思いついちゃったんでどうしても言いたくなったんだ」


「うわぁ…倫理バグってるよこの人…」


「流石の俺でも今のはどうかと思うぞ」


 ほら、DDRにまで諭されてしまってるじゃん。DDRに倫理を問われているるようじゃもう終わりだぞ?DDRが何の略か知ってるか?ダメDダメD倫理Rの略だぞ?


「…倫理…そう、倫理観の欠如…」


 カルナもゆらゆらと立ち上がりながら憎悪を顕にする。おう、カルナからもなんか言ったれ言ったれ。


「前から思っていましたが…あなたは倫理観というものが欠如しています!」


 ………ん?たち?


「え、もしかして私達も含まれてる?」


「当たり前でしょうが!」


 恐らくこのゲームで出せる最大の音量で怒鳴られた。

 流石に私はリヴァイアちゃんほど酷くないよ!?


「いや、私は比較的まともな方だって!リヴァイアちゃんとは違う!一緒にしてもらったら困るよ」


「あなたたちの違いなんて、衆合地獄に落ちるか大叫喚地獄に落ちるか程度の違いでしょうが!どっちにしろ閻魔様が引いたラインはとっくに飛び越えてんですよ!」


 説教内容に教養出されても理解できないって。


「決めました、今からこのチームは私がまとめ上げます!人道に反した発言・行動はこれより一切禁止します。異論はありますか?」


「はい!」


 カルナの問いかけに元気よく手を上げたのはリヴァイアちゃんだ。いや、よくこの状況で張本人が挙手できたな。面の皮厚すぎるだろ。


「はい、糞ボラ」


「人道に反したことをつい思い付いちゃった場合はどうすればいいですか?」


「死んでください………と言いたいところですが、私も鬼ではありません。一旦ログアウトして頭を冷やしてください」


「はい」


 返事するやいなや、リヴァイアちゃんの身体がこの場からすぅっと消えていく。

 思い付いちゃっていたんだな。



 ☆


 あの後すぐに戻ってきたリヴァイアちゃんを加え、改めて五人で進みだした。

 頂上までの道のりは思っていた以上に険しいものだった。モンスターが多数出現するというのもあったが、何より苦戦したのはその地形だ。地面は砂利や石で滑りやすく、周りには木々が生い茂り、そこから伸びた枝や葉っぱが視界を妨げる。獣道というやつだ。

 そんな悪路で躓かないように足元を見ながら走っていると、バチン!とおでこに衝撃が走る。


「痛っ!」


 いや、VRだから別に痛くは無いんだけどね。思わず声が漏れてしまった、恥ずかしい。

 どうやら太い枝にぶち当たったらしい。

 それにしても、なんでゲーム内で操作キャラがぶつかったり攻撃を喰らったりした時に、「痛い」と声をあげてしまうんだろう?実際には痛みなんて感じていないのに。VRゲーム程のリアリティのある仮想空間だと、まるで現実で起こったことの様に脳が錯覚して、反射的に痛いと叫んじゃうんだろうか。

 ま、こんな現象が起こるのはVRゲームの弊害だな。昔のゲームのことは詳しくないけど、テレビ画面でプレイしていた時代のゲーマーは、流石にプレイ中に「痛っ!」とか叫ぶわけがないし(笑)。


 痛覚は無いと言ったが触覚はちゃんとある。葉っぱや枝がビシビシと顔に当たるのはやはり不快だ。丘と言うんだからもっとなだらかなモノを想像していたんだけど…。


「これなら丘と言うより山と言った方が正しいんじゃないか。」


「ちなみになんだが、『丘』と『山』は本質的には意味に違いが無いらしいぞ」


「へー、知らなかった。じゃあ丘と言うより丘と言っても正しかったんだ」


 …あれ?今日本語正しかったか?


「まあ大体の意味こそ同じだけど、ニュアンスで考えると俺個人としてはここは山だけどな」


「じゃ丘じゃないじゃん」


 私とDDRの間で、この星見台の丘は山であるということが決定した。それがどうしたという話なんだけども。

 というか、星見台なんて名前が付いてるくらいなんだから、山だとしてももっと舗装されているべきだ。実は道を間違えていたとかそういうオチか?

 心配なのはアイだ。アイが道中で傷ついたりしたら、クエスト結果に響くんじゃないだろうか。

 後ろにいるアイの様子を確認すると、カルナがしっかり護ってくれているみたいだ。良かった。


「アイちゃん大丈夫?怪我とかはない?」


「大丈夫だよー、カルナお姉ちゃんがいるもん」


「もうすぐ頂上に着くよ!楽しみだねー」


「わー!楽しみ!」


 そんな和気あいあいとした会話が後ろから聞こえてくる。何というか、カルナって━━━━


「カルナさん、過保護な母親みたいだね」


 思っていたことをリヴァイアちゃんが言ってくれた。


「なんかそれ馬鹿にしているように聞こえるんですけど」


「いやいや、馬鹿にするつもりなんて一切ないよ」


「過保護な母親、か」


 二人のやり取りを聞いていたDDRが何か思いついた様子でそう呟く。そして何故か仏頂面を作ってアイに話しかける。


「…アイ、………学校はどうだ」


 DDRのいきなりの質問に、アイは困惑でいっぱいだ。


「どうって、楽しいよ?」


「…そうか。………勉強はどうだ」


「ちょっと難しい」


「………そうか」


 ………なんだ今の会話?


「DDR、なにがしたかったの?」


「カルナさんが過保護な母親だっていうから、それなら俺は無関心な父親役をやろうと思って」


「「「なんで?」」」


 3人ハモった。


「いや、過保護な母親と無関心な父親に育てられた子供はニートになるって言われてるから…」


「ニート作りたかったの?」


 この人のボケはよく分かんないや。



 ☆


 裏ボスが落とす最強武器よりも無駄な会話繰り広げているうちに、なんやかんやで丘の頂上まで辿り着いた。思っていた通り、私たちの歩いてきた道は正規のルートではなかったらしい。頂上は綺麗に舗装されており、ベンチや休憩小屋が置かれ、おまけに自動販売機まで設置している。チラッと見えたハイキングコースを示す看板、あそこから登ってくるのが正しかったんだろう。

 いやいや、ゲームに於いては正規ルートほど時間がかかるもの。うん、そう思っておこう。


 しっかしまあ、よくここまで登ってきたもんだ。

 私の目に飛び込んできたのはまさしく絶景。ここからは星奈市全体が一望できる。中でも際立って目立っているのが、私たちの星蘭中学校だ。ハハッ、どんだけでかいんだよ。

 星空のようなこの夜景、ゲームとは言えつい心を奪われてしまう。


 さあ、この夜景をバックにクエストクリア!…とはならないよなあ。そうだよなあ。

 だって、肝心のもんなあ。


 ため息をつきながら空を見る。が、そこには星は無かった。今日の天気はもちろん快晴。

 見上げた先にあったのは大きな影。


 私たちと星空は、巨大な風船型のモンスターによって隔たれていた。

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