第9話 満月の涙 #3

プレシーズン 第9話 続き #3


■ー城 書架室


〈厨房班エレナから話を聞いた従者ボリスと女官ジェインが走って来る。扉を叩くボリス。〉


従者ボリス「姫様!」


〈返事はなく、扉を開けると誰もいない。近くにいた見回りの護衛が来る。〉


女官ジェイン「姫様達は?」


護衛「皆様で散歩にお出かけになられました」



■ー城の森 奥深く


〈走ってきたミレーネ姫。一本の大木の前で立ち止まる。辺りには、陽射しを浴びた大木の神々しい空気が漂っている。そろそろと前に進み、手で幹を触り、匂いを嗅ぎ、久しぶりに会った友のように、幹に抱きつき何かを語りかける姫。少し離れて見守るジュリアスとポリー。〉


ミレーネ「〈手を伸ばし〉ジュリアス、コットンキャンディーを」


ジュリアス「〈コットンキャンディーを渡しながら〉ミレーネ、ここは?」


ポリー「いつもの湖よりもっと奥まで来たわよね」


ミレーネ「ええ。この先は“不帰かえらずの森”なの」


ポリー「“”って?」


ミレーネ「お城の歴史の中で、何人もの人がこの森に消えていったと聞いているわ」


ポリー「不気味な感じ……。〈怖そうに辺りを見回す〉」


ミレーネ「そうね。だから、ここから先は入らないように、この木が目印なのよ。子どもの頃、散歩していた時にタティアナから教えてもらったの。この木は特別な力があって、疲れていても、この木に触れたり、この葉っぱを少し口にすると体が楽になって、また元気に遊べたのよ」


ジュリアス「邪気を払う力を持つ神秘の木ですか……」


ミレーネ「コットンキャンディー。今日からここが、あなたの家よ。時々会いに来るから大丈夫よね?」


〈ピピッと鳴くコットンキャンディー。〉


ポリー「〈コットンキャンディーの頭を撫で〉見つからないようにちゃんと隠れているのよ」


ジュリアス「用心するのだぞ」


ミレーネ「〈コットンキャンディーを乗せた手を上に上げて〉さあ、お行きなさい!」


〈大木の高い枝に向かって飛び立つコットンキャンディー。見送るジュリアスとポリー。姫の目には見えないが、コットンキャンディーの羽ばたきの音が聞こえる。風が吹き森と共鳴するかのように首飾りのヘッドの石が鈴のような美しい音色を生む。〉


ミレーネ「森がきっと、あなたを守ってくれる」



■ー城の庭 森からの道


〈急いで帰るミレーネ姫、ジュリアス、ポリー。そこへ従者ボリスと女官ジェインが走って来る。〉


ポリー「ジェインさん!ボリスさんも!」


従者ボリス「皆様、こちらでしたか?」


女官ジェイン「まあまあ、姫様。上着もお召しにならず散歩に出られてはお風邪をひきますよ」


〈急いで、手に持っていた上着を姫に羽織らせる。〉


ミレーネ「有難う、ジェイン。でも大丈夫よ。そんなに寒く感じていないわ。昨日、湖のそばに忘れ物をしたことに気付いて三人で来ましたの。」


〈ジュリアスが手に持っていた小箱をさりげなく見せる。〉


ミレーネ「それより、本日の裁きの件をポリーから聞きました」


女官ジェイン「女官タティアナとアイラが自ら罪を認め自白したのです。謀反の罪で死罪にせよと王命が下りました。姫様には衝撃が大き過ぎるため、少し時間を置いてからご説明するようにと言いつかっておりましたので、すぐお伝え出来ず申し訳ございません」


ミレーネ「拷問にかけられ無理矢理、偽りを言わされた可能性は無いのですね?」


女官ジェイン「はい、そのようなことはございません」


〈城の入り口へ向かう一行。皆、とぼとぼと無言で歩いて行く。一番後ろにジュリアスとポリー。少し皆と距離をあけてから、ジュリアスがポリーにささやく。〉


ジュリアス「昨日のことを聞きに父様のところに寄って来る。書架室に戻ったらテーブルに本が積んである。簡単でいいから書名を書き留めておいてくれ」


ポリー「分かった」



■ー城 民政大臣の執務室


〈ジュリアスが飛び込んで来る。〉


ジュリアス「似顔絵の女の子の件はどうなったのですか!?」


民政大臣「騒ぎ立てるでない。昨日の晩、話を聞いた時と状況が変わったのだ。女官二人が自白し、その事実を基に裁きが行われた」


〈机の横の箱に、破り捨てられている尋ね人の紙を見る。〉


ジュリアス「〈指差して〉なぜ破ってあるのですか?この怪しい者のことを、まさか王様や他の大臣、重臣達は知らないままなのですか?このことが明るみに出れば刑の執行が延期になるかも知れないのに。父様、どうして!」


民政大臣「ジュリアス、この事件はお前がこれ以上、首を突っ込むものではない」


ジュリアス「でも――」


民政大臣「昨日はポリーがいたから話せなかったが、もし、この者が事件に関わっていたとしよう。新たな容疑者として捜索され、しかし結局捕まえられなかったら、その時はどうなると考えているのか?」


〈ジュリアスの表情が曇っていく。〉


民政大臣「ポリーは、この者を町の外へ連れ出し逃した罪に問われるかも知れぬ。お前は妹が裁かれることを覚悟で、それでも皆に、この話を伝えるべきと思うのか?」


〈固まるジュリアス。〉


民政大臣「もう忘れて、ポリーにも、そう伝えなさい。下された王命はくつがえることはない」


ジュリアス「〈絞り出すような声で〉分かりました」


〈出て行くジュリアス。扉が閉まる。その閉まった扉をじっと見つめる民政大臣。〉


民政大臣(心の声)「お前も大人になれば分かる。ただ正しいことをしているだけでは、事は済まぬのだ。子や家族を守るため、時には人道にもそむかねばならぬ」



■ー城 武法所


〈集められている近衛隊。〉


近衛隊長「今夜、日付が変わり次第、女官二名の死刑を執行する。それまでに死刑執行人を決めるため、皆、待機していなさい。志願する者がいれば、今から受け付ける。くれぐれも罪人達の牢の警護を強化しておくように」


近衛隊全員「はっ」


近衛 その1「〈小声で〉今回の死刑執行に志願する奴なんかいると思うか?城の内部の人間を殺すヤルなど、夢見が悪過ぎるよ」


近衛 その2「〈小声で〉皆がみ嫌うはずだから報奨金は多いらしいぞ」


近衛 その3「〈小声で〉お妃様と姫様の恨みを晴らせるとも考えられるだろう?案外、志願者も出るかもしれないな」


近衛 その1「〈小声で〉執行人の名前と顔は伏せられるから、誰が実行したかは最後まで明らかにならないが――」


〈皆が囁き合うのを、じっと聞いている近衛ウォーレス。〉




#4へ続く

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